シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「アイリッシュマン」(2019年 アメリカ映画)

2019年12月25日 | 映画の感想、批評
 有料配信(Netflix)向けに製作された実録ものの大作だ。決して早いテンポではないのだが、3時間半の長丁場を持たせたマーティン・スコセッシの演出力は並大抵ではない。
 車椅子の老人フランク・シーラン(デ・ニーロ)が老人ホームで若かりしころを回想する。かれはアイルランド系のトラック運転手だったが、家族を養うために始めた副業でマフィアの顔役(ペシ)と知り合い、その信頼を得て殺し屋まがいの仕事を任されるようになる。やがて全米トラック運転手組合の委員長ジミー・ホッファ(パチーノ)に紹介され、ふたりはウマが合って家族ぐるみのつきあいとなり、組合支部のトップに抜擢される。
 トラック組合は当時の日本でいえば国鉄の労組みたいなもので、流通の根幹を握っているためストでも起こされれば物流の動脈を断たれたも同然となるから、絶大な力をもっていた。その頂点に立つホッファはケネディ政権にとっても煙たい存在だった。かれは組合つぶしに動くマフィアを逆手にとって利権の一部を渡すことで取り込み、巨額の年金資金を横流しするなど好き放題をやる。
 マフィア撲滅キャンペーンを始めたロバート・ケネディ司法長官に目をつけられたホッファは資金の不正流用で実刑判決を受けるが、ジョンソンを経て政権が変わると、ニクソンに多額の献金をして刑期満了までに保釈される。
 娑婆に出てきたホッファは再び組合を牛耳ろうと画策するが、留守の間に軒先を貸したマフィアにすっかり母屋を取られていたものだから、両者の確執がのっぴきならない状況となる。どちらにも恩義があるフランクもまた進退きわまるのである。
 こうして、1975年の夏に米史上を揺るがす大事件が起きる。ホッファが忽然と姿を消し、行方不明となるのだ。結局、こんにちまで失踪事件の謎は解明されず、99年にフランクが「実は・・・」と告白したわけだが、果たして老人の誇大妄想か真実か、よくわからないのである。
 フランクが最初に問題を起こして弁護士に相談する場面で逐一容疑を否定するフランクに対して弁護士が片手を微妙に左右にふって本当はどうなんだとジェスチュアで問うあたりとか、ホッファが組合の大会で得意満面にスピーチすると万雷の拍手が起き、それに応えて壇上で小躍りするとか、そういう細部の演出がスコセッシらしくてゾクゾクさせられた。 (健)

原題:The Irishman
監督:マーティン・スコセッシ
脚本・スティーヴン・ザイリアン
原作:チャールズ・ブラント
撮影:ロドリゴ・プリエト
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル

「閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー」 (2019年 日本映画)

2019年12月18日 | 映画の感想、批評
 秀丸(笑福亭鶴瓶)は妻、妻の浮気相手、さらに病床の母親を殺害して死刑囚となった。死刑執行後に蘇生したため、行き場所のない秀丸は掃き溜めに捨てられるように精神科病院に入れられる。チュウさん(綾野剛)は普段は落ち着いているが、幻聴があるとひどく錯乱し、家族に厄介者扱いされている。秀丸やチュウさんが入院する長野県の精神科病院に、ある日、由紀(小松奈々)という少女が連れてこられる。由紀は義父から性的虐待を受けていて、診察で妊娠していることが発覚する。
 秀丸、チュウさん、由紀を中心に物語は展開するのだが、出来栄えを論ずる前に、精神科病院としてのリアリティが欠如しているのが気になる。「閉鎖病棟」というタイトルにも関わらず、描かれているのは開放病棟に近い。患者がエレベーターを自分で操作し、院内や院外への外出もフリーで、患者達だけで街へ出かけていく。由紀が飛び降り自殺をする時に屋上の鍵が掛かっていないのも違和感を覚えるし、作業療法(陶芸)の時もスタッフが誰もついていない。病院内でレイプや殺人が起こるというのも、精神科病院の管理体制の厳しさを考えると、現実離れしていると言わざるを得ない。
 映画の舞台をなぜ精神科病院にしたのだろうか。由紀が暴行された事実を知った秀丸が犯人を殺し逮捕される。由紀は裁判の席で自分が暴行を受けたことを証言し、秀丸の刑が少しでも軽くなるように嘆願する。この作品は秀丸と由紀の友情が中心的なテーマになっているが、別に精神科病院を舞台にしなくてもよかったのではないか。もし精神科病院を描くなら、精神科に普遍的な問題をもっと掘り下げてほしかったなと思う。
 チュウさんは母親を施設に入れようとしている妹夫妻に反発し、退院して自分が母親の面倒をみると宣言する。チュウさんは退院後に母と同居して仕事にもつくのだが、その過程は描かれていない。幻聴のためにパニック状態に陥るチュウさんが、地域で暮らしていくのは容易ではなく、多くの支援が必要なはずだ。由紀は病院から飛び出した後に夜の街をさまようが、橋から見た朝焼けに心動かされる。次に登場した時に看護師の見習いになっていたが、あれだけ壮絶な体験をした由紀がどうやって立ち直ったのか。朝焼けに感動したからというのでは説得力が乏しい。病気を抱えつつ、地域で暮らし、職を得るというのは大変なことで、家族の無理解や周囲の偏見・差別と闘っていかなければならない。そうでなければ、また病院に戻って来ることになる。精神科病院が社会の掃き溜めにならないためにも、再生のプロセスは重要である。(KOICHI)

監督:平山秀幸
脚本:平山秀幸
撮影:柴崎幸三
出演:笑福亭鶴瓶  綾野剛  小松奈々


THE INFORMER/三秒間の死角(2019年イギリス・アメリカ・カナダ映画)

2019年12月11日 | 映画の感想、批評
 FBIの情報屋としてマフィアに潜入している主人公は、最後の任務を迎えようとしていた。この任務が終わると、家族との幸せな時間が待っているのであった。裏社会の全組織壊滅を目的に、麻薬の取引現場に向かうが、想定外の事件が発生し、NY警察に追われる身となってしまう。FBIはNY警察の追跡をかわす為、強引に、刑務所内の情報を収集することを名目に、主人公を刑務所に戻すのだが、そこは、無法地帯だった。更に、FBIの裏切りもあり、絶体絶命の状況に陥ってしまうのである・・・。
 サスペンス、アクション、夫婦愛、親子愛等々、色々な要素を盛り込んで、圧倒的なスピード感で駆け抜けた印象が残る。途中からは物語に付いていくだけで精一杯であった。その中で一番優れているのはサスペンスで、冒頭からの緊迫感溢れるシーンの連続で、ハラハラドキドキが2時間ずっと続くのである。
 一方、もっと、一級のサスペンス映画として、宣伝していれば、もっとお客さんも入ったように思えるのが残念だ。公開間もない「映画の日」に観たのだが、結構空いていた。上映館が少なく、上映期間も短いのも残念。「INFORMER」という原題タイトルも邦題にした方が良かったのではないか。「INFORMER」=「情報屋」というのは直訳すぎるので、ここは、昔の作品のような邦題を期待したかった。
 話は変わって、特筆すべき点がある。それは、FBI役を演じたロザムンド・パイクである。実は、本作は、彼女が出演していることが分かって、観に行くことに決めた。組織の考えと個人の考えに挟まれ悩む複雑な表情は身震いした。大画面で観るだけでも出掛ける価値がある。特に、中盤以降の、上司とのやりとりのシーンや主人公を見守るシーン等の表情は、今でも記憶に鮮明に残っている。更に、今年は、ロザムンド・パイク大活躍の年だ。「プライベート・ウォー」「エンテベ空港の7日間」と本作の3本を観たが、いずれも良かった。端正な美貌で、眼力があって、凛とした表情(役柄もあるかもしれないが)が、特に見応えがある。是非、未見の方は、観て頂きたい。ちなみに、見逃してしまった9月6日公開の「荒野の誓い」が、来年1月、京都シネマにて公開予定とのこと。今から楽しみだ。
(kenya)

原題:「THE INFORMER」
監督・脚本:アンドレア・ディ・ステファノ
撮影:ダニエル・カッチェ
出演:ジョエル・キナマン、ロザムンド・パイク、クライヴ・オーウェン、コモン、アナ・デ・アルマス他

「ひとよ」(2019年、日本映画)

2019年12月04日 | 映画の感想、批評


 冒頭で、泥酔した夫を車で轢き殺した母は、「自分のやったことに自信がある!今から15年経ったら帰って来る!これからは自由に生きなさい、生きられるのよ!」と言い放ち、自首するために家を出ていく。残されたのは思春期の長男、次男、まだ小学生の娘。
3人とも日常的に理不尽な暴力を父から受けてきた。

子どもたちは15年の間、親に甘えられる時間と関係を奪われ、親子関係を凍結したまま、一人ずつもがきながらそれなりに生活を築いてきた。それは刑に服している母には知らない時代。
だから、15年経って帰ってきたといわれても、母に対して大人な対応ができない。不満や甘えを一気に噴き出せるものでもない。

末っ子の松岡茉優は甘えたくてたまらない。母を肯定的にとらえようとする。
次男は生活の場も都会に移し、郷里との距離を測ってきた。その代わり、母を検証すると称して事件を文章化することで見つめようとしている。
「自分にも父親と母親の血が流れている、暴力性があるのでは?」長男は妻に事実を隠している、父親のモデルがないため、自分自身が父親であることへの不安が募る。

田中裕子の演技は圧巻。兄弟3人も見ごたえあったし、わき役たちも見せてくれる。
残されたタクシー会社を運営してきた従兄をはじめ、会社のメンバーがあまりに良い人過ぎて、救われる場面なのだが。
佐々木蔵之介の豹変ぶりが画面に緊張感をもたらしたが、そして彼はその後どうなったのか?

ひとよ。題名はひらがななので、受け取り方は様々。
主題は「あの夜」、その人にとっては「あの・・・」であっても、他人にとっては「ただの、いつもと同じ」。
あの夜、と言っても、他人にとってはしょせんそういう事なのよ。ということか。
ひとよ、「人よ」でもある。あの人によって、良くも悪くも振り回され、振り回し、絡み合う。
昨年は「万引き家族」のような疑似家族があった。今作は否が応にも、本物の血のつながった家族。親は選べない。「それでも母さんは母さんなんだ!」の長男の言葉は重い。

突き詰めて思うに。
結局は母のエゴではないのか。確かに子どもたちを父親の理不尽な暴力から救いたい!
母なればこその想いだ。私もその立場になったら・・・・・。いや、それでも他の方法がいくらでもあるじゃないか!それを言い出したらお話しは出来ないか!


自分の誕生日に、自分へのプレゼントで見るにはちょっとしんどい作品だった。軽いものを見るほど浮かれる気にもなれない心理状態でもあったし。
そもそも困難な時には重い作品を観て、同調し、力を得るというのが得意なので、それほど苦痛になったわけでもなく。いつものように、「まあ、私もそれなりに頑張ってるやん!」と、自己肯定を存分にして、帰宅した。フェイスブックの「友人たち」はおめでとうメッセージをくれるが、家族は忘れてる!ま、いいか!居てくれるだけでもありがたい存在なのだ。ゆるしたろ!(笑)
(アロママ)


原作 桑原裕子
監督 白石和彌
脚本 高橋泉
撮影 鍋島淳裕
出演 田中裕子、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、佐々木蔵之介