シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「スキャンダル」(2019年 アメリカ、カナダ)

2020年02月26日 | 映画の感想、批評
つい数年前に起こったアメリカのケーブル局FOXテレビでのセクハラ騒動。
実在の人物を本名で描き、ところどころフィクションも混ぜての、アメリカならでは告発映画。それも娯楽作品に仕上げてしまうという、日本では「ありえん!」
なので、ネタバレも含めての執筆をお許しください。
結論は既に承知の話し。とはいえ、こういう事件があったことはうっすら記憶にあった程度である。昨今のハリウッド女優たちを先頭に巻き起こった#Mee Too の動きが表面化するよりも以前に、企画も持ち上がって準備をされていたというから、それも凄い話。告発されたCEOがすでに故人になっていること、告発した女性キャスターは20億円を超える示談金を受け取る代わりに、事件について執筆も許されない守秘義務を負っていることも有名な話らしい。
実在のメーガン・ケリー(シャーロン・ステート演)の印象に近づけるべく、特殊メイクを施したカズ・ヒロ(辻一弘)が2度目のオスカー受賞でも話題になった。しかし、肝心のメーガンも告発したカールソンも観たことがない日本人の私にとっては、「まあ、きれいな女優さん!」なのだが。そこはカズ・ヒロさんにちょっと申し訳ない気もしつつ。

メインキャスターを降ろされ、すっぴんでテレビに出て反感も買いつつ、淡々とセクハラ告発を準備するグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン演)。彼女の勇気と覚悟には敬意を表したい。
キッドマン、昨年も『ある少年の告白』の母親役には感銘を受けたが、年々、深みが増して、ますます好きな女優さんになってきた。初めて彼女をスクリーンで見たのは『プラクティカル・マジック』」だったかと。『めぐり合う時間たち』の演技には圧倒された。『グレース オブ モナコ』の王妃も重みがあった。声がかわいらしすぎるのが難か?笑
強さだけでない、告発した後の苦悩、特に孤独を悟って静かに涙するところは胸が痛かった。子どもたちに「ママ!」と声をかけられ我に返る。その表情の変化がキッドマンは上手い!

主役のシャーリーズ・セロンについてはほとんど観たことが無かった。なので、どこまでがメイクで、どこがこの人の本来の顔なのかは不明だけれど、一言!「かっこいい!」何より、この作品の制作者の一人だというところにも拍手!
トランプ大統領(当時は候補者)とのやり取りも爽快。ただ、アメリカのマスコミや政治事情、特にFOXが共和党支持というあたりをきちんと押さえられていなかったので、前半のキャスターとしての彼女の主張と局内での立ち位置が私にはわかりにくかった。男性キャスターの中にもセクハラ親父がいたというのだが。顔の識別ができない。協力してくれる夫と局内の男性陣とが見分けられず。うう、悔しい。
その分、CEOロジャー役のジョン・リスゴーの憎々しさ、嫌らしさが際立って、いかにもなエロ親父を演じきっていた。メイクの成果も大きいらしいが、私はリスゴーも過去作を知らないまま。
カールソンの告発後、野心に溢れたメーガンがどう立ち上がるのか、一緒に動くべきか逡巡する姿こそがこの作品のメイン。じわじわと広がる社内の人間関係の変化、波を起こす。女性の敵は女性でもある。ロジャーの妻や初老の女性秘書も本当は同じ被害者の立場のはず。

もう一人の若きキャスター、ケイラ(マーゴット・ロビー演)。彼女は架空の女性だが、登場シーンは本当に痛々しい。特に、女友達に「誰にも言えなかった」と涙ながらに告白するシーンにはこちらも泣けてきた。マーゴット・ロビーの前作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」での無邪気なシャロン・ステートが思い出されて、これからも期待できる若手女優さんの一人になってきた。次回作が楽しみ。な、だけに本作のケイラ役の熱演は胸が痛かった。

ずしんと来る作品。
娘世代の勇敢さに拍手を送る。と同時に、裏返せば我々やその上の世代からずっと女性たちがあいまいにしてきた、見過ごして知らん顔してきた、そのツケを娘世代がようやく返そうとしていることに、親世代が突き付けられているとも思う。
セクハラを受けた女性たちの心の傷を思うと胸が痛い。声を上げたところで、更に傷つけられる、今の世の中。アメリカに限らない、日本でも同じ。
幸いにも私は厳しい社会で仕事をしたこともないし、ぬくぬくと守られて生きて来たが、辛い体験をしてきた人たちが昔も今もいることは紛れもない事実。
どうか、こういう映画を作る必要のない世の中に早くなってもらいたい。
当事者がこれ以上傷つけられることのないよう、法的にも社会的にも守られる世になってもらいたい。
女性のみならず、男性の皆さんもしっかり見てもらいたい。
(アロママ)

原題:BOMBSHELL
監督:ジェイ・ローチ
脚本:チャールズ・ランドルフ
出演:シャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビー、ジョン・リスゴー

「1917 命をかけた伝令」 (2019年 イギリス・アメリカ映画)

2020年02月19日 | 映画の感想、批評


 本年度のアカデミー賞、作品賞は惜しくも「パラサイト」にさらわれたが、見事3部門(撮影賞、録音賞、視覚効果賞)を受賞した話題作。そのどれもが納得と思える究極の完成度だ。「アメリカン・ビューティ」で鮮烈な映画監督デビューを果たしたサム・メンデスが、実際に第一次世界大戦に従軍していた祖父から聞いた体験談をもとに、初めて脚本も手がけた渾身の一作。その最大の見どころは、見る者が戦場の最前線を主人公の兵士とともに走り抜けるという感覚を持てるように、最初から最後まで一つにつながって見えるという驚異の映像体験だ。
 物語は極めてシンプル。ドイツ軍の策略により全滅の危機にさらされた友軍1600人の命を救うために、伝令のミッションを与えられた二人の若き英国兵士が、危険な罠や敵の残留兵が潜む大地をひたすら突き進んでいくというもの。その姿を360度のカメラワークを駆使し、全編ワンカットで映し出すというのだから、その緊迫感や臨場感は並大抵ではない。兵士たちの不安や息づかいまでがまるで自分のことのように感じられ、滝から飛び降りるところや飛行機の墜落シーン、爆破された塹壕から抜け出すシーンなどでは思わず大声を出して叫んでしまいそうになる。
 いったいどうやって撮影したのだろうと思えるシーンをいっぱい提供してくれたのは、アカデミー賞に14回もノミネートされたという撮影監督ロジャー・ディーキンス。ワンカットの映像と言えば「カメラを止めるな」が話題になったが、今作とは次元が違う。カメ止めの揺れ動くカメラワークも楽しいのだが、デジタル処理がされているとはいえ、今作はカメラの動きやスピード、俳優の位置やセリフ、そして天候やセット等、すべての要素の詳細にまでこだわり、綿密に計算されてできあがった、完璧なワンカット映像なのだ。これは見事としか言いようがない。
 主人公の兵士二人を演じるのはジョージ・マッケイとディーン=チャールズ・チャップマンという注目の若手俳優たち。さらに二人を支えるかのようにコリン・ファースやベネディクト・カンバーバッチ等、イギリスを代表するスターたちが上官をかっこよく演じている。
 “美”にもこだわる舞台監督出身のサム・メンデス。「アメリカン・ビューティ」ではバスルームを薔薇の花でいっぱいにしたが、今回は戦場を桜(チェリー)で飾る。燃えさかる街の教会の炎や駆け抜ける地雷原の緑、そして忠実に再現された第一次世界大戦を戦った兵士たちの軍服姿や佇まい。こんなに美しい戦争映画を初めて見た。
(HIRO)

原題:1917
監督:サム・メンデス
脚本:サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
撮影:ロジャー・ディーキンス
出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット、リチャード・マッデン、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」(2019年アメリカ)

2020年02月12日 | 映画の感想、批評
 

 ある朝、一代で財をなしたアメリカのミステリ作家がお城のような屋敷で、コレクションのナイフを片手に首を切って死んでいるのが発見される。通報を受けた警察は当時屋敷にいた故人の親族から事情聴取を始める。前夜は故人の85歳の誕生パーティが開かれ、高齢の母親、長女夫婦と放蕩息子、次男夫婦と十代の息子、長男の未亡人と大学生の娘、訪問看護師、家政婦が一堂に会していた。匿名の調査依頼を受けた探偵が警察の協力要請もあって乗り込んでくる。自殺と見る警察に対して、探偵は莫大な相続財産をめぐって親族の誰かが殺したと踏んでいるのだ。事実、故人と残された親族の間には個々に確執が存在したのある。果たして自殺か他殺か。他殺であれば真犯人は誰か。
 ひとことでミステリといっても、松本清張やクロフツなどのリアリズム派から、クリスティやクイーンの謎解き(パズラー)派まで様々だ。そういう点でこの映画は後者、すなわち反リアリズムのお遊び的な要素が強いミステリとなっている。故人はゲームも手がけていたそうだから、ゲーム的な趣向を凝らしていると見るべきだ。そこを踏まえないで真面目に見てしまうと、突っ込みどころ満載で、面白さが半減してしまう。
 故人に可愛がられ信頼されていた南米からの移民の訪問看護師がキー・パーソンとなっているが、彼女には嘘をつくと嘔吐癖があるという設定があって、それを現実離れしていると見る人には、そもそもこの映画は不向きだろう。これはゲーム的なミステリの定石ともいえるある種のお約束ごとであり、この条件が物語を面白くし、盛り上げるのに貢献しているといってもよい。
 しかも、反移民的な思考や差別、偏見を正面から批判する姿勢は社会派の一面を覗かせる。明らかにトランプの移民政策を非難しているのである。
 この種の映画のお決まりどおり観客の期待を裏切らず、話は二転三転して一筋縄では解けないストーリー展開となっていて飽きさせない。登場人物たちの証言内容と対比させるように、本当は何が起こったかを観客だけに小出しに見せるという工夫も成功している。ダニエル・クレイグ扮する探偵がその名声とは裏腹に一族に振り回されて一向に真実に近づけぬ凡庸さをさらけ出し、観客を含めたみんなを油断させるのだが、終盤で一転鋭い推理を駆使して真相に迫る変貌ぶりが面白い。(健)

原題:Knives Out
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
撮影:スティーヴ・イェドリン
出演:ダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーチス、クリストファ・プラマ、マイケル・シャノン

「家族を想うとき」(2019年 イギリス フランス ベルギ―)

2020年02月05日 | 映画の感想、批評

 
リッキーは元建設労働者であったが、不況で仕事を失い、生活のためにゼロ時間契約の宅配ドライバーになった。ゼロ時間契約とは週当たりの労働時間が明記されず、労働者の権利が保障されていない不安定な雇用契約である。リッキーは1日14時間、週6日という過酷な労働を強いられていて、配達用の車も自分で用意しなければならない。そのため妻アビーの車を売ってしまい、アビーはバス通勤になってしまった。
 アビーは介護士として働いているため、二人の子供と向き合う時間がなかなかとれない。高校生の息子セブは傷害事件と万引事件を起こし、リッキーは反省の色のないセブを殴ってしまう。セブは怒って家を出ていき、両親は子供の非行が原因で喧嘩ばかりしている。小学生の娘のライザはバラバラになっていく家族を見るのが悲しくてしかたがない。そんな時、リッキーが暴漢に襲われるという事件が起きる・・・
 リッキーの働く宅配事業所の所長はマロニーという大男で、尊大な態度で、社員を厳しく管理している。周囲から「人でなし」と呼ばれても、業績を上げることに血眼になり、リッキーの家族を徹底的に追い込んでいく。この所長が敵役を実に憎々しげに演じていて見応えがある。前作の「わたしは、ダニエル・ブレイク」では明確な悪役がおらず、行政という見えにくい敵を相手に主人公が闘う姿が、どこか抵抗のための抵抗のように感じられた。「家族を想うとき」は不当な制度のもとで働く労働者の苦悩を、具体的な数字を盛り込んでリアルに描いている。
 暴漢に襲われた傷が癒えぬままリッキーは仕事に出ていこうとする。妻や喧嘩していた息子が必死で止めようとするが、リッキーは聞く耳を持たない。満身創痍になっても生活のために働かなければならない境遇は痛ましいが、私はそれほど悲劇性を感じなかった。父親のけがを契機に家族が一体となったからだ。この家族には乗り越えられない壁はないと思う。リッキーは前進する気持ちを失っていないし、家族は絆を取り戻してひとつになった。これほど心強いことはない。
 ケン・ローチは社会制度の批判に重きを置いているが、家族の崩壊を描こうとまではしていない。同じように格差社会に関心を抱く是枝裕和は、社会の不条理が家族関係を侵食していく様を描いている。是枝にとって最も重要なテーマは家族であり、ケン・ローチは社会問題にメスを入れることに第一義的な価値を置いている。
 原題の「Sorry We Missed You」は宅配ドライバーの不在者票に書かれた言葉で、「ご不在につき失礼します」というような意味。時間に追われているドライバーは不在の時が一番困る。ドライバーの苦労を象徴的に表している言葉だ。リッキーにはこれからも幾多の困難が待ち受けているが、ひとつひとつ乗り越えていくだろう。希望は失われていない。(KOICHI)

原題:Sorry We Missed You
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァ―ティ
撮影:ロビー・ライアン
出演:クリス・ヒッチェンズ  デビー・ハニーウッド リス・ストーン
ケイティ・プロクター