シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」 (2017年 イタリア映画)

2019年11月27日 | 映画の感想、批評


 知る人ぞ知る世界最高峰のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリ自身が執筆した自伝的小説「The Music of Silence」を「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督が完全映画化。舞台は「イル・ポスティーノ」と同じイタリア。今回はトスカーナ地方で、イギリス出身のラドフォード監督、イタリアがよほどお気に入りのようだ。その小さな村に住むアモスは生まれつき眼球に血液異常の持病を抱えていたが、盲学校での体育の授業中にサッカーボールが頭に当たり、病気が悪化。ついに失明してしまう。自由のきかない生活からくるストレスで両親を困らせていたアモスだが、見かねた叔父のジョヴァンニが元来の美しい歌声を活かそうと、音楽コンクールに連れて行ったことから、アモスの人生が大きく切り開かれていく。
 大人になったアモスを演じるのはイギリス生まれの新鋭トビー・セバスチャン。さすがにミュージシャンだけあって歌うシーンは堂々たるもの。カリスマ的存在ともなる若きボチェッリを見事に演じきった。また、アモスを息子のように厳しく、愛情を持って指導するマエストロ役を演じるスペイン出身のアントニオ・バンデラスが素晴らしい。彼との出会いがあったからこそ、テノール歌手として生きていく道が開かれていったのだが、まさに理想の指導者たる風格がにじみ出ていて唸らせる。
 そして真の主役ともいえるのが、ボチェッリ本人の声だろう。実は作品の中での歌唱シーンの歌声のほとんどが、ボチェッリ本人の吹き替えなのである。96年に世界中でヒットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」をはじめ、「アヴェ・マリア」「誰も寝てはならぬ(トゥーランドットより)」などを披露しているが、その美しい声は圧巻。聞いているだけで身震いがし、涙が溢れてくるのだからその力は計り知れない。人々を魅了するとはこういうものなのか。
 冬の到来とともにシーズンが始まったフィギュアスケートを見ていて気がついた。どこかで聞いたことがあるなあと思っていた演技中に流れる曲は、ボチェッリが歌っていた曲だったのだ。美しいスケートの演技を盛り上げるのに欠かせないのがバックミュージック。ボチェッリの美しい歌声がそこに活かされているのは言うまでもない。昨年、14年ぶりに全世界で完全オリジナルのアルバムを発表したボチェッリ。その活躍ぶりは盲目であることを忘れてしまうほどだが、その存在と素晴らしい生き方を教えてくれたこの作品に出会えたことが、この上なく嬉しい。
 (HIRO)

原題:The Music of Silence
監督:マイケル・ラドフォード
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
撮影:ステファーノ・ファリヴェーネ
出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラス、ルイーザ・ラニエリ、ジョルディ・モリャ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ナディール・ガゼッリ




「グレタ」(2018年 アイルランド、アメリカ)

2019年11月20日 | 映画の感想・批評


 「クライング・ゲーム」「マイケル・コリンズ」などの監督・脚本を担当したニール・ジョーダンの最新サイコスリラー映画。
 ニューヨークの高級レストランのウェイトレス・フランシスは、仕事帰りの地下鉄で誰かが置き忘れたバッグを見つけるが、遺失物窓口が閉まっていたため自宅に持ち帰る。そしてバッグに入っていたIDカードの住所に届けることにする。バッグの持ち主グレタは、早くに夫を亡くし、娘のニコラは遠く離れたパリで暮らしているという孤独な未亡人。母親を亡くしたばかりのフランシスは、グレタに母親を重ね、2人は母と娘のように年の離れた友情を育み始める。
 映画の出だしはスリラーなど微塵も感じさせない。娘と離れて暮らす母親と、母を亡くした悲しみから抜け出せない若い女性が、お互いの寂しさを埋めるように心を寄せていく様子が微笑ましく描かれていく。ルームメイトのエリカはそんな2人を「気持ち悪い」と心配するのだが、フランシスは気にしない。
 ある日グレタの自宅に招かれたフランシスは、クローゼットの中に女性の名前のメモを貼った同じバッグが、いくつも仕舞われているのを見つける。このあたりから映画の様相が変わっていく。母親のような愛情で寂しさを癒してくれる、この優しいグレタという女性の狙いは一体何なのか?フランシスのグレタに対する疑惑と不快感が膨んでいく。2人の間に流れていたほのぼのとした温かさが、じわじわ寒々とした恐怖へと変化していく。
 グレタがピアノで弾くリストの「愛の夢」も印象的だ。はじめは甘く楽しかった思い出を奏でていたのが、後半はフランシスに苦痛を与える調べになっていく。グレタの過去、娘のニコラとの壊れてしまった関係に起因する狂気が、離れていこうとする若くて従順な女性に執着するあまり、制御の効かない行動へとエスカレートしていく。映画の出だしからは想像もつかないラストが待っている。
 孤独で寂しい女性から、ストーカー、さらにサイコパスへと変貌していくグレタを、フランスの巨匠たちの作品への出演だけでなく、世界各国の監督の話題作への出演が続くイザベル・ユペールが演じている。純真で内気なフランシス役のクロエ・グレース・モレッツと、対照的にしっかり者のエリカ役のマイカ・モンローのハリウッドの若手女優2人が、フランスの大女優の胸を借りて競演しているところも見どころだ。(久)

原題:GRETA
監督:ニール・ジョーダン
脚本:レイ・ライト、ニール・ジョーダン
撮影:シーマス・マッガーヴェイ
出演:イザベル・ユペール、クロエ・グレース・モレッツ、マイカ・モンロー、コルム・フィオール、スティーヴン・レイ、ゾウイ・アシュトン、サディアス・ダニエルズ、ジェフ・ヒラー

「プライベート・ウォー」(2018年 イギリス=アメリカ)

2019年11月13日 | 映画の感想、批評
 英国を代表する高級紙タイムズ。その日曜版サンデー・タイムズの戦争特派員として名を馳せたメリー・コルヴィンの最期を描いた問題作である。
 2001年、メリーは編集長の反対を押し切って内戦下のセイロン島に飛ぶが、そこで戦闘に巻き込まれ左目を失う。隻眼なんてサミー・デーヴィス・ジュニアかダヤン(イスラエルの国防相)だと冗談をいいながら、黒いアイパッチを愛用することになる。これが何ともカッコイイ。
 男性記者でも躊躇するような激戦の修羅場に突撃するスタイルは当時から伝説だったようだが、こういう破天荒で規律を守ろうとしない部下には編集長もほとほと手を焼くのだ。しかし、戦場に対する異常な関心は彼女の繊細な感受性と関係があるのかもしれない。この世の地獄を見た彼女の心は次第に蝕まれていくのである。
 しかし、そんなことで挫けてはいられない。イラクやアフガニスタン、リビアと次々に中東の紛争地を駆けずり回る彼女に見込まれたカメラマンが、ポール・コンロイだ。
 そのコンロイとシリアのホムスに潜入する。父親から政権を承継したアサド大統領の強権的な内政運営に反発する反政府勢力が内戦の火蓋を切り、アサドは彼らをテロリストと呼んで政権の正当性を内外に主張する。あくまで内戦ではなくテロリスト制圧のための戦闘だと言い張るのだ。
 真実を確かめたいと反政府軍の拠点に入ったふたりが眼にしたものは政府の攻撃にさらされて家族の命を奪われ、為す術もなく途方に暮れる市井の人びとの姿だった。戦闘が激烈を極める中で、編集長が「撤収しろ」と命じるのを聞かず、彼女は世界に向けてTVレポートをつづけ、アサドは嘘をついていると言いきるのである。その中継をサンデー・タイムズ紙の編集室で固唾を呑んで見守る同僚たちのうしろで、テレビに映るメリーの勇姿に例の編集長が思わず目を潤ませるところがいい。同時に彼女のよき理解者である富豪の伴侶が不安を募らせるようにTVの前でたたずむのもいい場面だ。
 その直後、政府軍の猛攻撃に見舞われたメリーとポールは逃げ場を失って瓦礫の中に倒れる。前方に横たわるメリーに這々の体でたどり着いたポールは、天も裂けよとばかりに慟哭するのである。2012年2月22日、メリー・コルヴィンは56歳の生涯を閉じた。まさしく紛れもない戦死であった。「個人的な戦争」が意味するところに思いを馳せながら、この映画を見てほしい。
 製作にシャーリーズ・セロンが名を連ね、迫真の戦闘場面を撮る名手ロバート・リチャードソンのカメラワークに注目を。(健)

原題:A Private War
監督:マシュー・ハイネマン
原作:マリエ・ブレンナー
脚色:アラッシュ・アメル
撮影:ロバート・リチャードソン
出演:ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ、トム・ホランダー

「ジョーカー」(2019年 アメリカ映画)

2019年11月06日 | 映画の感想、批評


ストーリー的には
突然笑いだしてしまう持病に苦しみながら、一緒に住む愛する母の介護に励む貧しい主人公。懸命にピエロとして働くが報われず、夢であるコメディアンの才能もない。さらに同僚にお守りとして渡された銃が見つかり、その職も失ってどん底に陥る。しかしその銃で人を殺した時、彼は解放された様な感情になる。
そんな様を描いた作品です。
この映画が持つテーマは深くて重いです。
アメコミというジャンルとは思えない、貧富の格差、底辺の世界の中でも更に低い地位の人に対しての暴力。信頼していた人、愛していた母親からの絶望。愛していた人からの拒絶。保身にもらった銃が手元にあったことで、暴力を受けた相手を射殺。相手はエリート会社員。天地がひっくり返ってしまった。どんなエリートでも、殺す事で一気に優位に立ててしまった。と錯覚を起こしてしまう。ただ墜ちているのか?むしろ、昇っているのか。何が悪で何が正義か?とにかく凄いのが執念すら感じるホアキン・フェニックスの演技。泣きながら大笑いする演技。病気とはいえ、どこか不気味に世間からズレた感覚をもつ演技、人を殺したあとの安らかな表示の演技。どれをとっても一級品でリアルでした。本当にジョーカーがいてもおかしくないと思わされました。最初は気味悪く感じていたのがラストにはかっこよく見えてしまう。デニーロとの対峙は映画ファンには堪らないです。そして音楽がセンス良いです!ゲーリー・グリッターの名曲「ロックンロール」の使われ方が最高です。
様々なJOKERがいる中で、JOKERの生い立ちに注目して、丁寧に作り上げた作品です。
脚本も素晴らしいです。
「バットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生秘話を、上手くスパイスを加えて、脚色も絶妙で、最近見た作品の中では良い作品です。
ただ一般大衆する作品では無い事だけは確かです。それを証拠に座席の後ろで観ていたカップルの女性が放った一言「最初から最後まで一秒も楽しめなかった」です。
あと思うのは日本は銃社会ではないから模倣犯はないと思うが、他国でこれを流すのは不安に感じてしまう部分があります。
この作品を通して思うのは誰でもジョーカーになり得る事だと思う。
感情の爆発。魂の叫び。後半のそれには共感する所はとてもあります。ある意味世の中の縮図と言っても過言では無いと思います。

トッド・フィリップス監督の次回作にも超期待します。(CHIDU)

原題:Joker
監督ːトッド・フィリップス
脚本ːトッド・フィリップス、スコット・シルバー
撮影ːローレンス・シャー
出演ːホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、ビル・キャンプ他