シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

天使の分け前

2013年04月21日 | 映画の感想・批評
 ケン・ローチ監督の作品が好きで、これまでいろいろと観てきました。いまだに階級意識が残るイギリスにあって、ローチ監督の映画の登場人物はたいてい労働者階級に属する人たちで、厳しい現実の中でもがきながら生きる人びとを描いてきた。今回も育った環境のせいでケンカを繰り返す青年を主人公に物語は展開するが、いつもとちょっと違いラストがとてもハートフルだ。
 恋人の出産が間近だというのにケンカのトラブルを起こしたロビーは、刑務所送りの代わりに社会奉仕活動を命じられる。そこで出会った指導者のハリーは、赤ん坊の誕生を上等なウィスキーで祝ってくれ、恋人と息子との生活を手放さないよう諭す。ハリーはロビーと3人の仲間をウィスキー蒸留所に連れて行ってくれるが、それがきっかけでロビーの眠っていた“テイスティング”の才能が目覚め始める。ある日、100万ポンドもする樽入りのウィスキーのオークションの話を耳にしたロビーは、仲間たちと大勝負に出る。
 恋人と息子と父親のようなハリーの存在が、荒んでいたロビーを変えてくれた。“天使の分け前”とは、ウィスキーなどが樽の中で醸成される間に年2%ほど蒸発して失われる分のことを言うが、なんてウィットに富んで心が優しくなる言葉だろう。映画のラストでロビーはハリーに素敵な“天使の分け前”をプレゼントするが、それを手にしたハリーの笑顔は幸せそのものだ。
 ウィスキー蒸留所やエジンバラ、グラスゴー、その他のスコットランドの美しい景色が楽しめる。男性はキルトを着用するとき下着を穿かないって本当だったのだなど、笑えるシーンもある。ただ、100万ポンドのウィスキーの香りと味をスクリーンの外では味わえないのが残念。(久)

原題:THE ANGEL'S SHARE
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティ
出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー、ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン

「ヒッチコック」(2012年アメリカ映画)

2013年04月11日 | 映画の感想・批評


 1950年代の終わり頃、アルフレッド・ヒッチコックは「北北西に進路を取れ」の成功によって頂点にあったといってよいだろう。マスター・オブ・サスペンスの称号を得て、わが世の春を謳歌していた巨匠は次にパラマウントとの契約が控えていて、次回作の構想を練っていた。そんなときに読んだロバート・ブロックのホラー小説「サイコ」に引き込まれてしまう。当時、世間を震撼させた猟奇大量殺人事件にヒントを得たキワモノ小説だ。
 この映画は「サイコ」映画化に揺れるヒッチコックの人間関係、とくに妻や女優陣との愛憎を描いて飽きさせない。あくまで映画化に固執するヒッチに対して、周囲の反応は功成り名を遂げた巨匠の撮るべき内容かという顰蹙だった。初期のヒッチコック映画の脚本を書き、渡米後は側面から支え続けた愛妻アルマまでが取り合わない。おまけにパラマウントはゲテモノ映画に出資することをためらう。パラマウントといえばハリウッドの名門映画会社で品格が売り物だ。しかし、ヒッチの執念はついに豪邸を抵当に入れてまで資金を捻出しようとする。その少年のような情熱にアルマも折れ、パラマウントも高レートの興収を条件に配給することを呑む。
 ヒッチがただの職人監督でないのは、こうした冒険精神に拠るところが大きい。巨匠の地位に安住していても名声は揺るがないというのに、あえて自身のキャリアを壊しかねないリスクを負おうとする。撮影所内の初号試写で不興を買ったヒッチは落ち込むが、アルマに励まされてふたりで再編集した完成版は大ヒットし、周知のとおりヒッチの傑作となった。
 まるで大きな子どものようなヒッチと、それを母親のように影から操縦するアルマの関係がおもしろい。(ken)


原題:Hitchcock
監督:サーシャ・ガヴァシ
脚色:ジョン・J・マクローリン
原作:スチーブン・レベロ
撮影:ジェフ・クローネンウェス
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン

「だいじょうぶ3組」 (2013年 日本映画)

2013年04月05日 | 映画の感想・批評


 4月。松浦西小学校5年3組の担任としてやってきたのは、生まれつき手足のない先生、赤尾慎之介。「フツーって何?」「1番を目指す意味は?」個性豊かな28人の子どもたちと先生は,様々な出来事を通して生きていくために本当に大切なことに気づいていく。
 「五体不満足」で多くの人の共感を呼んだ乙武洋匡さんの初の小説「だいじょうぶ3組」が映画化された。赤尾先生役は実際に3年間の教員経験もある乙武さん本人。でも決してドキュメンタリー風ではなく、役者になりきって懸命に“演じている”ところがとてもいい。赤尾先生の補助教員・白石優作にはTOKIOの国分太一が挑戦した。教師の仕事を1度挫折したという役柄だが、赤尾先生とともに子どもたちの問題に関わりながら、自分自身も成長していく姿を好演している。  
 撮影場所が我が滋賀県にある豊郷小学校の旧校舎と聞いていたので、どのように使われているか興味津々だったが、さすがヴォーリスが設計した「東洋一の小学校」だけあって、その美しさと格調の高さには目を見張った。広い廊下、公園のような前庭、ウサギとカメのいる階段の手すり、教会のような講堂etc..そしてその場で繰り広げられる、オーディションで選ばれた子どもたちの自然体の演技が、何ともほほえましく見る者の心を温めてくれる。
 金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずと」の学習で、赤尾先生の配ったプリントにはこう書かれていた。「私は〔  〕だけど、〔  〕なんだよ。」自分はそれなりの能力とよい面を持った大切な存在なんだという自尊感情。現代の日本の子どもたちはこの自尊感情がとても低い傾向にあるという。みんなちがって、みんないいんだよ!!
 新しいスタートのこの時期、志を持ち、前向きに生きていくために自分に言い聞かせよう。「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」      (HIRO)

監督:廣木隆一
脚本:加藤正人
撮影:清久素延
出演:国分太一・乙武洋匡・榮倉奈々・田口トモロヲ・寺脇研・余貴美子