シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

ブラック アンド ブルー(2019年アメリカ映画)

2020年08月26日 | 映画の感想・批評


 新型コロナウィルス感染が再び拡がりつつある状況なので、朝一番の上映を狙って行った。残念ながら狙いが当たり、お客さんは私含めて6人だけ。本編前の予告中に、映画館は換気を十分に行っていることを案内。少し安心。
 あまり期待せずに観たが、意外(失礼!)と面白かった。全編を通して、緊張感があり、テンポ良く観られた。物語は、主人公の黒人女性警察官が、身内の不正に気付いてしまい、唯一の味方と思った同僚にも裏切られ、追い詰められていくが、主人公の純粋さに心打たれた市民に助けられ、不正を暴く大博打を仕掛けるという話。舞台となった警察、黒人、身内の不正、事情を抱える主人公等々、物語のはめ方はよく観るパターンだが、今回は、「Black Lives Matter」と重ねてしまった。事件の発端は違う理由かもしれないが、黒人がまだまだ差別を受けているということでは同じように感じる。内部で不正を働いているのは白人で、黒人は虐げられて、貧しい生活を強いられているという図式は存在する。更に、本作では、同じ黒人でも、警察(=Blue)への反発もかなり強い。警察=政府と考えると、今年、行われる大統領選挙の共和党と民主党という図式にも繋がるのではないかと思う。予定通り実施されるかどうか分からない感じになってきているが、今後のアメリカを、いえ、世界を左右する年になるかもしれない。それとは関係無く、コロナは勢力を増していく・・・。どうなっていくのやら。不安な毎日である。
 それと、少し前に観た「ドント・プリーズ」に街並みがそっくりなのが、ずっと気になった。今回は台風の影響を受けたということだが、アメリカの中では、治安が悪く、環境も良くないのは、見慣れた風景なのだろうか。一方で、ナオミ・ハリスは作品毎に全然違う印象で素晴らしい。彼女が自らの怪我を自らの手で麻酔も無く治療するシーンに、「女ランボーか!」と突っ込みを入れてしまったが・・・。
 最後に、配給はイオンだったので、上映はイオンだけだったのか。邦題を工夫し、「今のアメリカが観られる!」という町山智弘のようなキャッチコピーを付ければ、超メジャー級の主役ではないが、もっと、お客さんが入るように思った。惜しい!
(kenya)

原題:Black and Blue
監督:デオン・テイラー
脚本:ピーター・A・ダウリング
撮影:ダンテ・スピノッティ
出演:ナオミ・ハリス、タイリース・ギブソン、フランク・グリロ、マイク・コルター他

「おかあさんの被爆ピアノ」(2020年 日本)

2020年08月19日 | 映画の感想・批評
 1945年8月6日午前8時15分、未明にテニアン環礁から飛び立った米軍機エノラゲイは、広島に史上初めての原子爆弾を投下した。広島の上空約600mで爆発し、火の玉となり、爆風が街を破壊し、熱線が人びとに襲いかかり、放射能を浴びせ、年内に14万人の命を奪った。
 佐野史郎演じる矢川光則は実在の人で、広島の被爆二世のピアノ調律師だ。広島で被爆したピアノを託され、修理・調律して、自ら4tトラックに積んで、現在も全国に被爆ピアノの音色を届けて回っている。矢川ピアノ工房HPによると、原爆投下時、爆心地より3km以内で原爆の爆風・熱線・放射能等の被害を受けたピアノを被爆ピアノという。
 映画のもう一人の主人公・江口奈々子は、幼稚園教諭を目指す大学生だが、戦争・広島のことは知らないし、関心もなかった。ある日、母の久美子が隠していた被爆ピアノコンサートの招待状を見つけ、コンサートに出かけ矢川に出会う。母が矢川に寄贈したピアノは、母の実家、ピアノの先生をしていた広島の祖母の家にあったピアノだった。広島のことを何も話してくれない母に反発した奈々子は、次の被爆ピアノコンサートに出かけ、一緒に広島に連れて行って欲しいと矢川に無理矢理頼む。被爆二世の矢川には、久美子がなぜ広島から出て行ったのか、娘の奈々子に何も話さないのか、同じ被爆二世の久美子の気持ちが分からないでもない。だが奈々子の熱意に負けて、広島まで同乗させる。
 戦後75年、日本では戦後生まれが人口の85%を占めるようになった。被爆地広島の小中学生の40%以上が、8月6日が何の日か答えられなくなっているという。映画の中で広島から帰ってきて奈々子に「何か分かったか?」という父・公平の問いに「分かった。私が広島のことを何も知らないことが分かった」と答えるシーンがある。戦争の記憶が風化していく中で、この「被爆ピアノ」の存在と「被爆ピアノコンサート」での模様などを通して、何も知らなかった、関心がなかった現代の若者に、知ることから始めて、考えるきっかけとなり、平和を願う気持ちを持ち続けてほしいというメッセージが静かに伝わってくる。
 さて、2017年7月に国連で採択された核兵器禁止条約は、50カ国が批准して90日後に発効する。広島原爆投下から75年目の今年8月6日、アイルランド、ナイジェリア、ニウエの3カ国が批准し43カ国となった。発効に必要な50カ国まであと7カ国。唯一の戦争被爆国である日本の政府はいつまで背を向けるつもりなのか。(久)

監督:五藤利弘
脚本:五藤利弘
撮影:藍河兼一
出演:佐野史郎、武藤十夢(AKB48)、森口遥子、宮川一朗太、南壽あさ子、大桃美代子、谷川賢作

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」 (2018年 オーストリア、ドイツ合作)

2020年08月12日 | 映画の感想・批評


 毎年8月を迎えると、戦争に関わる作品が上映されることが多くなる。6日と9日の原爆投下、そして15日の終戦と、日本人として忘れていけない戦争の悲惨さ、平和の尊さ、そして命の大切さを改めて感じる大事な時期だ。今年の外国映画で注目したいのがこの作品。ヨーロッパで最も題材として取り上げられるのはヒトラー率いるナチ・ドイツだが、この作品の舞台は隣国のオーストリアのウィーン。1938年3月13日、当時の首相シュシュニックの抵抗も空しく、オーストリアはドイツに併合されるのだが、その前年、併合に街中が揺れていたウィーンに17歳のフランツが田舎からやってくる。向かうのは母親の知り合いが営んでいるというタバコ店。そこで住み込みで働こうというのだ。
 原題にもなっているこのタバコ店にまず注目。そこはタバコだけでなく文房具や新聞も売られていて、高級葉巻を買いに来る紳士淑女から、共産党系の新聞を読む労働者、文房具を見に来る女の子など、様々な客が訪れる。一つの情報センターともいえる場所で、ローベルト・ゼーターラーの原作の日本題が「キオスク」なのは何とも粋。
 人は一生で3人の偉大な「師」と出会えるという。多感な17歳の少年の成長にまず大きな影響をあたえたのはこの店の主人。先の大戦で片足を無くし苦労をしてきたと思われるが、気骨のある人間で、顧客の願望を満たすポルノ雑誌は密かに売っていても、ナチスの新聞は置かない。迫害を受けていたユダヤ人とも分け隔てなく接し、フランツには「新聞を毎日、全紙読むように」と、世の中の動きを知ることの大切さを教える。
 もう1人は特別な顧客、精神科医として世界的に知られるジークムント・フロイト教授。恋の悩みを抱えたフランツの良き相談相手になってくれる。この実在の人物、フロイト教授を演じるのがドイツの名優ブルーノ・ガンツ。2019年2月惜しくも故人となったが、遺作となった本作ではユダヤ人であるが故にナチスから追われ、また病と闘いながらも、純な少年の人生に彩りが与えられるように処方する「人生の師」を見事に演じた。
 フロイトと言えば、マルクスの「資本論」、ダーウィンの「種の起源」と並んで世界の革命書として有名な「夢判断」を書いた人物。人間の精神には無意識(リビドー)というもう一つの心があり、それを知るには夢の分析をすることが重要だと考えた。ニコラウス・ライトナー監督はその点を重視し、幾度となく夢のシーンを登場させ、フランツの心の中を探ろうとする。この「夢のメモ」、何とも面白い。フロイトについてもっと知りたくなった。自分もさっそく今夜から始めてみることにする。
(HIRO)

原題:Der Trafikant(英題:The Tobacconist)
監督:ニコラウス・ライトナー
脚本:クラウス・リヒター、ニコラウス・ライトナー
撮影:ヘルマン・ドゥンツェンドルファー
原作:ローベルト・ゼーターラー「キオスク」
出演:ジーモン・モルツェ、ブルーノ・ガンツ、ヨハネス・クリシュ、エマ・ドログノヴァ、レジーナ・フリッチ

「二人ノ世界」 (2017年 日本)

2020年08月05日 | 映画の感想・批評
地味そうな作品と思えたのか、渋る息子に、「あんたも介護職なんだから、見ときなさい!」と母親の強権発動。
が、結果オーライでした!笑

公開直後とはいえ、全国でたったの5か所しか上映していないという、超レアもの。

「京都芸術大学の学生たちが中心になって制作し、京都の町を舞台にしている.!」

というのに、桂川イオンモールでしかやってないの?
あら、制作されてからしばらく上映の機会もなかったの?
公開まで6年もの日がかかっていたらしい。


バイクの事故で首から下の自由を失い、自宅で老父の介護を受けている男、俊作。ヘルパーさんはなかなか定着しない。口は悪いし、セクハラはやらかす。
そんな男のもとに、老父が語るラジオの求人を聞いて、全盲の若い女性、華絵が「無資格ですが」とやってくる。白杖を頼りに、一人でバスに乗って。
老父は実は余命わずかの身。ようやく息子の介護を頼める人ができたと、華絵を全面的に信頼し、すべてを託そうとする。このお父さんが本当に温かい。
息子の俊作には何も告げずにそっと旅立ってしまう。
また、俊作の自称「ご学友」も、華絵に明るく優しく接し、俊作が元は新進気鋭の日本画家で、どんなに素晴らしい作品を残していたかを語ってくれる。華絵の目には見えないけれど、その作品の前に立った華絵の写真は輝いている。途中失明の華絵にも言葉で語られる絵画のイメージは十分に視野にやきついていただろう。本当に素晴らしい絵だった。

華絵もまた、辛い秘密を抱えていた。視覚障害ゆえ、幼い息子と離れなければならない。その息子に会いたい!引き取って一緒に暮らしたい!
ずっと引きこもりだった俊作が介護タクシーを使って、華絵に付き添う事にする。
目の見えない華絵の代わりに、住所を読みとり、いつしか「夫として」

華絵の元の夫が悪い人でないし、新しい母親も得て、息子は愛されていることを知り、華絵は息子を引き取ることを諦める。
「何もかも奪われてしまうのか!」
俊作は全身けいれんの発作を起こし、華絵はなすすべもない。

俊作は施設に入ることを拒否し、親戚からは「これ以上迷惑かけるな」と突き放される。
華絵の「迷惑かけんと、うちらにどうやって生きろと言うんや」の言葉は痛い。
「何もできないというだけで、全部あきらめなあかんのかな」と俊作の言葉も胸を突き刺す。

全てを奪われて絶望の淵にいた俊作は、華絵を守ろうとして、外に目を向け始め、生きることに前向きになる。
介護は「してもらう」ものでも、「してあげる」ものでもない。双方の力を持ち寄り、お互いが人として生きる力を高めあう事だと、感じた。

白杖もないまま、町を彷徨った華絵は、どうやってなのだか、そこはお話しなのだが、ちゃんと俊作のもとにたどり着いた。静かに、あたたかく寄り添う二人のラストシーンがとても美しかった。

この映画のあとで、休憩なしに「MOTHER」を見た。
人間の質の対極にあるものを見た思いがする。
帰りの高速道路を運転しながら、「言いたくないけど、やっぱり人としての質の違いはあるんやね!」と息子に語りかけた。「マザーの世界のような人が、哀しいけど本当にいるんやろうね。今まで出会わずにこれたのは、それは幸いなことなのよ。映画は自分の知らない世界を垣間見ることが出来るから、やっぱり面白いね。ところで、あんたが息子で良かったわ」
「うん」と一言返してくれる息子。
母はちょっと期待もしてたのです。「お母さんで良かった」と言ってくれるかなと。
あかん、無理強いするまい!
(アロママ)

監督 :藤本啓太
撮影:高木風太
原作、脚本:松下隆一
出演:永瀬正敏、土居志央梨