シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「永い言い訳」(2016年 日本映画)

2016年10月21日 | 映画の感想・批評


 現代日本映画の女性監督としてはトップを走る西川美和が自身の原作小説を映画化した。
 それにしても、ずいぶん重いテーマをいとも軽やかにさらりと、時にはユーモアを利かせて描いてしまうあたりの手際はさすがと思わせる。かの女の作風は表現が直截で力強いという特徴があり、いっぽうで、この映画を見ての感想は、子どもの扱いのうまさにやっぱり女性なのだなあと思った。
 冒頭、主人公の作家が妻に髪を刈ってもらっている場面から何だか不穏な雰囲気が漂っている。このふたりの関係性が鮮やかに捉えられている出だしだ。どうやら、若い頃の作家はご多分に漏れず筆一本では飯が食えない身分に甘んじていて、腕の立つ美容師だった女房に食わせて貰っていたのだろう。そうしたコンプレックスがこの作家には潜んでいて、それがいまは少しは顔も売れテレビにも出るこの作家のプライドに影を落とす。妻は髪を刈り終えると大慌てでキャリーケースを片手に外へ駆け出す。高校時代からの親友と旅行に出かけるのである。そんな妻を尻目に作家は愛人を自宅に連れ込むのだ。
 ここまではよくあるパターンの不倫に過ぎないのだけれど、本筋はまだ始まっていない。亭主が不倫している最中に、妻を乗せた観光バスが途中で谷底に落ちる大惨事となり、妻もその親友もあっけなく死んでしまうのである。しかし、作家は涙ひとつ出ない。
 さあ、これからが本筋だ。妻の親友の夫はトラックの運転手らしく、中学受験を控える男の子とまだ小学校に上がっていない幼い女の子を抱えて途方に暮れている。作家とこの一家の交流が、双方とも伴侶を失うことをきっかけとして、不思議な形をとってスタートするのである。
 スランプ状態で創作の壁にぶち当たっているらしい作家は、傍目から見ると我が儘でいやな性格にしか見えないのだが、遺された子どもたちを暖かく見守るところは人間の多面性を見るようでおもしろい。ここではネタバレになるから言及しないけれど、妻の形見のスマホに遺された最期のメッセージを偶然見ることとなった夫の驚愕は、倦怠期にあるこの夫婦の微妙な関係を暴いて見せた。クスクス笑わせて、しんみりさせて、ウーンと考えさせられる、そんな映画である。(健)

原作・脚本・監督:西川美和
撮影:山崎裕
出演:本木雅弘、深津絵里、竹原ピストル、池松壮亮、黒木華

「ハドソン川の奇跡」(2016年アメリカ映画)

2016年10月11日 | 映画の感想・批評
 
 
 監督クリント・イーストウッド、出演トム・ハンクス。これを聞いただけでも、誰もが待ち望んだ超話題作である。大変なプレッシャーの中での製作だったであろうが、イーストウッドは難なく(本当はどうか知らないが)、そのプレッシャーを跳ね除け、1本の映画に仕上げたのである。本当にこの人は鉄人だ。
 映画は、2009年1月にニューヨークで起こった飛行機事故を題材に、その事故機を操縦していた機長の目線で描かれている。事故内容は省略するが、ハドソン川に不時着(墜落ではない)し、救助された直後に、スタッフに乗客乗員155名の全員の生存確認をしたのである。機長としては当然のことだろうが、全員無事が確認出来た時の一言「155名・・・。有難う」とあの表情に涙が止まらなかった。このシーンが、映画全体の主旨を表していると思う。この事故がどんな原因か、どこにミスがあるのか、これから先に、どんな責任が追及されようが、全員の命は救ったという機長の誇りに満ちた表情だった。そう、人は何に重心を置いて生きていくのか。それを問い掛けるのである。
 事件後、委員会からの追及が厳しくなるが、自分が経験した42年間の感覚(劇中では「タイミング」となっている)を、経験したことの無い人に理解させるのは難しい。しかも、その委員会は、委員会に有利になるように意図的にデータを作成していたのである。それも見抜いた上で、それを批判することなく、ただ、それを上回るだけの前述の「機長としての誇り」=「人としての誇り」=「何が人として一番重要なのか」を淡々と述べるのである。「数値・データ」に「人」は勝ったのである。その時、何がベストな判断なのか?それは、その時のその人にしか出来ないことなのである。
 昨今、数値で物事の善悪が判断され、「勝ち組」「負け組」という言葉が躍り、何事も論理的に効率よく物事を進めることが良いとされる時代が持てはやされるが、この映画はその流れに大きな一石を投じた意味深き映画である。原題も「SULLY」である。劇中のセリフ「あなたでなければこれは出来なかった。また、それを全力でサポートする人達がいた」にもあるように、まだまだ、「人」が主役である時代でありたいものである。
(kenya)

原題:「SULLY」
製作・監督:クリント・イーストウッド
製作:フランク・マーシャル、アリン・スチュワート、ティム・ムーア
脚本:トッド・コマーニキ
撮影:トム・スターン
編集:ブル・マーリー
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、ジェフ
・コーパー、オータム・リーサー、サム・ハンティントン、クリス・バウアー、ジェリー・フェレーラ、ホルト・マッキャラニー、マックス・アドラー、ヴァレリー・マハフェイ

「君の名は。」 (2016年 日本映画)

2016年10月01日 | 映画の感想・批評


 今年の夏は日本中がオリンピック~パラリンピックのリアルな感動に沸き、映画興行は今一つの感があったが、8月下旬にこの作品が公開されるや否やそんな心配も吹っ飛んだ。予想もつかない超特大ヒットに業界もうれしい悲鳴をあげている。10月2日現在、興行収入は128億円を突破し、200億円も夢ではない。そうなれば「千と千尋の神隠し」に続く、日本アニメ史上2位の記録となるのだが、その夢も日に日に現実味を帯びてきた。
 いったいこの社会現象ともいえる快挙はどうして生れたのだろう。その理由を探ってみた。まず、劇場に入ってみて、観客のほとんどが10~20代の若者であることに気が付く。中には往年の名作「君の名は」と同じ題名に魅かれて入場したとみられる熟年の姿もあるが、若者たちに火がつけば広がり方は大きい。口コミやネット、あらゆる情報手段を使って、今得た感動を多くの“友だち”に伝え共有しようとする。公開時期もよかった。8月下旬といえば、夏休みの子ども向け作品の勢いが一段落したころだが、学生たちはまだ長~い夏休みの真っ最中。やっと自分たちが本当に見たかった作品の登場となったわけだ。
 監督は2002年に短編作品「ほしのこえ」でデビューした新海誠。その後「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」「言の葉の庭」と、海外の映画祭にも出品が続き、次世代の監督として高い評価を受けファンを増やしてきた。そこに作画監督として「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」等のジブリ作品を手掛けてきた安藤雅司が加わり、メジャーな作品に仲間入り。そういえばキャラクターたちの顔つきもジブリ作品に出てくる面々と何となく似ていて安心感が。
 これぞ新海作品と思えるところは、なんといっても色彩豊かな美術背景だ。とことん細部まで描かれた画は、今までにない美しさとリアル感にあふれ、舞台となった東京の街並みや飛騨の自然がキラキラ輝いて見える。そこに感動した多くの若者たちが『聖地巡礼』と称し、登場した場所を次々と訪れているというから面白い。
 そしてこの作品の最大のテーマと言える「人と人とのつながり」を「ムスビ」という言葉と組紐に託し、災害の続く世界から人々の命を救う手段としたところも見事。主人公たちの心の叫びを鮮烈に語るRADWIMPSの音楽も心にキュンと響く。
 人はみな「運命の人との出会い」をいつもどこかで待ち望んでいるのだ。もう会えたかな、「君」と。
(HIRO) 

監督:新海誠
脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
撮影:福澤瞳(チーフ)
音楽:RADWIMPS
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子