シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「拝啓、愛しています」(2011年/韓国)

2013年06月21日 | 映画の感想・批評
 まだ夜が明けきらない冬の早朝、キム・マンソクとソン・イップンが出会った。牛乳配達をするマンソクのおんぼろバイクが跳ね飛ばした小石に、イップンの引くリアカーがつまずき、バランスを崩してイップンが転んだのだ。それから、マンソクはイップンのことが気になりだした。イップンを通して、駐車場の管理人グンボンとも知り合うようになる。
 もう人生の終わりがそろそろ見えているような彼らの暮らしから、それぞれの人生が垣間見えてくる。日々の暮らしに困っている訳ではないのにマンソクが牛乳配達をしている理由。長年連れ添った認知症の妻を優しく介護するグンボンと子どもたちとの関係。身寄りのないイップンがどのような半生を送ってきたのか。彼女が生まれた時、父親が徴兵されそのまま帰ってこなかったため名前を付けてもらえなかった。イップンという名は住民登録証を作成する時、マンソクが付けてくれた名前だ。
 2007年に出版され、翌年には舞台化された韓国の人気漫画家カン・プルのベストセラー・コミックが原作。昨年11月には日本でもTVドラマ「あなたを愛しています」が放映されたそうだ。高齢化社会が進む中で、韓国でも儒教精神が薄れてきて、家族の形が変わりつつある。そんな中で展開される、マンソク、イップン、グンボンの周りで展開される物語は、時には可笑しく、時には悲しく、そして心が暖かくなる。ちょっとした事にも喜びを感じるって幸せだなぁと思えるラブストーリーであり、誰にでも訪れる人生の最後をどう迎えるのか、ちょっぴり考えさせられるシリアスドラマだ。(久)

 原題:그대를 사랑합니다
 監督:チュ・チャンミン
 原作:カン・プル
 脚本: チュ・チャンミン、イ・マンヒ、キム・サンス
 撮影:チェ・ユンマン
 出演:イ・スンジェ、ユン・ソジョン、キム・スミ、ソン・ジェホ

「はじまりのみち」(2013年日本映画)

2013年06月11日 | 映画の感想・批評
 「クレヨンしんちゃん」シリーズで斯界ではつとに有名な原恵一監督が初めて実写劇映画に挑戦した力作である。これは原監督にとっても“はじまりのみち”ではないか、と思いながら見た。
 冒頭で紹介されるように、映画の主人公である木下恵介は戦争中、奇しくも黒澤明とほぼ同時に監督に昇進し、処女作を撮る。東宝の黒澤は「姿三四郎」を、松竹の木下は「花咲く港」を撮り、ともに処女作がその後のふたりの対照的なテーマや作風を象徴している。そうして、この映画の主題でもある木下の第四作「陸軍」をめぐって、軍部の横槍により次回作がつぶされるという憂き目に会い、それを断腸の思いで伝達する城戸四郎(松竹大船撮影所長)とのやりとりがあって、木下は将来に絶望し撮影所を去る。
 「陸軍」は軍部プロバガンダを容易に想起させるタイトルにもかかわらず、本作でも引用される長いラストシーンで田中絹代扮する母親がわが子の出征する姿に思わず手を合わせて無事を祈る姿が軍国の母にあるまじき行為として当時軍部の批判を浴びたのである。いったいあの木下という新人は女々しいにもほどがあると、次回作の企画を中止させてしまった。
 木下は脳溢血で倒れた母を疎開させるためリアカーに乗せて、家財道具運びの便利屋を伴い、兄と四苦八苦して山を越え谷を越えて疎開先に向かう。その道中で便利屋から木下をその監督と知らずに「陸軍」という映画のラストに感動したという話を聞かされ、また母にお前の一生の仕事は映画監督だと諭され、再び撮影所に戻る決心をする。
 最後に、松竹での木下の代表作が次々に映し出されて、そのトリを「新・喜びも悲しみも幾年月」における母親(大原麗子)の台詞「戦場に行く船でなくてよかった」で締めくくるあたり、木下の厭戦思想は戦後も一貫している。戦争の否定は「女々しさ」を肯定するところから始まるのである。  (ken)

監督・脚本:原恵一
撮影:池内義浩
出演:加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳、大杉漣、斉木しげる

「舟を編む」 (2013年 日本映画)

2013年06月02日 | 映画の感想・批評


 2012年本屋大賞1位に輝いた三浦しをんの傑作小説を、29歳の若き俊英石井裕也監督が映画化。15年もの歳月をかけて新しい辞書(舟)を編集する(編む)という、途方もなく地道で根気のいる仕事に携わった人たちを魅力いっぱいに描いている。
 出版社・玄武書房に勤める馬締光也は、その名が語るように営業部では「まじめ」過ぎて持て余され気味。しかし、大学院では言語学を専攻しただけあって、言葉に対しては天才的なセンスの持ち主。新しい辞書「大渡海」の編集部に迎えられ、辞書作りの世界に没頭していく。 主人公・馬締を演じるのは松田龍平。その真面目さ、不器用さ、一途さが愛おしく思えてくるくらいのハマリ役。この人、こんなに演技うまかったんだ!!馬締が大学時代から下宿している早雲荘の大家の孫娘・林香具矢に宮あおい。美しい月と共に出現した時から存在感抜群。馬締が一目惚れしてしまうのも頷ける。
 そしてもう一人の主役が辞書。用例採集カード、見出し語リスト、時代とともに生み出される新しい言葉の数々。辞書作りの大変さと面白さが画面からにじみ出てくる。
 特筆すべきなのが、この映画のためにこだわって作られたパンフレットの素晴らしさ。辞書を編んだようなデザインの表紙は「大渡海」と同じサイズ。辞書で使われている“ぬめり感”が体験できる用紙を一部に使ったり、今では珍しいシナリオを掲載したりと、馬締たちの頑張りにふさわしい内容となっている。 
(HIRO)  

監督・石井裕也 
脚本・渡辺謙作 
撮影・藤澤順一 
出演・松田龍平、宮あおい、オダギリジョー、小林薫、伊佐山ひろ子、加藤剛、鶴見辰吾