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「仇討」(1964年 日本映画)

2021年07月07日 | 映画の感想・批評
 学生時代にキネマ旬報ベストテンの歴代ベストワンにもっとも多く輝いた監督は誰かを集計してみて、それが小津安二郎でも黒澤明でもなく今井正であることを発見した。こんなことは既にだれかがやっていて、映画通の間ではつとに知られていたようだが。
 しかし、今日の目で見ると、映画的リズムより教条や理知でもって演出された今井作品は色あせて見えることも多い。
 ところが、今回、この映画と「夜の鼓」(1958年、ベストテン6位)、「武士道残酷物語」(63年、同5位)の時代劇3本を見て、改めておもしろいと感心した。同時に見た現代劇「米」(57年、同1位)が霞ヶ浦周辺で暮らす零細農家の過酷な日常を通して、そうした犠牲のうえに日本社会が成り立っているという悲憤に胸を打たれながらも、残念ながら映画としておもしろいかというと疑問符がつく。
 「仇討」の舞台は播州脇坂藩(話の行きがかり上、ネタバレがあるのでご注意を)。士族といっても一様ではない。上は家老、お目付役から下は足軽、中間(ちゅうげん)まで武士の間にも身分の上下があった。あまり身分の高くない江崎家の次男坊、新八が役付の奥野孫太夫に難癖をつけられ、口論の末に相手の逆鱗にふれて果たし合いとなるが、死にもの狂いの新八は相手を倒す。藩の重役たちは穏便に済ませるために新八の兄の重兵樹を言い含めて狂人だということにし、寺預かりとなる。
 だが、こともあろうに孫太夫の仇を討とうと挑んだ弟の主馬までもが返り討ちにされてしまった奥野家では、まだ少年の面影が残る末弟の辰之助を立てて公式な仇討ちを藩に願い出るのである。まことに天晴れな心がけだと、重役たちは果たし合いの会場を設け、見物人が多く集まる公開の場で新八を討ち取らせようと企むのだ。これを察した和尚は新八にすぐに逃げろと忠告するが応じようとしない。とはいえ、辰之助と昵懇だった新八は苦悩する。それで、重兵樹は新八を説得して潔く辰之助に討たれることを承服させる。
 この映画の見どころはこのあとの凄絶な仇討ショーである。小林正樹の「切腹」(62年)も酸鼻をきわめた終幕に圧倒されたが、脚本が同じ橋本忍だから、今井演出もそれにヒントを得たかのようだ。
 結局、新八は騙し討ちのような格好で、助っ人ばかりか、見守る藩士たちを巻き込んで、とうとうなぶり殺しのようによってたかって仕留められるのである。闘い済んで無惨な新八の遺骸を尻目に、会場の後始末をする足軽の頭が吐き捨てるようにいう、「きょうは不愉快なものを見せられてしまった」と。
 藩の重役たちは事なかれ主義だが、いざ表沙汰になると統治能力を問われかねないので藩の内外に不名誉な噂が流れる前に措置しようと画策する。各々の藩士たちは家名に恥じぬ筋を通そうと躍起だし、個人としては武士の面子に拘って破滅することが明らかでもその道を選ぼうとする。こうした封建制度の理不尽に泣いたのは百姓、町人ばかりではなく、支配層においても同じだったいう矛盾をついてみごとだった。キネマ旬報ベストテン9位。(健)
 
監督:今井正
脚本:橋本忍
撮影:中尾騎一郎
出演:中村錦之助、田村高廣、丹波哲郎、進藤英太郎、三島雅夫、田中春男、加藤嘉


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