シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「夜明けのすべて」(2024年 日本映画)

2024年02月28日 | 映画の感想・批評

 
 公開初日の映画館は賑わっていた。特に友人同士で来ている若い女性の姿が目立った。SixTONESのメンバーとして活動している松村北斗が目当てなのか、動機はともあれ、この作品が若い人の目に触れることには意味がある。生きづらさを抱えている若い人に是非観てほしい作品である。勿論そうでない方にも…。
 PMS(月経前症候群)で、月に一度イライラが抑えられなくなる藤沢美紗(上白石百音)と、パニック障害を抱え無気力に暮らす山添孝俊(松村北斗)は、栗田科学という小さな会社で同僚として出会う。共に新卒で入社した会社を症状が原因で辞めている。山添が仕事中に何度も炭酸飲料水を飲む音にいらつく藤沢だが、ある日彼の症状に気づき援助の手を差しのべる。やがてそれは共に助け合う共助へと発展していく。
 メンタルクリニックで山添は「症状とうまく付きあって」と言われる。妥当な言葉ではあるが、なかなかうまくは付きあえない。そもそも付きあいたくない相手なのだから。これまで当たり前に出来ていた事がある日突然出来なくなり、あたかも社会から拒絶されたかのような惨めな気持ちを味わっている時に、欲しいのは援助の手、実態の伴った確かな手だ。この作品はその援助の手を具体的に丁寧に描いていく。
 突然山添のアパートに押しかけた藤沢が彼の髪を切るシーンに、二人の緊張感が伝わり思わず息を飲む。「逃げられない空間に居られない」と言う彼は、これまで自分で髪を切っていたのだ。別の日には電車に乗る事が出来ない彼のために藤沢は自分の自転車を提供する。症状が出て早退した藤沢の自宅に、今度は山添が、この自転車で彼女が忘れたスマホを届けに行く。上り坂で自転車を押して歩く側を、子どもを乗せた女性の自転車が軽々と追い抜いて行く姿が面白い。症状は行動範囲を狭め体力までも奪っていくが、それをユーモラスに表現している場面だ。
 二人を取りまく周囲の目が温かい。栗田科学は社員が10人足らずの会社だが、居心地がいい。症状が起こってもさりげなく対処してくれる。一日の大半を過ごすこの職場で、二人は少しずつ自分の居場所を見つけていく。
 原作にはない移動式のプラネタリウムが登場する。藤沢と山添は協力しあって準備に励む。当日藤沢が観客席で解説をする場面が素敵だ。予期不安のため中に入れない山添が、外で待機している姿も微笑ましい。夜空を眺めていると、人間は広大な宇宙のちっぽけな存在だと改めて気付くが、そんな自分の身体の中にも、自分でコントロール出来ない未知の世界があるという事にも気づかされる。
 藤沢と山添の関係が、恋愛に発展しない設定がいい。二人の症状はすぐには回復しないだろうが心身の体力を自分達なりにつけていくと想像出来る。
 栗田科学の栗田社長(光石研)や山添の前の職場の上司・辻本(渋川清彦)をはじめ、出演者全員が各々に適役である。殊更にドラマチックな展開を見せずに終わるラストシーンもいい。静謐な作品である。(春雷)

監督:三宅唱
脚本:和田清人、三宅唱
撮影:月永雄太
出演:松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、宮川一朗太、内田慈、丘みつ子、山野海、斉藤陽一郎、りょう、光石研

「カラフルな魔女」(2024年 日本映画) 

2024年02月21日 | 映画の感想・批評


 ジブリアニメにもなった代表作「魔女の宅急便」で知られる児童文学作家・角野栄子。何とも楽しげで、何とも美しく、そして何とも若々しい。とても88歳とは思えない、まさに“魔女”の日常を4年間にわたって密着撮影したドキュメンタリー作品。すでに2020年から22年にかけてNHKのEテレで「カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれるくらし」として放送された番組をもとに、新しく撮影したものを再編集して完成。Eテレの放送でファンになった方には、なつかしいエピソードがいっぱい出てくるに違いない。
 まずはその暮らしぶりから見てみよう。とにかく何をやっても楽しそう。料理もお好きなようで、お得意のトマトソースを使ったスパゲティの何とも美味しそうなこと。新鮮な野菜をたっぷり使い、赤いトマトと緑の青菜が見た目も鮮やかで食欲をそそる。娘さんの大好物だとか。他にも時間がないときに作る「バタバタバターライス」や「キャベツだけサラダ」をはじめとする「○○だけ料理」は、シンプルながらも自分が大好きな料理だから、美味しく栄養になるっていうもの。
 食べることと共に元気の源となっているのが歩くこと。66歳の時に移り住んだ場所がよかった。鎌倉だ。源頼朝が幕府を開いた歴史ある街の小径を、仕事を終えた夕方、行き先を決めることなく散歩することが日課となっている。名付けて“いたずら歩き”。たまには迷子になることがあるそうだが、それも楽しんでいるみたいだ。鎌倉という街は南に向かえば必ず海に出られるから、すぐに居場所がわかるようで、その道中でカフェに寄ったり、ぼーっと海を眺めたり、そういう豊かな時間が希なる発想力を生み出し、執筆活動に役立っているのは間違いない。その時必ず持って行くのが“黒革の手帖”。自由気ままに、出かけた先で目についたものや、心にとまったものを言葉やイラストで書き留める。ここに長年作家を続けてこられた証がある。もう50冊にもなっているそうだが、書いた言葉やイラストの一つひとつから、とてつもない想像力で角野ワールドが広がっていくのだろう。
 「人と違ってもいいから、自分の『好き』を大切にする」というのが角野さんのモットー。そのスタイルが生まれたのは幼い頃に戦争を経験したからだという。終戦は小学校5年生の時だったそうだが、それまで我慢、がまんで窮屈な時代だったから、そこから解放されて得られた自由な気分は、絶対に放したくないと思ったそうだ。そして自分が好きなものを自分で選んでいく自由が加わり、めがねにワンピース、アクセサリーと、どんどんカラフルなもので身の回りがいっぱいになり、今に至っているという。この超カラフルが相手を笑顔にさせ、心を弾ませてくれる。まるで魔女が放った魔法に見事にかかってしまったかのように。
 溢れんばかりの好奇心と冒険心が実を結び、作家・角野栄子を誕生させるきっかけとなったのがブラジルでの体験だ。1959年、結婚直後の24歳の時に渡ったブラジルで、彼女は運命的な出会いをする。同じアパートに住むルイジンニョ少年だ。慣れない異国での生活で落ち込んでいた時に、一緒に買い物に行ったり、ポルトガル語を教えてもらったりして心の支えになった少年。作家としてのデビュー作「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」のモデルともなったこの少年との再会が、新しいエピソードとして最後を盛り上げる。もういいお爺ちゃんとお婆ちゃんなのに(失礼)、62年ぶりに再会を果たした二人のワクワク感がたまらない。
 昨年オープンした、いちご色で統一された「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」はぜひ訪れてみたいものだが、まずは作品を読むところから始めよう。幸い(?)児童文学なので、童心に返って短時間で味わえる。さあ、角野ワールドへ突入だ!!
 (HIRO)

監督:宮川麻里奈
撮影:高野大樹
語り:宮崎あおい




 


「サイレントラブ」(2024年 日本映画)

2024年02月14日 | 映画の感想・批評
それぞれに事故や事件で視力と声を失った若い男女の手探りの恋の話。

音楽大学の用務員をしている蒼(山田涼介)はある日、屋上から飛び降りようとするピアノ科学生の美夏(浜田美波)を間一髪で助ける。その時に、蒼は美夏が落としたガムランボールを拾う。
美夏は資産家の娘で、もともとが高慢な性格もあるのか、周囲の学生とも親しめないし、加えて交通事故にあい、視力を失い絶望の淵にあった。家族から離れてハンディを抱えながらも一人くらしを続けようとあがいている。明らかに白杖だけでは危なっかしい。大学ではピアノの演奏家としてよりも作曲専攻に代わるように勧められる。

古ぼけた校舎のピアノの存在を美夏が見つけ、練習に通い始める。杖だけで場所を探りながらピアノにたどり着き、そのピアノの鍵盤のタッチなど、美夏のお気に入りになる。ひそかに練習を重ねるのを、キャンパスの掃除をしながら蒼はじっとサポートしていく。鍵もかかっていなかった教室だったが、やがて施錠されると、用務員室のスペアキーを使って美夏の為に開けてやったり、安全に通学できるように、ガムランボールで導く。美夏は蒼もピアノ科の学生と思い込み、「あなたのピアノを聴きたい」と望む

高級外車を乗り回す学生、悠真(三浦周平)は実は裏カジノで負け続けて多額の借金を抱えている。蒼はスマホの音声機能を使って悠真に「ピアノを弾いてくれれば謝礼を払う」と頼み、1回につき5万から10万円を渡して、悠真の演奏を美夏に聞かせる。美夏はその音色に心を惹かれ、一緒に連弾を楽しみむようになる。蒼と弾いているものと信じていたのか。
ピアノを弾く手があれほどゴツゴツであるはずがないことは早くから気付いていたはず。それ以上の感情を美夏はもっていた。だからこそのラストなのだが。

本作は「ミッドナイトスワン」の監督だし、多少の期待はあったのだが、突っ込みどころが多すぎる。
悠真の位置づけが今一つはっきりしない。学生の身分で、カジノに出入りして大負けして、危ない筋に追いかけられ、果ては・・・・・・。
美夏との連弾シーンはよかった。
バイオレンスシーンは目を伏せてしまった。必要があったのか。また、大学の不祥事も唐突にでてきて、美夏の指導講師が捕まるシーンがあったり。
音大が舞台なだけあって、劇中のクラシック音楽が素晴らしい。曲名を字幕でだしてほしかった。久石譲が音楽を担当しているのには納得。
山田涼介、『ナミヤ雑貨店の奇跡』を覚えているが、今回はほとんど声を出さない、目の表情でかたる、難しい役と言える。
浜辺美波は「君の膵臓を食べたい」以来、わりと注目してきたし、昨年は朝ドラ「らんまん」や、「ゴジラマイナスワン」などなど、大活躍中。今年の賞レースを総なめしそうな勢い。コメディもこなせるし、本作のような高慢な女性もけっこう似合っている。
ますます楽しみな女優さんだけに、本作のストーリー展開に無理やり感があって、十分に楽しめなくて残念。まあ、若い人のラブストーリーにはそもそもついていけなくなってる、こっちの感性のせいかなあ。
(アロママ)

監督:内田英治
脚本:内田英治、まなべゆきこ
撮影:木村伸也
出演:山田涼介、浜辺美波、三浦周平、古田新太




「カラオケ行こ!」(2023年日本映画)

2024年02月07日 | 映画の感想・批評

 
 暴力団のカラオケ大会で組長に最低評価をつけられると耐えられない罰が待ち受けているので、それを逃れるために歌を練習しなければならないというのが原作漫画の設定です。
 必死のやくざ(成田狂児=綾野剛)が中学生の合唱コンクールに入場し、ひとりの少年のボーイソプラノに注目します。ロビーで当人(岡聡美=齋藤潤)を待ち伏せして指導を仰ぐという出だしが何とも意表をついておかしいのです。いかにもコワモテのやくざが合唱部の部長の聡実くんには滅法やさしいというのも微笑ましい。
 とりあえず、「カラオケ、行こ」と聡実くんを誘い、持ち歌を披露するのですが、綾野剛があんなに高音を発してYOSIKIの難曲(「紅」)を歌い出すとは思いもしないから、ぶっとびました。しかも、けっこううまいのです。なぜボーイソプラノの男の子を選んだのか、納得させるのです。
 しかし、これを聴いていた少年は音域が合っていないと指摘し、選曲が間違っていると手厳しい。ここから、この不釣り合い以外の何ものでもないふたりの交流がはじまるのです。
 聡実くんの家庭の様子がときどき描かれますが、台詞を極力省略して家族の関係を的確に表現するあたりは山下監督の優れた演出にあると思います。
 たとえば、ごくありふれた家庭ながら、思春期の少年が親をふつうにけむたがる態度を描写しつつ、それを静かに見守る母親のやさしげな眼差しとか、普段はぶっきらぼうで物言わずの父親が実は息子のことを大切に思っているのだということを無言で表現するとか。なるほど、こういう家庭に育つとこういう素直な男の子ができるのか想像させるのです。
 あるいは、聡実くんの母親がさりげなく焼き鮭の皮をそっと剥いで亭主の皿に置くとか。いまの若い人にはわかりづらい描写ですが、魚好きのかたなら皮が一番おいしいという事実をご存じだと思います。あの場面だけで母親の父親に対する愛情をみごとに表現して見せたのです。
 この話にはもうひとつ並行するストーリーが仕掛けてあって、3年生最後の出場となる合唱コンクールをめぐって部員間の軋轢が描かれます。
 狂児からお手本に歌ってほしいと請われても、聡実くんはいっこうに歌おうとしないところが後の重要な伏線になっている点に注意してください。
 なぜ歌おうとしないのか。あるいは部活においてもほとんど声を出さず身が入っていないように見えます。この変わりように後輩の2年生の少年から批判の目を向けられても反論しません。いったい、聡実くんに何があったのか。やくざとの出会いがかれに変化をもたらしたかのように見せておいて、実は違うのです。男の子なら誰もが思春期に経験する身体上部の変化が聡実くんをして沈黙させているのです。
 加えて、放課後に聡実くんとその親友がVHSで録画した映画を鑑賞するという挿話が設けてあって、そこに映し出される名画の数々に山下監督の底知れない映画愛があふれています。
 いきなり、私の大好きなジェームス・キャグニーが現れて拳銃をぶっ放したり(ラオール・ウォルシュの「白熱」49年)、同じく最高に大好きなハンフリー・ボガートがイングリッド・バーグマンを相手にあのダミ声で名台詞をささやく(マイケル・カーティスの「カサブランカ」42年)。そのあとにクリスマス映画の定番「三十四丁目の奇蹟」(ジョージ・シートン、47年)、映画史上の傑作「自転車泥棒」(ヴィットリオ・デ・シーカ、48年)が登場します。
 こういう本筋に関係のない部分にこそ、映画の神様は宿っているのでしょうね。(健)

監督:山下敦弘
原作:和山やま
脚本:野木亜紀子
撮影:柳島克己
出演:綾野剛、齋藤潤、北村一輝、加藤雅也、芳根京子、坂井真紀