連作短編集の最後は、信じられないほど広大な森林公園の片隅にある小屋で一人で簡単な仕事(展示会のチケットに手作業で切り取り用のミシン目を開けます)をする話です。
誰も監視していないので、少し仕事をするだけで、後は周辺を歩き回って目に付いたものを地図に書き込む作業(あたりには実のなる植物が多いの、それらを勝手にもいで食べられます)もしています。
その過程で、もともと仕事に悩んでいたうえに、サポーターをしているサッカーチームのリーグ降格と応援していた外国人選手が帰国したことをきっかけに失踪していた男性が、実は公園の中で原始人のように自給自足して暮らしていたことを、主人公が突き止めます。
この仕事も結局辞める(花粉症が原因です)のですが、今までの五つの仕事を通して仕事への意欲を回復した主人公は、元のやりがいのある仕事(病院などの医療ソーシャルワーカーのようです)に復帰することになります。
実に鮮やかなエンディングなのですが、ちょっときれいごとにすぎるような感じです。
どこかに自分に向いた仕事があるのではないかと転々としたあげく、それがもとの仕事だったという構造は、幸せの青い鳥を求めていろいろなところへ行き、最後にそれが我が家にあったことに気付くメーテルリンクの童話「青い鳥」型で、児童文学の世界では同様な作品がたくさんあります。
最後に、主人公(そして、おそらく作者)の、以下のような仕事観が語られます。
「どの人にも、信じた仕事から逃げ出してたくなって、道からずり落ちてしまうことがあるかもしれない」
「どんな穴が待ちかまえているかはあずかり知れないけれども、だいたい何をしていたって、何が起こるかなんてわからないってことについては、短い期間に五つも仕事を転々としてよくわかった。ただ祈り、全力を尽くすだけだ。どうかうまくいきますように。」
確かに、これらの言葉は、同じような境遇にある人には励ましになるかもしれません。
しかし、ブラック企業やブラック職場(告発されているような会社だけではなく、ほとんどの企業にも大小さまざまなブラックな部分はあります)で働いている多くの人々には、かえって酷な言葉ではないでしょうか。
会社側に少しも改善を求めず、働く人たちだけに順応を求めているのは、作品の発表場所が日本経済新聞だったこともあり、ちょっと恐ろしい気がします。
また、主人公のようにはやりがいのある仕事には出会えず、あるいは出会えたとしてもそういった仕事につけない人たちが、世の中の働いている人の大半なのです。
彼らには、次々と風変わりな仕事を紹介してくれて最後には元の仕事まで紹介してくれる神のような就職相談員も、第二話と第五話のラストに登場する人や職場の運命を変えてくれる超能力を持った同僚もいないのですから。
この世にたやすい仕事はない | |
クリエーター情報なし | |
日本経済新聞出版社 |