1949年に書かれたグラス家サーガ(他の記事を参照してください)の一篇です。
ここでは、第三子で長女のブー=ブー(7人いるグラス家の兄弟姉妹の中で、一番変わった呼び名です)が主人公です。
彼女は、海軍に勤めた後で裕福なユダヤ人と結婚しています。
グラス家兄妹も、サリンジャー自身も、ユダヤ人の血を引き継いでいます。
ユダヤ人の作家は多いのですが、児童文学の世界で一番有名なのは、「クローディアの秘密」などのカニグズバーグでしょう。
「ベーグル・チームの作戦」のように、ユダヤ人の子どもたちの通過儀礼を題材にした作品もあります。
この作品でも、ユダヤ人に対する差別(使用人たちが、父親のことを陰で「ユダ公」と蔑称で呼んでいるのを子どもが聞いてしまいます)や、差別されている民族ゆえの家族愛の強さが描かれています。
といっても、サリンジャーは話を深刻に描かずに、風変わりな母親(ブー=ブーのことで、自分を海軍中将だと子どもに主張しています)とこれまた風変わりな息子(四歳ぐらいですが、家を抜け出して放浪する癖(この時は湖に浮かべた父親のヨットにいました)があります)との、一風変わった、しかし、次第に心を通わせて行く過程を丹念に描いています。
結局、子どもらしい聞き違い(カイク(ユダ公)とカイト(凧))によって、ユダヤ人の差別問題(母親が言い聞かせなくても、将来本人が嫌っというほど直面します)については上手に先送りされます。
子どもの繊細な心の動きとそれを優しく見つめる大人、これは本来児童文学者が描かなければならない世界(ケストナーやカニグズバーグの世界にも通じるものがあります)ですが、残念ながら今の日本の児童文学の世界では優れた書き手が見当たりません(「現代児童文学」(定義などは関連する記事を参照してください)の時代には梨木香歩の「西の魔女が死んだ」や森忠明の「花をくわえてどこへ行く」などの優れた作品もありました(それらの記事を参照してください))。
また、多数派(マジョリティ)の人々による少数派(マイノリティ)の人々に対する差別の問題も、本来は児童文学の大きなテーマだと思います。