Cafe Bridge 粉闘記

bridgetの日記の続編です。
カフェオープンからの日々のできごとや思ったことをつれづれなるままに。。。

2017年もありがとうございました

2017-12-31 | カフェ
今年も1年、どうもありがとうございました。
一重に皆様のお蔭と感謝申し上げます。

どうぞよいお年をお迎えくださいませ。



(写真は2017年1月のもの)
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信頼

2017-12-30 | 日記

トットちゃん!というテレビドラマがこの秋、昼の時間に放映されていました。
この回は見ていないのですが、予告の中で一瞬だけ見て、心に留まっている言葉です。


徹子:私ね、人の不幸は、相手を疑うことから始まると思うの
   だから私ね、一度信じた人は疑わない。信頼こそが幸せの元だもの


簡単にさらっと言っているようですが、これが簡単にできる人はすごいです。

疑うことは、不幸のもと。
信頼こそが幸せの元。

かの中村天風先生は、このように仰っています。
「なぜ疑いがいけないのか。それは疑い出したら、何事も安心できないからである」

今の世の中も50年前も100年前も同じなんでしょうね。
でも、オレオレ詐欺やらフェイクニュースやら、ちょっと疑ってかからないと自分の身が守れない世の中に変わってきているように感じます。寂しいことかな。
だからこそ、トットちゃんの言葉が、心に響いたんでしょう。

信頼こそが幸せの元。


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野菜が・・・!

2017-12-29 | カフェ
最近の野菜のお値段、異常じゃありません??
数日前、レタスの値段を見て、思わず吹き出しそうになりました。冗談でしょ??って。

レタス一個398円だって、高くなったなぁと思っていたのに、それが458円+税。
昨日は、なんと・・・! 1個480円。税込だと519円!

キャベツだって、298円。これセールの安売りの値段ですよ。

きゅうり、98円。


この野菜高騰、特に葉もの野菜のお値段高騰の原因は、秋の長雨とランとかサオラーの台風襲撃だそうです。
レタスもきゅうりもヨークシャーサンドにはマストな材料なんですよね~。他のもので代用っていうわけには、いかないんだなぁ。
年の瀬になんか寂しい話題になっちゃいましたけど、今年も残すところあと2日。

やれていないことがたくさんありますが、それは来年への宿題の持越しということで、できたことだけ考える方が精神衛生上はよろしいでしょう。ポジティブシンキング、ちょっと違うかな~。

高い野菜の話の最後は、普段は1皿100円が平日1皿90円(年末年始は違うみたいです)の「はま寿司」で見た生ペッパー君です。

ペッパー君の後ろにある前からある機械から番号券は出てくるので、実はペッパー君導入がどれだけ良いのかはわかりませんでした。目新しいですけどね。




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年末年始の営業のお知らせ

2017-12-24 | カフェ
年末年始は下記の通り営業いたします。

12月29日(金)~1月3日(水)休まず営業いたします。

お休みの日じゃありませんよ。年末年始は営業しております。

皆様のお越しをお待ちしております。

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昼の長さと日の出日の入りの時間

2017-12-23 | 日記
昨日の冬至というのは、二十四節気の一つです。
二十四節気(にじゅうしせっき)というのは、太陰暦を使っていた頃に季節を表す言葉として、工夫されたものだそうです。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたものです。

冬至は太陽が一番低いところにあって、昼が一番短く、夜が一番長い日。(北半球では、以下すべて北半球の話です)
夏至は太陽が一番高いところにあって、昼が一番長く、夜が一番短い日。
春分は太陽が冬至と夏至の中間のところにあって、昼と夜の長さが同じ日。
秋分も太陽が冬至と夏至の中間のところにあって、昼と夜の長さが同じ日。


Wikiには、冬至のの中に下記の記述がありました。天文のところです。
「なお、1年で日の出の時刻が最も遅い日・日の入りの時刻が最も早い日と、冬至の日とは一致しない。日本では、日の出が最も遅い日は冬至の約半月後(年明け)であり、日の入りが最も早い日は冬至の約半月前である。」

これで納得しました。
冬至が昼が一番短いはずなのに、なぜか夕方暗くなるのが遅くなっている気がしていたのです。5時に閉店しますが、少し前の方が5時には真っ暗になっていたように感じていました。夜型の私は、毎朝朝日が昇るのは見ていないので、わからないのですが、冬至の日より前に日の入りのピークがあり、冬至の日より後に日の出のピークがくるので、そのずれ具合で冬至の昼間の時間が最も短くなる!

ややこしいことを書きましたが、要するに、冬至の日は昼間の時間は一番短いが、日が暮れるのが一番早いわけでもないし、日の出が一番遅いわけでもない。なんとなく誤解していました。

春分の日と秋分の日も、実際には昼の時間の方が夜の時間より15-16分長くて、昼と夜の長さが等しくなる日は春分の日、秋分の日の4日後ぐらいだそうですよ。
でも、誰もそんなこと気にしてないですよね。単なる季節感ですよね。

冬至の一陽来復について書くつもりが、そこまで行きつきませんでした。
こちらも昨日友人にもらった写真。癒されます。

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ゆず湯

2017-12-22 | カフェ
今日は冬至。今朝、お店の入口のドアに、柚子とミカンが入った袋がかけられていました。
ゆずの袋には「♨」、ミカンの袋には「すっぱい伊豆のみかん」というメモが入っていました。
ご近所のSさんからのおすそ分け。ありがとうございます!
あ、今日は柚子湯の日、冬至だわ。一陽来復。

クリスマス前の静かなカフェに、高校時代の友人夫妻が訪ねてくれました。
長く休んで、ご心配おかけしました。元気な姿を見て、安心していただけたかしら。
いや、お店が静かすぎて余計な心配かけた?? 大丈夫、嵐の前の静けさみたいなものです。多分・・・。きっと・・・。
ご来店ありがとう!

実は、マスターはメガソーラー関連で市役所で行われた事業者と住民の意見交換会なるものに出席していたので、私は一人でお店にいて、お客様、来てほしいけど一人だから大勢さまだったらどうしよう~と看板も出さずに消極的にお店を開けていました。
もう、何年お店やっているんだか・・・。というわけで、あ、お客様、あ、〇〇君と〇〇さん、ヨカッタ~。

お二人はこの後シャボテン公園に行って、カピバラがゆず湯に入っている写真を送ってくれました。
カピバラちゃんたち、気持ちよさそう!なんか、ほっこり。




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楽しく・愉快に・喜んで

2017-12-18 | 日記
ここ数日、私の心に響いている言葉を書いています。
昨日は仏教的でしたが、今日は聖書から。といっても、私はクリスチャンではないので、深い意味はわかりません。
ただ、響いたので書きます。

伝道の書 3章
3:12わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。

これは、一昨日の良寛の見舞いの一文の記事の中で、その前の部分を書きました。あるがままを受け入れることはキリスト教の中にも示されていますという例の中でどなたかの説明の中にあった部分です。
3:11神のなされることは皆その時にかなって美しい。
これに続く文です。

平易な文ですから、そのままの意味でとらえられます。
生きている間、楽しく愉快に過ごすことが一番いいということでしょう。

これを読んだら、連想的に浮かんだ言葉は、「いつも笑っていなさい。」あれ、でもなんかちょっと違う。
そう思って、この言葉と聖書で検索をかけたら、やはりちょっと違っていました。そうそう、こっちです。

テサロニケ人への第一の手紙5章16節 「いつも喜んでいなさい。」

人生の中で、楽しいことばかりのはずがありません。愉快に過ごせる時ばかりのはずがありません。
喜べない時もあるでしょう。

だから、「いつも」喜んでいなさい。
「楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。」

なのでしょう。
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丁度よい

2017-12-17 | 日記
昨日の、良寛さんの見舞い文に辿りつくきっかけとなった、間違って良寛さんが作者として伝わった詩をご紹介します。
先日お客様から一部分を教えていただいて、心に響いたので調べてみた詩です。
実際の作者は、石川県の真宗大谷派常讃寺坊守、藤場美津路(みつじ)さんという方だそうです。
私の母はクリスチャンですから、今ごろは天国に行っていると思うのですが、この詩を読むと、母との別れの時期さえもちょうどよいと思えてきます。
最後の5行を削除して、良寛作として、観光地などでパネルが売られていたこともあるようです。つまり、みんなが読むのに丁度よい詩なのですね。
ただ、作者ご本人が話されたことによりますと、「自己否定の苦悩の中に聞こえた仏様の慈愛の言葉です。安易な現状肯定ではありません」とのこと。

「丁度よい」 藤場美津路作

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連の人生
丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時
憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏

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良寛の見舞いの一文

2017-12-16 | 日記
昨日の告白(!)を読んだ方や、今日いらしてくださってお話した方々から、温かいお言葉や励ましのお言葉、お花をいただきまして、ありがとうございました。

先日、ある詩を教えていただいて、とても心に響いたので、ご紹介しようと思いましたが、それはまた別の機会にして、そこから派生して見つけたものをご紹介します。最初に教えていただいた詩というのが、実際には別の作者がいるのですが、なぜか良寛さんの作として伝わりました。なんとなく違和感があり、今度は良寛さんについてあちこちのページを見ていたら、こんな言葉に出会いました。

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」 - 俳人 山田杜皐(やまだとこう)に宛てた見舞の一文

大地震があって、良寛さんの地は難が少なく、杜皐さんが住んでいた地は被害が大きかったので、杜皐さんに見舞いの手紙を出した。その中の一文ですが、これには賛否がわかれ、名言と言われていますが、こんなことをこんな時に言うべきではないという人もいます。
以下、ネットのあちこちから見つけたこの一文の真意の説明です。(本来引用元を書くべきですが、すでにわからなくなってしまいました・・・すみません。)要するにありのままを受け入れなさいということ・・・でしょう。

☆「災難にあったら慌てず騒がず災難を受け入れなさい。死ぬ時が来たら静かに死を受け入れなさい、これが災難にあわない秘訣です」ということです。

☆ 主旨は、今あるがままを受け入れ、生かされた命を大切に前を向いて生きなさい、と励ましたものです

☆ 災難も、死も、ただありのまま、静かに受け入れることが良寛の説く「災難を逃るる」たったひとつの妙法だと気付くのです。

☆ 災難に逢うときは災難に遭い、死ぬときには死ぬしかない。私たちがどんなに手を尽くしてもそれは変えられません。だとしたら、それらを受け入れて生きるしかないという意味の言葉です。どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実の姿でしかなく、そのことを「災難」としてしか捉えることができないならば、どこまでもその不運を嘆いて生きて行くしかありません。子供を亡くし悲嘆にくれる友人に対しそのことに一切触れることなく、「人として生まれたからには生老病死からは逃れることはできず、あるがままを受け入れ、その時自分ができることを一生懸命やるしかない」

☆ そのものに成りきれば、対象の中に自己は没しきっているから、自己を問題にしていない。災難らしき事にであった時に、その現実を嫌うとかえって、自分を失い、苦悩が深まり、なすべきことができなくなって、苦悩がますます深まる。災難の中にあって、現実を嫌って命を失うことなく、災難の中にあっても、なすべきことをなしていくよう指導したのであろう。それが災難にあいながら、災難を乗り越えていくすべなのである。最も、重大な問題が、死(自己自身の)である。

☆ さらに、「あるがままを受け入れ」「生死を離れる」ことは、アジアの仏教のみならず西洋キリスト教でも、以下のように指し示されています。

「生るるに時があり、死ぬるに時があり、~泣くに時があり、笑うに時がある。~神のなされることは皆その時にかなって美しい」
(伝道の書3:1~11)

「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな(ヨブが災害で全財産と10人の子供を失った時)」
(ヨブ記1:20)

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営業再開しました

2017-12-15 | 日記
突然の長めのお休みをいただきまして、ご心配をおかけしました。
休みの間にご来店くださったお客様がいらしたら、申し訳ありませんでした。

ブログに書くべきか書かざるべきか、少し悩みましたが、このブログを読んでくださっている方は初めてお店に来ようと思ってチェックとして読んでいる方より、私たちのことを前から知っているか、お店にご来店くださって知り合うことができた方が多いように思うので、書きます。

私の母が84歳で亡くなりました。マスターの両親と私の父はすでに亡くなっているので、4人の親のうちの最後の一人でした。
親との別れは誰にも確実にやってくるわけですから、それが私の番だった・・・という風に客観的に考えられるようになったのも、ここ数日の長めのお休みのおかげです。お店を開店して以来、9連休という初めての長期休暇でした。母は終末期の看取り期間に入っていたので、先月はほぼ毎週会いに行けていたし、毎回、これが最後になるかもしれない・・・という思いがありました。

10月ごろよりほとんで食べなくなっていて、水分も摂らなくなってきた時には、首から点滴をいれてもらうため1週間ほどの入院もしました。
食事をとらなくなるということの意味が最初はわかりませんでした。レビー小体型認知症でグループホームの施設に入所していました。
84歳ですが、老衰でした。ほとんど食べなくなって、腕も足も骸骨みたいに細くなってしまいましたが、歌を歌ったり、笑ったり、幸せな時間がありました。母は20年ほど前からクリスチャンになっていました。安らかに穏やかに天に召されました。

亡くなってから、告別式までの間、数日の間があったのですが、グループホームのスタッフの方々が毎晩お仕事の後、代わる代わる母にお別れを言いにきてくださいました。私の知らなかった施設でのことを話してくださり、泣いたり、笑ったり、思い出話に花が咲きました。こんなに優しい方たちに囲まれて、母は幸せだったと思います。
ずっとお世話をしてくれた義姉、それからグループホームのスタッフの皆様に心から感謝しております。

なんだか支離滅裂になってしまいました。
母親の死は、誰にとっても、とても大きなことで、どう受け止めるか、どう受け入れるか、なかなか時間がかかりそうです。
やはり時間だけが、唯一の解決方法なのでしょう。

営業再開しております。元気です。ご心配くださった皆様、どうもありがとうございました。



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