私は若者ではない。
しかし、昨今の「若者の○○離れ」という言葉には違和感がある。
若者の○○離れとは (ワカモノガハナレテイッタモノイチランとは) [単語記事]
音楽で順に追って考えてみよう。
技術の発達と音楽の変遷とは、簡単に言って次のようになる。
生演奏→蓄音機(レコード)→LP→CD→MD→MP3→ダウンロード
これを1990年に遡ってよく考えてみよう。
昔の人は生演奏離れと言っただろうか?
昔の人はフォークソング離れと言っただろうか?
昔の人は歌声喫茶離れと言っただろうか?
昔の人は60'S離れと言っただろうか?
昔の人はグッド・オールド離れと言っただろうか?
昔の人はロカビリー離れと言っただろうか?
昔の人はレコード離れと言っただろうか?
その当時の報道は私は知らない。
だけれども、「○○離れ」がここ10年で出てきた言葉からして、その前の時代には、この言葉そのものを言ってなかった可能性は高い。
それならば、その当時は「○○離れ」というネガティブキャンペーンではなく、新しく来た新しい時代の波をキャッチし続けたはずなのである。
○○離れとは、「技術的トレンドはまだ自分らの手の内にあるのにその中心地たる我々に対して、盲従すべき若者が向かってこない、おかしい」という意味合いさえ垣間見える。
まるで同じところに網を張り続けた為に、魚群を捉えられないのをして、「なんで今までここで魚が獲れたのに、なんで今はここで獲れないんだ」と愚痴っている漁師だ。イソップ童話の酸っぱいブドウを地でやっているのである。
それはそうだ。人は基本的に主観で判断するようにできている。しかしこの辺りで客観的になった方がいいのではないだろうか?
そもそもこの傲慢とも言えるこの言葉遣いは一体どのような心象から出てきたものであろうか? これを少し探って行きたい。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
本来、技術というものは社会に先行する存在であるべきはずである。
技術は常に革新する。マルクスの解説として次のようなものがある。
<
週刊SPA! 11月13日号 インテリジェンス人生相談(2012年)
マルクス・エンゲルス選集第7巻経済学批判より『賃労働と資本』からの解説より
賃金は3つの要素から構成されています。第1は、労働者の食費、家賃、被服費、レジャー代など今後1か月消費をして、働くエネルギーを蓄えるために必要な商品とサービスを購入する費用です。第2は、労働者が家族を養って、子供を社会に送り出すためにかかる費用です。マルクス経済学の用語を用いれば、労働者階級の再生産ということになります。第3は、資本主義社会では常に技術革新が行われるので、それに対応するために労働者が勉強する費用です。
>
資本主義社会では技術は常に革新への方向へと流動する。一定の定点からの観測では常に取り残されるのである。その為に技術は先に行っていなければならないし、技術者は先を見据えなければならない。
若者の○○離れを唱えている人は、この技術を掴むのに失敗した人たちの愚痴にしか聞こえない。トレンドの先に行けないがために、定点観測をするしかないのだ。
「若者の○○離れ」を唱えている時点で、それはその人が技術的覇権を握ることができていないことを意味する。
オニヤンマが往復運動して飛翔する性質を利用し、その途上で網を構えて捕らえるがごとく、若者が来るトレンドの場所を先に作っておいて、そこへ誘導するのである。そして残念ながらそれが出来ていない。いや、若者たちからすれば、待ち構えている罠にはまってたまるかという感覚でもあるのではないか。
ともあれ、技術トレンド、社会トレンドを掴み損ねた社会の人々を恨み節を込めて「若者の○○離れ」を唱えているのであるが、それではなぜiphoneが売れているのか、MP3をダウンロードするのか、facebook、twitter、LINEに傾倒しているのか。これらは全て外国製品なのである。
そして今後来るであろう、その次の更に新しいトレンドを用意する準備はできているか。
日本でそれをやろうとしているのが、バイラルメディアというキーワードでウェブを盛り上げているアメブロのサイバーエージェント他多数であるが、めぼしいのがバイラルメディアというキーワードで稼働しているウェブだけという状況ではこころもとない。
これはいい方向に向かっていると思うが、早いうちに花開くことを願う。
その他、人工的にクモ糸を量産する技術が山形にあるという。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/05/28/spiber_n_3350116.html
ここにも頑張って頂きたい。
しかし、昨今の「若者の○○離れ」という言葉には違和感がある。
若者の○○離れとは (ワカモノガハナレテイッタモノイチランとは) [単語記事]
音楽で順に追って考えてみよう。
技術の発達と音楽の変遷とは、簡単に言って次のようになる。
生演奏→蓄音機(レコード)→LP→CD→MD→MP3→ダウンロード
これを1990年に遡ってよく考えてみよう。
昔の人は生演奏離れと言っただろうか?
昔の人はフォークソング離れと言っただろうか?
昔の人は歌声喫茶離れと言っただろうか?
昔の人は60'S離れと言っただろうか?
昔の人はグッド・オールド離れと言っただろうか?
昔の人はロカビリー離れと言っただろうか?
昔の人はレコード離れと言っただろうか?
その当時の報道は私は知らない。
だけれども、「○○離れ」がここ10年で出てきた言葉からして、その前の時代には、この言葉そのものを言ってなかった可能性は高い。
それならば、その当時は「○○離れ」というネガティブキャンペーンではなく、新しく来た新しい時代の波をキャッチし続けたはずなのである。
○○離れとは、「技術的トレンドはまだ自分らの手の内にあるのにその中心地たる我々に対して、盲従すべき若者が向かってこない、おかしい」という意味合いさえ垣間見える。
まるで同じところに網を張り続けた為に、魚群を捉えられないのをして、「なんで今までここで魚が獲れたのに、なんで今はここで獲れないんだ」と愚痴っている漁師だ。イソップ童話の酸っぱいブドウを地でやっているのである。
それはそうだ。人は基本的に主観で判断するようにできている。しかしこの辺りで客観的になった方がいいのではないだろうか?
そもそもこの傲慢とも言えるこの言葉遣いは一体どのような心象から出てきたものであろうか? これを少し探って行きたい。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
本来、技術というものは社会に先行する存在であるべきはずである。
技術は常に革新する。マルクスの解説として次のようなものがある。
<
週刊SPA! 11月13日号 インテリジェンス人生相談(2012年)
マルクス・エンゲルス選集第7巻経済学批判より『賃労働と資本』からの解説より
賃金は3つの要素から構成されています。第1は、労働者の食費、家賃、被服費、レジャー代など今後1か月消費をして、働くエネルギーを蓄えるために必要な商品とサービスを購入する費用です。第2は、労働者が家族を養って、子供を社会に送り出すためにかかる費用です。マルクス経済学の用語を用いれば、労働者階級の再生産ということになります。第3は、資本主義社会では常に技術革新が行われるので、それに対応するために労働者が勉強する費用です。
>
資本主義社会では技術は常に革新への方向へと流動する。一定の定点からの観測では常に取り残されるのである。その為に技術は先に行っていなければならないし、技術者は先を見据えなければならない。
若者の○○離れを唱えている人は、この技術を掴むのに失敗した人たちの愚痴にしか聞こえない。トレンドの先に行けないがために、定点観測をするしかないのだ。
「若者の○○離れ」を唱えている時点で、それはその人が技術的覇権を握ることができていないことを意味する。
オニヤンマが往復運動して飛翔する性質を利用し、その途上で網を構えて捕らえるがごとく、若者が来るトレンドの場所を先に作っておいて、そこへ誘導するのである。そして残念ながらそれが出来ていない。いや、若者たちからすれば、待ち構えている罠にはまってたまるかという感覚でもあるのではないか。
ともあれ、技術トレンド、社会トレンドを掴み損ねた社会の人々を恨み節を込めて「若者の○○離れ」を唱えているのであるが、それではなぜiphoneが売れているのか、MP3をダウンロードするのか、facebook、twitter、LINEに傾倒しているのか。これらは全て外国製品なのである。
そして今後来るであろう、その次の更に新しいトレンドを用意する準備はできているか。
日本でそれをやろうとしているのが、バイラルメディアというキーワードでウェブを盛り上げているアメブロのサイバーエージェント他多数であるが、めぼしいのがバイラルメディアというキーワードで稼働しているウェブだけという状況ではこころもとない。
これはいい方向に向かっていると思うが、早いうちに花開くことを願う。
その他、人工的にクモ糸を量産する技術が山形にあるという。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/05/28/spiber_n_3350116.html
ここにも頑張って頂きたい。