「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

山親父のこと

2010年08月17日 12時25分20秒 | Weblog
北海道では熊のことを“山親父”と呼ぶ
決して親しみを込めた愛称ではない
そこには畏怖と怒りが込められている
だから、子供の頃に「昨日、山親父が出たらしい」
という大人の言葉に、私は緊張し体を固くしたものだ

勿論、街に住む人間には関係のない話だが
田舎の山の近くに住んでいた頃は
私にとって熊は、現実の脅威だったのだ


今から90年ほど前、北海道北部の
日本海側にある小さな村で
世界でも類のない熊による悲惨な事件があった

それは師走の寒い朝だった
ある開拓民のわらぶきの家に
冬眠に失敗した熊が侵入した
その熊は身長2メートル70センチ
体重は340キロという巨大熊だった
家には若い母親と6歳になる子がいた
子は頭を咬まれ、爪で喉を裂かれて死んだ
母親は囲炉裏で燃えていた薪を投げつけ
近くにあったマサカリで抵抗しつつ
囲炉裏を回る様に逃げたが
熊は執拗に母親を追い詰め
遂には母親の腹に食いつき
そのまま咥えて窓から出た
囲炉裏端は血で染まり
窓には頭髪が絡みついていた
母親はまだ絶命しておらず
断末魔の声を上げながら
熊に引きづられていった

昼飯の為に帰宅した男たちは
家の惨劇に震え上がった
亡くなっているであろう
母親の亡骸を取り戻すため
集まった村の人間たちと共に
点々と雪に残された血痕を辿った

森を捜索して間もなく
村人達はその熊に遭遇した
熊の大きさに皆は驚愕した
怒り狂った熊は村人に向かってくる
村人は慌てふためき逃げ惑う
熊はそのまま逃走し見えなくなった
安堵した村人は、大きな木の根元に
血で染まった雪があるのを発見する
その雪の周りは、何かを隠すように
小枝が積み上げられている
その小枝を除くと…
母親の膝から下の足と
頭部だけがあった

無残な亡骸を見た夫は号泣する
そして、妻を弔うため家に運んだ
しかし、それを知ったマタギは警告する
熊は保存目的で、獲物を木の根元に隠す
それを奪われると必ず取り返しに来る、と…

マタギの警告は的中する
通夜の晩、再び熊が家を襲撃したのだ
警戒のため猟銃を構えていたのが幸いした
村人の発砲に熊は驚き退散する
が…熊は山中に逃げたのではなかった

森に近いその家から五百メートルほど離れた
ある大きな家に、熊を恐れた女達や子供が非難していた
その家に熊は襲ってきたのだ
そして結局、女一人と胎児を含む
子供四人が犠牲となった
そのほかにも三人が重傷を負った

この前代未聞の事件に終止符が打たれたのは
最初の犠牲者が出てから5日目のことだ
大々的な討伐隊とは別に行動していた
ある有名なマタギが一人で怪物を仕留めたのだ

熊を解剖し胃の中を調べると
今回の事件以外に、以前に山で
行方不明となっていた三人の女の
着物の切れ端が出てきたという

この悲惨な出来事は
私の尊敬する作家・吉村昭氏の
「熊嵐」に詳しい



ともかく、相手が熊やサメなどの畜生の場合
圧倒的な力でねじ伏せ殺すのが鉄則なのだ
だが、これは畜生の場合だ

人間の場合、敵対する勢力は
熊ではなく“人間”なのだ
殺すことで決着させるべきではないのは
当然の話だ
コメント (2)
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