「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

キャッチフレーズで自殺が減る? 墓穴を掘る浅墓な考え

2012年01月25日 04時40分52秒 | Weblog
 
日本では14年連続で3万人以上の人間が自殺しているという
交通事故死が毎年5~6千人、殺人による死亡が千人余りな
のと比べても、これは異常な数だ

多額の予算を使った政府の「自殺対策」も、全く功を奏してい
ないと言っても過言ではない。毎年3月に行われる「自殺対策
強化月間」にしても、ポスターなどで「自殺をやめましょう」
「悩んでいる人に気づいて声をかけましょう」と宣伝するだけ
ものは、いわゆる“お役所仕事”で、とても自殺が減るものと
は思えないし、事実全く減っていない。特に今年の「あなたも
GKB47宣言!
」(ゲートキーパーベーシック“47都道府県
悩んでいる人を支援しよう”AKB48にあやかったゴロ合わせ
のアピール)なるものは、もう悪ふざけとしか言いようがない
政府の役人のオバカ加減には、怒りを通り越して、呆れ、更に
情けなくなってくる。彼らこそ、いなくなって欲しいくらいだ

自殺を無くするには、一人ひとりの生命観・死生観の転換が必
要なのだ。自殺する人間の多くは“死ぬば苦しみから解放され
る”“死ぬば神・仏の下で楽に過ごせる”“死ねば無になる”な
どと思っているようなのだ。その死生観が、安易に自殺へと向
かわせる。そういった死生観を植えつけた念仏などの邪教は断
罪されるべきだが、ともかく、前者とは全く異なる死生観を広
く喧伝する活動をするべきだと思うのだ


さて、ここでひとつの仮説を立ててみよう
すなわち、命は死ぬと“死後の世界”“あの世”“極楽・地獄”
などに行くのではなく、生死生死を繰り返すのだと。いわゆる
起きては寝て、寝ては起きるように、生命は永遠なのだ…と

生命とはページの際限のない本のように、永遠に終わらないの
だ、と…。彼または彼女の人生は1ページに全て綴られ、その
1ページが終わると次の項に移り、新たな人生を綴るのだ…と

だが、新たなページに移っても、前のページで作った借金が消
えることはなく、その返済から逃れることはできない。人の目
は、誤魔化せても、この生命の因果律からは、誰人も、絶対に
逃れることはできない。だから、自らの様々な罪、自ら命を絶
つという最大の罪は“自分”という書籍にしっかりと刻印され
永遠に消えることはないのだ

逆に、善行も消えない。文字通り“金字塔”として永遠に残る

罪を重ねた者が、次のページで再び人間として活動できるかは
保証されていない。考えるのも恐ろしいことだが、来世は海底
の熱線に暮らす深海カニかもしれないし、ゴミのなかで暮らす
ゴキブリかもしれない…。だから、次も人間として太陽を浴び
られるように、この人生を『正しい人間として生きる』ことが
求められる。『正しい人間』は、自ら命を絶たないし人を殺さ
ないし、他人を騙して金を取ったりしない


さて、このような、三世にわたる生命の因果の理法を広く喧伝
し、それが浸透し信じる人が多くなれば、自殺率は下がるので
はないか。そして、善の王道を歩くというモラルが確立されて
良き人生を築こうと努力するなかで、人格も磨かれていく
そういう人間の集まった社会では、いじめや迷惑行為、不正行
為、そして凶悪犯罪も減るのではないか…と思うのだ

この仮説が正しいとか、良いとか悪いとかを議論するのは愚だ
何故なら、この仮説を信じた結果の社会と、今までの死生観の
はびこる社会と、どちらが健全かは明らかだからだ。良い社会
を作る死生観は、結果的に正しい論理なのだ

さてこの喧伝、政府のやることではない。少なくとも野田総理
の役目ではないなと、ここまで書いて気付いたのであった


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする