170106 体育の意義と指導のあり方 青学大、駅伝三冠を見て
正月休みは、東京箱根間往復大学駅伝をTVや沿道で観戦する人がかなりいるのではと思うのです。外国人も増えてきたかもしれません。ともかく日本の正月風景を形作るようになってきたかなと思うのです。
なにがこれだけ日本人の心に訴えるのか、よく分かりませんが、懸命に走る一人ひとりのランナーのひたむきさでしょうか。中継地点でたすきを渡して倒れ込む姿でしょうか。区間毎に異なる走者が激しく競い合うドラマでしょうか。とりわけ往路・箱根での歩くのも大変な急な坂を登る際、足が上がらなくなる走者を次々とまるで崖をぴょんぴょんと駆け上がるビッグホーンのように軽やかに抜き去る「山の神様」と尊称される韋駄天ランナーの活躍でしょうか。
それにしてもこの駅伝、常勝チームといわれる大学もいつの間にか低迷し、そのトップの座も長い間に次々と変わってきました。ただ近年の驚きは、やはり青学大の活躍でしょうか。3年前まで一度も優勝圏内にたつこともなかった弱小チームが、3年連続箱根を制し、しかも大学駅伝三冠まで達成したというのですから、驚きです。そしていまなぜ青学大が強くなったかについていろいろ考察されているようです。
青山学院大学陸上競技部監督 原 晋氏に15年にインタビューした記事があり、それによると、彼は箱根駅伝に一度も出たこともなく、大学卒業後は営業マンとして活躍して、低迷する大学から要請されて顧問になったそうです。多くの駅伝参加大学のそれとは大きく異なる経歴ではないかと思います。
その中で、原氏は自分で考えて次の策を実施したといいます。
まず、ビジョンと目標という2つの方法による管理です。そのために重要なキーワードとして「規則正しい生活」を徹底させたようです。そして部としての目標を数値化し、期限を切って、毎月・毎週・毎日の目標にし、さらに一人ひとりの選手にまで落とし込んでいく。この仕組みを全員に徹底させたと言うことです。
まず、ビジョンと目標という2つの方法による管理です。そのために重要なキーワードとして「規則正しい生活」を徹底させたようです。そして部としての目標を数値化し、期限を切って、毎月・毎週・毎日の目標にし、さらに一人ひとりの選手にまで落とし込んでいく。この仕組みを全員に徹底させたと言うことです。
次に、チームカラーに合う選手を集め、新しいトレーニング方法を導入したのです。このチームカラーでは、個々のコミュニケーション能力の涵養によりチームとしての一体性を育み、あいつのためにタスキを渡したいという気持ちを無意識のうちに培うことをなしとげたのでしょう。動的ストレッチやコアトレーニング方法を取り入れるなどおこなっています。
加えて、長期的な計画を立て、ステージを一歩ずつ上っていく。組織と個人の成長をどう組み合わせるかという点で、第1ステージは原氏からの一方通行の指示。第2ステージではリーダー制度をつくり、選手自身のリーダーシップを養う。第3ステージは原氏からは答えを出さずに自発性を待つ。ティーチングからコーチングへと指導方法を変更。そして現在は第4ステージ。原氏は選手やコーチらの後ろに構えているだけ。まさに選手が自ら考え、主体的に選手間で目標達成への道を考え実施する段階になっているというのです。
最後に、「選手の言葉を聴き、雰囲気を感じ取れ」ということと、「土壌づくり」が監督=管理職の役割と述べています。
ここでは具体的なトレーニングの中身は説明されていないですが、青学大が箱根を制する一年前から指導している フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏による説明によると次のようです。
それまで青学大で行われていた体幹トレーニングが切り貼り的で、ばらばらで体系的なものでなかったことから、年単位で考えられた計画的な体幹トレーニングを提案したとのことです。 その内容の一部を引用しましょう。
「マラソンの場合は、体幹の中でも「インナーユニット」と言われる、一番深層のインナーマッスルで構成されている部分をまずしっかり作ることが重要です。インナーユニットがしっかりついてきたら、今度はその外側のアウターユニットをつけてあげる。ただ、走る時に体幹だけができてくると、ロボットみたいな走りになってしまいます。そうするとスピードが出ないので、3つ目の段階として、「バイアス」という言い方をするのですが、体にねじれをかけるトレーニングをします。(自己流では)ねじれの動きとアウターとインナーが全部混在してしまっています。」
これだけだとぴーんとくる人は少ないかもしれませんね。もう少し引用しましょう。「筋肉図を使って絵を見せて、「こういうふうについている筋肉」というのをイメージさせてやらせることです。青学の学生は頭がいいので、筋肉名で覚えるんですよ。ストレッチの時も「ふくらはぎ」とかしないで、「腓腹筋」「ヒラメ筋」といった具合に全部筋肉名を使います。」そしてこのようなトレーニングで体幹を安定させた上、次は肩甲骨を動かすことにより推進力を増大させているとのことです。
長々と原氏と中野氏の話を引用しましたが、私は現在の教育、とくに義務教育課程から体育の指導方法に改善が必要ではないかと考えるからです。学習指導要領の保健体育編を見ると、指導方法自体はそれぞれのスポーツ毎、一般的なこと、書かれているのですが、最も重要な要素を書いているのではないかと考えるのです。
人の体は、細かいパーツに別れていて、それぞれの筋肉の働き、鍛え方、耐力の程度や筋肉同氏の連携など、まさに巧妙で繊細な組織となっているわけで、その部分の名前も知らず、働きも知らずに、運動を適切にとか合理的にとか、段階的にとか抽象的に指導要領に書いていても、指導者にとって的確な指導基準とはならない可能性が大でしょう。
原氏や中野氏のような指導方法は、トップアスリートやプロ選手に妥当するとか、一定の自律ができる大学生レベルで可能になるにすぎないと考える向きもあるでしょう。しかし、義務教育課程でこそ、自ら自分の体を知り、その動きを理解して、体育・スポーツを行うことこそ、将来にわたって自律した社会人となり、健康体となる基本的な道ではないかと思うのです。
卑近な例で恐縮ですが、四半世紀以上前、しばらく合気道を合気会本部道場で練習させてもらったことがあります。そのときはじめて人の関節の動きや筋肉の動きというものに気づかされ、その微妙な動きの法則性というものを理解することで、簡単に相手の動きを制して投げることができるということはもちろん、倒れて怪我をしないか最小化できることがわかり、合気道というものの魅了されたことがあります。
また、その頃、腱鞘炎を含めいろいろ疾病をかかえ、スポーツマッサージや整骨院などさまざまな方から治療を受けつつ、体の機能をいろいろ教わりました。覚えが悪いのでものになりませんでしたが、しっかり身につければ、健康な体を維持することに役立つことを理解した次第です。
ところが、現在の学校教育で行われている部活動や体育の授業では、いまなお体罰や暴言、侮辱的発言がまかり通っている状況が各地で見られます。次に取り上げられる事件は、県立高校の女子バレーボール部で顧問が体罰等を行ったということで、県に対し国賠訴訟、当該教師に対し不法行為責任を追及した訴訟案件(平成24年2月17日前橋地判・判例時報2192号86頁)です。
このような事件は氷山の一角で、現在の日本の体育およびスポーツ教育について、指導者の資格要件を改めるなり、指導研修を抜本的に変革する必要を感じています。とりあえず事件の概要と判決を簡単に紹介します。
バレーボール部顧問は、部員である生徒が無気力であったり、集中力のない態度をとったりした場合、気合いを入れるために、竹刀で頭を軽く叩いたり、頬を平手で叩くこともあったのです。そして原告の生徒に対しては、部活動中に、その頭、尻、太もも、みぞおちを叩いたり、練習試合中、保護者の前で、平手で叩くなど、繰り返し体罰を行っていました。
顧問は、暴行自体を認めつつ、なんと他の生徒と同様原告や保護者から黙示の承諾があったか、あったと誤診していたと弁解という抗弁をしています。たしかに日常的な暴力・暴言が行われていて、生徒や保護者から苦情がないと、それを黙示の承諾があると理解する教員がいることは各地で同種事件が起こっていることから一応予想できます。しかし、そのような意識の指導者、そしてそれを許容する学校、保護者の意識改革なくしては、今後も同様の例が絶えないでしょう。
むろん判決は、顧問の弁解を認めず、違法な有形力の行使である暴力に該当するとして、その責任を認めています。ただし、顧問に対する不法行為責任は否定し、県に対する国賠責任のみ認めるという一般的な取扱を是認しています。
他方で、顧問は、原告に対し侮辱的発言をしたり、医師から治療中の膝に負担がかかるレシーブ練習の禁止を助言されていたことを認識しながら、練習させたという点は、いずれも証拠がないとして、認めていません。
たしかに証拠上は、判決が認定した通りかもしれません。しかし、指導者たる者、生徒から自主的に健康状態の告知や医師の助言を告知する、あるいは聞き取ることこそ、本来の役目ではなかったかと思うのです。そのような指導ができていなかったとしたら、それ自体が安全配慮義務違反になってしかるべきではないかと思うのです。現行の指導要領などでは、そのような義務づけは法的にはむずかしいかもしれません。とはいえ、まだ未成熟な生徒をあずかり指導する立場として、まず生徒の安全、健康維持への配慮こそ求められるのではないかと考えます。
そしてさらに将来を見据えて、青学大方式を参考にしながら小・中・高での指導方法を指導者に対し確立してもらいたいと考える次第です。その意味で、外国人教師の採用のように、安全管理や体力アップの科学的な知見・技能のある、トレーナーなど各種の専門家の派遣なり、講習により、指導者トレーニングをしっかり行っていくことも一手法と考えるのです。