白夜の炎

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特攻70年:「特攻は日本の恥部、美化は怖い」 保阪正康さんインタビュー

2014-10-24 17:16:03 | 軍事
「特攻とは何か。特攻隊員たちの遺書が自身の執筆活動の原点というノンフィクション作家、保阪正康さん(74)に聞いた。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】

       ◇        ◇

 ある元海軍参謀にインタビューをした際、戦時中の個人日誌を読ませてもらったことがあります。特攻隊についての記述があり、「今日もまた、『海軍のバカヤロー』と叫んで、散華する者あり」と記してありました。部外秘の文字も押されて。この元参謀によると、特攻機は離陸した後はずっと、無線機のスイッチをオンにしているそうなんですよ。だから、基地では特攻隊員の“最後の叫び”を聴くことができた。「お母さーん」とか、女性の名前もあったそうです。「大日本帝国万歳」というのはほとんどなかった。ところが、そうした通信記録は残っていない。故意に燃やしてしまったに違いありません。“軍神”が「海軍のバカヤロー」と叫ぶ。それは当局にとって、隠蔽(いんぺい)すべきことだったでしょうから。

 高校時代に「きけわだつみのこえ」を読みました。それが特攻隊について、考えるようになった契機です。その後、生き残りの隊員や遺族らに取材を重ねてきました。学徒出陣した上原良司氏(陸軍大尉。1945年5月、沖縄で戦死)の妹さんは、兄と仲間たちの会話を手帳に残していました。彼らは「向こうの奴(やつ)ら(=米軍)何と思うかな」「ホラ今日も馬鹿(ばか)共が来た。こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜けな奴だと笑うだろうよ」と言い合っていたそうです。取材後の彼女の何気ない言葉は重く、響いています。「指揮官たちは『後に続く』と言いながら、誰も飛び立たなかったそうです。その言葉を信じた兄たちが事実が分かったら、どんな気持ちになるでしょう」

 高級参謀をはじめ、日本の職業軍人とは何者だったのでしょうか。英国は階級社会ですが、国を守るという点では王族・貴族もありません。戦争で死ぬということについて、平等性がある。戦争に貴賤(きせん)なしです。日本でも高松宮さまなどは前線勤務を希望していたようです。ある陸軍大学校出身の元参謀には「息子を入学させるなら、陸大だよ」と言われました。彼の同期50人ほどのうち、戦死は4人だけだったそうです。エリートは前線に行かず、戦争を美化するんです。

 兵士への危険負担を限りなく、低くすることが本来の指揮官の役割です。国民的バックグラウンドの下で、西洋の民主主義国家にはそれがあった。彼我の戦力を客観的に分析する。物量主義も、兵士を死なせないためにあるんです。日本にあったのは生煮えの軍事学です。仏独に学んだ上っ面だけの西洋軍事学に“日本精神”である武士道を乗っけた。「武士道と云(い)ふは死ぬこととみつけたり」(「葉隠」)の文言だけを取り出し、都合良く利用した。

 特攻は日本の恥部です。命を慈しむ日本の文化や伝統に反することです。命中率99%であったとしても、だめなんです。志願を建前としていましたが、実際には強制でした。本人が望んでいない死を要求し、死なせる。こんなものは軍事ではない。国家のため、大義のためという、自己陶酔でしかない。戦争とは人の生死をやり取りする闘争です。ロマンなどないんです。特攻は米軍に畏怖(いふ)心を与え、日本本土上陸をためらわせた−−との説がありますが、とんでもない。米軍は暗号名「コロネット」「オリンピック」などの上陸作戦を着々と準備していました。一方の日本軍は「義勇兵役法」で国民の根こそぎ動員を決め、1億総特攻に駆り出そうとしていた。国民一人一人が特攻要員だったんです。

 「特攻隊員は我々である」との視点が必要です。あの時代に生きていれば、あの時代が繰り返されれば、自分も特攻隊員になるかもしれない。特攻を考える時、必要なのは同情ではなく、連帯感です。隊員の苦衷、苦悶(くもん)が分かれば、美化することなどできないはずです。「特攻で死んだ人に失礼ではないか」「彼らのおかげで今の日本がある」などと言ってくる人がいます。どうして、そんな軽々なことを言えるのか。特攻を命じた指揮官たちと変わりませんよ。

 クラウゼビッツ(プロイセンの軍事学者)は戦争を「他の手段をもってする政治の延長」と位置付けました。本来は政治こそが、軍事の上になければならなかった。日本が陥った軍部独裁は政治家たちだけの責任でもありません。国民も軍をもてはやし、甘やかした。勝つことこそが軍の目的ですから、負けると分かっても戦争をやめることなどできなかった。行き着いた先が特攻です。

 特攻について、時に涙が止まらなくなるほどの感傷を持っています。それとともにわき上がるのは軍への怒りです。この二つがあってこそ、特攻に向き合えるのではないでしょうか。どちらかに傾いてもいけない。特攻は時代を測るメルクマールだと思っています。いたずらに美化することは非常に怖いことです。集団的自衛権によって、自衛隊が海外派兵される可能性が高まっています。良くも悪くも、軍隊というものには国民性が表れます。今こそ、旧軍について、十分に検証すべきです。それが無くては、特攻というシステムを採用するような組織が再び、生まれてしまうかもしれません。

 ◇ほさか・まさやす

 1939年、札幌市生まれ。74歳。同志社大文学部卒。出版社勤務を経て、著述活動に入る。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。長年の昭和史研究で2004年に菊池寛賞を受賞した。」

http://mainichi.jp/feature/news/20141024mog00m040003000c.html

声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての 不当な見解を批判する/歴研

2014-10-24 14:31:57 | 政治
「 2014年8月5日・6日、『朝日新聞』は「慰安婦問題を考える」という検証記事を掲載し、吉田清治氏の証言にもとづく日本軍「慰安婦」の強制連行関 連の記事を取り消した。一部の政治家やマスメディアの間では、この『朝日新聞』の記事取り消しによって、あたかも日本軍「慰安婦」の強制連行の事実が根拠 を失い、場合によっては、日本軍「慰安婦」に対する暴力の事実全般が否定されたかのような言動が相次いでいる。とりわけ、安倍晋三首相をはじめとする政府 の首脳からそうした主張がなされていることは、憂慮に堪えない。

  歴史学研究会は、昨年12月15日に、日本史研究会との合同シンポジウム「「慰安婦」問題を/から考える――軍事性暴力の世界史と日常世界」を開催す るなど、日本軍「慰安婦」問題について、歴史研究者の立場から検討を重ねてきた。そうした立場から、この間の「慰安婦」問題に関する不当な見解に対し、以 下の5つの問題を指摘したい。

  第一に、『朝日新聞』の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。日本が国ぐるみで「性奴隷」にしたと、いわれなき中傷が世界で行われて いるのも事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するとい う政策方針と矛盾している。また、すでに首相自身も認めているように、河野談話は吉田証言を根拠にして作成されたものでないことは明らかであり、今回の 『朝日新聞』の記事取り消しによって、河野談話の根拠が崩れたことにはならない。河野談話をかかげつつ、その実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の 人々を愚弄するものであり、加害の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高めるものと言わなければならない。

  第二に、吉田証言の真偽にかかわらず、日本軍の関与のもとに強制連行された「慰安婦」が存在したことは明らかである。吉田証言の内容については、90 年代の段階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広 く進められてきた。ここでいう強制連行は、安倍首相の言う「家に乗り込んでいって強引に連れて行った」(2006年10月6日、衆議院予算委員会)ケース (①)に限定されるべきものではない。甘言や詐欺、脅迫、人身売買をともなう、本人の意思に反した連行(②)も含めて、強制連行と見なすべきである。①に ついては、インドネシアのスマランや中国の山西省における事例などがすでに明らかになっており、朝鮮半島でも被害者の証言が多数存在する。②については、 朝鮮半島をはじめ、広域にわたって行われたことが明らかになっており、その暴力性について疑問をはさむ余地はない。これらの研究成果に照らすなら、吉田証 言の内容の真偽にかかわらず、日本軍が「慰安婦」の強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。
  第三に、日本軍「慰安婦」問題で忘れてはならないのは、強制連行の事実だけではなく、「慰安婦」とされた女性たちが性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴 力を受けたことである。近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否す る自由も与えられていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。「慰安婦」の動員過程の強制性が問題であることはもちろんであ るが、性奴隷として人権を蹂躙された事実が問題であることが、重ねて強調されなければならない。強制連行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体 が否定されるようなことは断じてあってはならない。

  第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、そうした日本軍「慰安婦」に対する直接的な暴力だけではなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支 配、差別構造との連関性である。性売買の契約に「合意」する場合があったとしても、その「合意」の背後にある不平等で不公正な構造の問題こそが問われなけ ればならない。日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、 問題の全体像から目を背けることに他ならない。

  第五に、一部のマスメディアによる『朝日新聞』記事の報じ方とその悪影響も看過できない。すなわち、「誤報」という点のみをことさらに強調した報道に よって、『朝日新聞』などへのバッシングが煽られ、一層拡大することとなった。そうした中で、「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでい る。北星学園大学や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これ は明らかに学問の自由の侵害であり、断固として対抗すべきであることを強調したい。

  以上のように、日本軍「慰安婦」問題に関しての政府首脳や一部マスメディアの問題性は多岐にわたる。安倍首相は、「客観的な事実に基づく正しい歴史認 識が形成され、日本の取り組みが国際社会から正当な評価を受けることを求めていく」(2014年10月3日、衆議院予算委員会)としている。ここでいう 「客観的な事実」や「正しい歴史認識」を首相の見解のとおりに理解するならば、真相究明から目をそらしつづける日本政府の無責任な姿勢を、国際的に発信す る愚を犯すことになるであろう。また、何よりもこうした姿勢が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙するものであることに注 意する必要がある。安倍政権に対し、過去の加害の事実と真摯に向き合い、被害者に対する誠実な対応をとることを求めるものである。

2014年10月15日
歴史学研究会委員会」

http://rekiken.jp/appeals/appeal20141015.html

スウェーデンで医師として働く日本人医師の体験/ Alltid Leendeより

2014-10-24 13:44:50 | EU
「スウェーデンで医師として働き始めてから、3年近くが経ちました。最初は、やはり言葉のハンデイがありましたし(勿論、今でも多少ありますが)、見た目も明らかに移民ですから、患者さんに信頼してもらえるかどうか、とても心配でした。また、医師の同僚や、看護師さんを含め、パラメデイカルに信頼されるかどうかも。



外来には、原則として予約の患者さんしかきません。あらかじめ、受診の案内の手紙が、患者さんへ届けられるのですが、その手紙には、予約の日時とともに、担当医の名前が記されています。非日本人にとっては、日本人の名前は、違和感があるにちがいありません。中には、「日本人だと思った」と言って、日本語で挨拶してくれる患者さんもいます。日本人は会釈をすることを知っていて、会釈をしてくれる患者さんもいます。幸い、今まで、移民医師であることで患者さんに嫌がられた経験はありません。むしろ、わざわざ指名してくれる患者さんもいるくらいで、そんなスウェーデン社会に、私は深い敬意と、感謝の念を持っています。

因みに、我が診療科の医師のうち、30%近くは移民医師です。日本人である私以外は、イスラム圏からの移民で、勿論、名前もそれとわかる名前です。

専門医受診には、診療所からの紹介状が必要です。毎日届く紹介状に目を通し、専門医受診が必要なものを選別し、受診が必要な症例には優先順位をつけて、外来予約をしますが、それは上級医の担当となっています。私もときどき紹介状の処理をしますが、その中にこんなものがありました。



16歳男性の肉眼的血尿。以前に、同じ内容で診療所から紹介状が届き、その紹介状を受けた上級医は、外来での膀胱鏡を予定しました。受診案内を受け取った患者さんの母親が、外来へ怒りの電話をかけてきました。その際の、看護師記録には、、、。

Hon avbokar läkarebesök p g a att hon inte kan acepterar att sonen ska träffa och bli undersökt av läkare med utlänskt namm.

(彼女(患者の母親)は、外来予約をキャンセルした。何故なら、彼女は息子が外国人の名前の医師を受診し、検査を受けることは、受け入れられないからである。)

彼の担当医は、膀胱癌チームのチーフである上級医。彼はイラン出身。優秀な外科医です。専修医が担当する外来もある中、本来ならば幸運であるはずなのですが、担当医の名前がイスラム圏の名前であるというだけで、拒否。しかも、患者さん本人ではなく、母親が。カロリンスカには、欧米からの医師も勤務していますが、欧米の名前を外国人と判別するのは難しいはず。つまり、中東やアジア、あるいは、東欧やロシアの名前にアレルギーがあるのか、、。

そこで、患者さんの名前をみて、再び驚きました。患者さんの名前自体、イスラム圏の名前なのです。母親も中東出身の移民。

この母親からの怒りの電話に対して、スウェーデン人である看護師さんが、どのような対応をしたか、、、。

看護記録は続きます。

Föklarar att alla våra läkare är kompetenta oberoende av nationalitet och ursprung, och att vi tar avstånd från sådant resonemang.

当診療科の医師は、国籍や出身に関係なく、コンピテンスがあること、そして、そのような議論は受け入れられないと説明。

そして、母親の要求には応えることはできないため、紹介状は、紹介元へ送り返すと。



かなり、感動しました。移民が移民医師を差別することも驚きでしたが、移民の身で十分な医療をスウェーデンで受けさせてもらっているにも関わらず、このような態度を取るこの母親に、怒りさえ覚えました。しかし、それよりも何よりも、スウェーデン人が、「差別を許さない」という断固とした態度で臨んでいることが、心の琴線に触れました。



最終的には、上級医が、紹介元の医師への返事を書くのですが、その返事も迫力のあるものでした。

「患者の母親が、外国人医師受診を拒否したため、紹介状は差し戻します。この患者さんに対し、今後、当診療科の予約を取ることはありません。当院以外の当該診療科で、外国出身の医師がいないところへ紹介状を送ってください。」



ときどき、患者さんと担当医の相性が悪く、患者さんから担当医変更の希望が出ることがあります。そのような場合は、患者さんの希望が通ります。今回のような、人種差別を理由とした担当医変更希望に、断固とした態度を示すスウェーデンの社会には脱帽です。そして、とても嬉しく思います。



専門医受診の際には、居住地の住所によって、管轄病院が決められているため、その病院を受診できなければ、全くのプライベートのクリニックを受診しなければなりません。ただ、半官半民のような病院もあって、この患者さんの新しい紹介状はその病院に送られたようなのですが、その病院から、事情を知らないまま、再度、我々へ紹介状が転送されてきたのを、私が処理することになったのです。私が自分で診察しようかとも思いましたが(どんな人間なのか、興味あり)、結局、転送し返すことにしました。



スウェーデン人の同僚や友人と忌憚の無い議論をしてみましたが、外国人医師に対して差別の気持ちを持ったことはない、ということでした。

人種差別の旗振りともいわれる、スウェーデン民主党を嫌う人間が多いことが示すように、スウェーデンは移民に鷹揚で優しい社会だというのが、これまでのスウェーデンでの経験を通して言えることです。勿論、細かいことを言えば、差別がないとはいいませんが、日本での男性優位の差別社会の方が、むしろ激しいと感じます。



あっぱれ、スウェーデン。ありがとう、スウェーデン。」

http://drpion.se/alltidleende/?p=1846

10月23日(木)のつぶやき

2014-10-24 03:36:57 | EU