「 日本でもワークライフバランスの重要性が叫ばれて久しいが、女性の社会的地位向上が比較的進んでいるように思われる米国でも、いまだにこの議論は絶えない。
つい先日も、インターネット検索大手のヤフーが妊娠中の元グーグル副社長、マリッサ・メイヤー氏をCEOに起用して注目を集め、キャリアアップを目指す女性の「模範」になると話題になった。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)最大手、米フェイスブックの最高執行責任者(COO)で2人の子供を持つシェリル・サンドバーグ氏も、米国を代表するワーキングマザーとしてメディアに取り上げられることが多い。
しかし、スポットライトを浴びる「成功者」はほんの一握りで、その陰では依然として多くの女性がキャリアと家庭の両立を阻む問題に苦しんでいる。
米プリンストン大学教授で国際政治学者のアン=マリー・スローター氏(53)もその1人だ。同氏は2009年に、米国務省のエリートポストである政策企画本部長に女性として初めて就任し、首都ワシントンでヒラリー・クリントン国務長官の実質的なアドバイザーとして活躍した。
高いキャリアを築きながら子供を育てる数少ない模範的女性としても脚光を浴びたが、同氏は2年後の2011年に昇格のチャンスを蹴って家族の住むニュージャージー州に戻ることを決めた。大学の公務休暇期間が満了したという理由もあったが、それよりも「早く子供の元に帰りたくて仕方がなかった」という。
そのスローター氏が自身の経験を元に執筆し、雑誌「アトランティック」に寄稿したコラムによって、米国では再びワークライフバランスの議論が巻き起こっている。「なぜ女性はいまだに全てを手に入れることができないのか」と題されたコラムで同氏は、「政府高官を務めながら10代の2人の息子のニーズに答えることは無理だった」と言い切った。
本コラムの取材に対してスローター氏は、柔軟性に欠ける仕事環境、自宅などではなくオフィスで業務することや長時間労働を良しとする文化、家庭より仕事を優先する姿勢が評価される風潮など、現在の社会構造に根付く問題が女性のキャリア形成を阻んでいると述べた。また、出世街道を一度離れると、再び戻るのが困難になるという実態が問題に拍車をかけていると指摘した。
その上で、子育てをする女性も自らが望むキャリアを積めるようになるには、仕事を続けながらも家庭優先の選択をできる社会の実現に向けた構造的な変化が必要との見方を示した。
そのためには、働く親が直面している問題について一層議論される必要があるとともに、家庭の理由で融通の利く就労形態を要望しても、 評価が下がらないようにする環境作りが急務とし、「家庭を大切にすることは大事と言いながら、実際に家族との時間を重視する選択をした人を低く評価するという偽善がまかり通っている。これは絶対に変えられないといけない」と強調した。
日本人の感覚からすると、米国は女性のリーダーが多く、父親の育児参加も進んでいるように思えるが、色々と話を聞くと、キャリアを積むにあたって子育てとの両立の難しさに悩んでいる母親はやはり多い。筆者の周りでも、スローター氏のコラムは働く親が直面する現実を表に出してくれたと歓迎する声が多々聞かれる。
ただし、米非営利団体「国際女性経営幹部協会」の2011年の調査によると、主要企業における女性取締役の割合は米国が20.8%であったのに対し日本は2%と、この問題に関しては依然日本の方が大きく出遅れている。
リーダー的地位を占める女性が少ないのは「国際競争力の問題として捉えられるべき」とスローター氏は話す。また、日本や米国のような高付加価値国が今後発展するためには知的経済で競争する必要があり、「全国民の能力を生かせなければ、それを実現して次世代に繋いでいくことは現実的に不可能」と警鐘を鳴らす。
フェイスブックのサンドバーグ氏は今年5月、ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生に向けたスピーチで、女性の経営幹部が15-16%と依然少ないことに言及し、男女半々となる社会の実現に向けて女性に野心を持って上を目指すよう激励した。
しかし、スローター氏は、地位の高い役職に女性が少ない要因は野心や向上心の有無ではなく社会構造の問題であり、女性のキャリアアップを可能にするには、男女ともに仕事と子育てのバランスを取れる社会を構築しなければならないと主張している。一方、平均寿命の長期化で就労可能期間も伸びているなかで、働く親自身も時には昇進を見送ったり、仕事を変えたりして家族を優先する選択をすることに罪悪感を抱くべきではないとしている。
長年の間に築かれ、定着した価値観や風潮を変えるのは容易ではない。しかも、仕事と家庭の両立についての議論を突き詰めれば、「全てを手に入れるとはどういうことか」「幸せとは何か」といった根本的だが人それぞれ答えの違う難しい問題にたどり着く。
とはいえ、子供を育てることは、国家の未来を育てることでもある。そのため、男女問わずその大役を担っている親にとって働きやすい社会を作り上げる意義は極めて大きい。高い地位に上り詰めた女性が厳しい現実を突きつけたことで、状況が大きく前進するきっかけとなるだろうか。
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ジェンキンス沙智(さち) フリージャーナリスト・翻訳家」
(http://jp.wsj.com/US/node_490384?mod=Right_Column)
つい先日も、インターネット検索大手のヤフーが妊娠中の元グーグル副社長、マリッサ・メイヤー氏をCEOに起用して注目を集め、キャリアアップを目指す女性の「模範」になると話題になった。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)最大手、米フェイスブックの最高執行責任者(COO)で2人の子供を持つシェリル・サンドバーグ氏も、米国を代表するワーキングマザーとしてメディアに取り上げられることが多い。
しかし、スポットライトを浴びる「成功者」はほんの一握りで、その陰では依然として多くの女性がキャリアと家庭の両立を阻む問題に苦しんでいる。
米プリンストン大学教授で国際政治学者のアン=マリー・スローター氏(53)もその1人だ。同氏は2009年に、米国務省のエリートポストである政策企画本部長に女性として初めて就任し、首都ワシントンでヒラリー・クリントン国務長官の実質的なアドバイザーとして活躍した。
高いキャリアを築きながら子供を育てる数少ない模範的女性としても脚光を浴びたが、同氏は2年後の2011年に昇格のチャンスを蹴って家族の住むニュージャージー州に戻ることを決めた。大学の公務休暇期間が満了したという理由もあったが、それよりも「早く子供の元に帰りたくて仕方がなかった」という。
そのスローター氏が自身の経験を元に執筆し、雑誌「アトランティック」に寄稿したコラムによって、米国では再びワークライフバランスの議論が巻き起こっている。「なぜ女性はいまだに全てを手に入れることができないのか」と題されたコラムで同氏は、「政府高官を務めながら10代の2人の息子のニーズに答えることは無理だった」と言い切った。
本コラムの取材に対してスローター氏は、柔軟性に欠ける仕事環境、自宅などではなくオフィスで業務することや長時間労働を良しとする文化、家庭より仕事を優先する姿勢が評価される風潮など、現在の社会構造に根付く問題が女性のキャリア形成を阻んでいると述べた。また、出世街道を一度離れると、再び戻るのが困難になるという実態が問題に拍車をかけていると指摘した。
その上で、子育てをする女性も自らが望むキャリアを積めるようになるには、仕事を続けながらも家庭優先の選択をできる社会の実現に向けた構造的な変化が必要との見方を示した。
そのためには、働く親が直面している問題について一層議論される必要があるとともに、家庭の理由で融通の利く就労形態を要望しても、 評価が下がらないようにする環境作りが急務とし、「家庭を大切にすることは大事と言いながら、実際に家族との時間を重視する選択をした人を低く評価するという偽善がまかり通っている。これは絶対に変えられないといけない」と強調した。
日本人の感覚からすると、米国は女性のリーダーが多く、父親の育児参加も進んでいるように思えるが、色々と話を聞くと、キャリアを積むにあたって子育てとの両立の難しさに悩んでいる母親はやはり多い。筆者の周りでも、スローター氏のコラムは働く親が直面する現実を表に出してくれたと歓迎する声が多々聞かれる。
ただし、米非営利団体「国際女性経営幹部協会」の2011年の調査によると、主要企業における女性取締役の割合は米国が20.8%であったのに対し日本は2%と、この問題に関しては依然日本の方が大きく出遅れている。
リーダー的地位を占める女性が少ないのは「国際競争力の問題として捉えられるべき」とスローター氏は話す。また、日本や米国のような高付加価値国が今後発展するためには知的経済で競争する必要があり、「全国民の能力を生かせなければ、それを実現して次世代に繋いでいくことは現実的に不可能」と警鐘を鳴らす。
フェイスブックのサンドバーグ氏は今年5月、ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生に向けたスピーチで、女性の経営幹部が15-16%と依然少ないことに言及し、男女半々となる社会の実現に向けて女性に野心を持って上を目指すよう激励した。
しかし、スローター氏は、地位の高い役職に女性が少ない要因は野心や向上心の有無ではなく社会構造の問題であり、女性のキャリアアップを可能にするには、男女ともに仕事と子育てのバランスを取れる社会を構築しなければならないと主張している。一方、平均寿命の長期化で就労可能期間も伸びているなかで、働く親自身も時には昇進を見送ったり、仕事を変えたりして家族を優先する選択をすることに罪悪感を抱くべきではないとしている。
長年の間に築かれ、定着した価値観や風潮を変えるのは容易ではない。しかも、仕事と家庭の両立についての議論を突き詰めれば、「全てを手に入れるとはどういうことか」「幸せとは何か」といった根本的だが人それぞれ答えの違う難しい問題にたどり着く。
とはいえ、子供を育てることは、国家の未来を育てることでもある。そのため、男女問わずその大役を担っている親にとって働きやすい社会を作り上げる意義は極めて大きい。高い地位に上り詰めた女性が厳しい現実を突きつけたことで、状況が大きく前進するきっかけとなるだろうか。
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ジェンキンス沙智(さち) フリージャーナリスト・翻訳家」
(http://jp.wsj.com/US/node_490384?mod=Right_Column)