まるみのあっちこっち巡り

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清水谷公園(千代田区)

2021-01-14 00:30:13 | お出かけ 東京



「さあ、何が見えるのか、上ってみましょう!」
11月3連休の初日のことです。







日本医師会は「我慢の3連休としてほしい」と、
都道府県や国民に注意を呼びかけて、
都知事もさかんに連呼していましたが、
観光地や繁華街には人が溢れていたようです。







池や滝の周囲に多く木々が植えられている
緑豊かな清水谷公園は、春はサクラ、
秋は紅葉も楽しめるのですが、まだのようです。
12月にでもまた来ることにしましょう。







清水谷公園のある紀尾井町は町名の由来の通り、
江戸時代の紀伊(紀州徳川家)、尾張(尾張徳川家)、
井伊(井伊家)のそれぞれの屋敷があった場所です。

清水谷公園西側の道を境に、井伊家との境目付近の
紀州徳川家の屋敷から清水が沸き出ていて、
その付近は谷でもあり「清水谷」と呼ばれました。
(清水は涸れ、人工的に復元した湧き水)







心字池や各種樹木があり、
界隈を行きかう人々の憩いの場。
場所柄平日の方が人が多いことでしょうが、
あまりの人の少なさに不安を覚えるのでした。







「偕香苑」は1984年、秋元馨氏が建造され、
ご子息の裕氏が千代田区に寄贈、
茶道・華道・書道・香道など
文化芸術活動等に利用されています。







隣接の東京ガーデンテラス紀尾井町を含む区画一帯は、
江戸時代まで紀州徳川家の上屋敷がありました。

30階~36階の「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」に
真夏に宿泊しましたが、猛暑で外に出られませんでした。
春や秋が短く感じるこの頃ですが、
冬はすぐそこに来ていたのですよね。







スタイリッシュなデザインが印象的な
地上26階地下4階建てのビルが紀尾井町ビル。
確かに都会のオアシスのようですが、







明治維新後の1878年、現在の永田町にある自宅を出て
赤坂仮皇居へと向かう大久保利通が暗殺された場所、
公園内に高さ 6.27 m の大久保利通哀悼碑があります。

東京都千代田区紀尾井町2-1

2020.11.21

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