読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」を生んだ「卒業」と「ジョンとメリー」

2007-05-18 21:31:30 | Weblog
「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」、26年前に37歳の若さで亡くなった大塚博堂さんの再デビュー曲。1976年6月25日に発売されました。もう30年も前の曲です。この曲は私の中では「卒業」のベンジャミンのことを歌った曲だとばかり思っていましたが、少し事情が違っていました。作詞は詩人で放送作家の藤公之介さん。

「夜にダスティン・ホフマンの映画『ジョンとメリー』を見ながら、若き日を思い出す曲。若い頃を思い出しながら、周りは結婚して子供もいるのに自分には変化がなく、周りよりも時の流れが遅いのでは?と感慨にふける。また『卒業』を見に行った時の事を思い出し、付き合っていた女性を、『卒業』のラストシーンのダスティン・ホフマンみたいに、結婚式場で奪いたいが出来なかった、もし、あの時・・・と言った事も考える。年だけはとるが、自分は大人なのだろうか?そう自問するような曲である。また、この時代の、ダスティン・ホフマンになりたいがなれない、そんな心境を代弁した曲である」。(ウィキペディア)


大塚 博堂(1944年3月22日 - 1981年5月18日)は、「ニューミュージックのシンガーソングライター。本名:おおつか ひろたか(漢字同じ)。大分県別府市出身。東洋音楽大学(現・東京音楽大学)声楽科中退。活動時の所属事務所は渡辺プロダクション。ジョルジュ・滝のペンネームも持つ」。(同上)


「卒業」や、「ジョンとメリー」の後も「時代を体現する主人公に扮し続けるホフマンが、ここでも青春と言うには少し年をとりすぎた世代を等身大で演ずる。ナイーヴさが露呈するのを嫌い、かと言ってすれっからしと思われても構わない程に修羅場を潜ってきているわけでもない微妙な年齢。彼らはただ模索し続けるだけで、結局、時代の匂いが強いエンディングはゴールにはならない」。こんな青年の物悲しさがあるにもかかわらず、そんなホフマンにあこがれるもっと切ない男の歌です。


「卒業」(1967年)
「大学を卒業したばかりの前途洋々の若者ベンジャミン(ホフマン)は、祝賀パーティの席で知り合った中年女性ロビンソン夫人(バンクロフト)と逢瀬を重ねることになる。だが彼女の娘エレン(ロス)が現れた事で、その関係は崩れていく。親の勧めで不承不承エレンとつきあっていたベンジャミンは、次第に彼女に惹かれていったのだ。しかし、そんな若い二人に嫉妬したロビンソン夫人は、ベンジャミンとの関係を娘にぶちまけてしまう」。


「ジョンとメリー」(1969年)
「昨夕知り合った行きずりの男のベッドで目覚める女。そこから始まる一日足らずの殆どその部屋での出来事と、部屋で交わされる互いを探り合う会話、差し挟まれる男と女の心のモノローグ、そして過去の記憶の場面で構成する舞台劇のような構造の恋愛映画」。


ダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman,本名Dustin Lee Hoffman,1937年8月8日- )は、「カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ、ロサンゼルス高校を卒業した。同校で彼は『最も成功しそうにない人物』に選出された。コンサートピアニストになる希望を持っており、ロサンゼルス音楽学校に入学した。その後、医学に関心を持った彼は音楽学校を落第する前にサンタモニカ市立大学に入学し一年間学んだ。『演劇科は誰も落第しない』と聞き、落第を避けるために演劇科を選択した。ジーン・ハックマンと共にパサデナ劇場で二年間演じた。また彼らはしばらくの間ルームメイトだった」。

「ホフマンはニューヨークに移り、小さなテレビ番組の役を含む一連の仕事を引き受けた。彼は自活するために演劇を一時離れ、教員の仕事に就いた。1960年にはオフ・ブロードウェイで初舞台を踏み、1961年にブロードウェイで初舞台を踏んだ。その後リー・ストラスバーグのアクターズ・スタジオで学び、『The Tiger Makes Out』(1967)で映画デビューを果たした」。

「彼の名声は『卒業』(1967)での不満を抱く大学生役で高まった。同作の演技でアカデミー主演男優賞ノミネートを受け、また『真夜中のカーボーイ』でも指名された。アカデミー賞を受賞した『クレイマー、クレイマー』(1979)や『レインマン』(1988)といった作品から完璧主義者として知られており、それは時に困難を引き起こした」。

「1983年にはブロードウェーに復帰し、『セールスマンの死』でウィリー・ローマン役を演じた。彼は『トッツィー』(1982)や『ワグ・ザ・ドッグ』のような自らの主演映画を製作したパンチ・プロダクションを経営している。ホフマンは1969年5月に結婚した最初の妻アン・バーンとの間に二人の娘カレンとジェンナがおり(カレンはアンの連れ子)、アンとの離婚後、1980年10月に再婚したリサ・ゴットセーゲンとの間に四人の子供、ヤコブ、マックス、レベッカ、アレクサンドラがいる」。(同上)


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