歌わない時間

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吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』

2011年01月17日 | 本とか雑誌とか
吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』(中公文庫)読了。『暮しの手帖』に連載された長編小説とのこと。舞台は二両編成の路面電車が走る町で、主人公は大里君(ニックネームはオーリィ君)という若者、求職中。その町に越してきて、商店街のはしっこの小さなサンドイッチ店の父子と知りあい、やがてその店で働くようになる。彼の行きつけの映画館は、となり駅の月舟町にある〈月舟シネマ〉で、その映画館でも新たな出会いがある。おいしいサンドイッチやスープの話の現実感(つまりいかにもおいしそう)と、日本の話なのにどこか日本離れしたかろやかな空気感とが、うまく綯交ぜになっている。

路面電車が二両編成で、停留所ではなくて〈駅〉という言い方をしているし、一方の終点が私鉄に接続している、という設定で、これはどこかモデルがあるにちがいないとにらみ、世田谷線かな、と思ったらはたしてそうだった。著者がおしまいのほうのページで書いていた。しかしこの小説の舞台の町は海が近い、という設定でもあるので、まるまる世田谷線沿線の話、と思いこむ必要もない。わたしは長崎を思ったり広島を思ったりしました(長崎には二両編成はありませんが)。そして読み終わるころには、オーリィ君の住んでいるこの「〈月舟町〉のとなり町」のイメージが、ほかの街ではないこの町独特のものとして心にしっくり残ったことを感じましたね。町の色はパステルカラーで。路面電車は最新式ではないけど乗りやすくて。