歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

緒方喜治さん。

2005年07月28日 | メモいろいろ
緒方喜治さんという人は、インタビューをしていても、大相撲の中継でも、なんとも温かみのある語り口をする人で、今NHKに出ているアナウンサーの中ではいちばん好きかもしれない。もちろん日本語もきれいだ。緒方さんが大相撲中継の実況から引退したのはさびしい。

わたしはその緒方さんの最後の大相撲実況をたまたま聞いていたのである。何場所かは忘れてしまったけれど、二三年ほど前のことだ。千秋楽のラジオの実況を緒方さんが担当していて、相棒は舞の海さんだった。もちろん「わたしは今日で引退します」などとは一言も言わなかったのだが、なんだか万感こもった放送だなあと思いながら聞いていたら、それ以降、緒方さんが実況を担当することはついになかったのである。テレビではなくラジオ、というのが緒方さんらしい。というか、プロ野球にしろ大相撲にしろ、やはりアナウンサーとして実況のし甲斐があるのはラジオなのだろう。そしてあれは多分、緒方さんのほうから、「解説は舞の海さんで」と希望したのだと思う。そして舞の海は、これが緒方さんの最後の実況だ、ということは知っていただろう。 

緒方さんは、大阪局にいたころ、毎月末の一週間、午前中のラジオの進行役もやっていた時期がある。場合によっては、その月末一週間のラジオと、高校野球と、大相撲の実況とで、次から次へフル回転で仕事をしていた。そりゃほかのアナウンサーだって、先週どこかの国からサッカーの衛星中継(まてよ、衛星中継って、死語?)の実況をやっていた人が、今週は札幌局で通常のニュース読み、なんてことは、今どき普通にあるわけだが…。

「日くらし」か「日ぐらし」か。

2005年07月28日 | 古典をぶらぶら
『徒然草』の冒頭の有名なところを並べてみる。それぞれ校訂方針も違うし、底本も違う。手近にあったものを適当に並べただけで、特に意味があって下の四つを選んだわけではない。

(1)つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(笠間書院、松尾聰)

(2)つれづれなるまゝに、日くらしすゞりにむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(武蔵野書院、永積安明)

(3)つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(講談社学術文庫、三木紀人)

(4)つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂おしけれ。(岩波新大系、久保田淳)

いちおう初版の古い順に並べた。全部すこしづつ違っていたら面白かったのだが、(1)と(3)はまったく同じだった。ことわっておくがこれはいい加減な引用で、振り仮名はぜんぶ省いたし、(4)の「つれづれ」の「づれ」は、ほんとは、例の、タテ長の「ぐ」だったりするのである。そういう保留事項はあるけれど、それでも、意見が割れてますね。漢字と仮名書きの違いは無視するとして、残った違いを整理すると次の三つになる。

・「日くらし」か「日ぐらし」か。
・「日くらしor日ぐらし」のあとでテンを打つか打たないか。
・「よしなしごとを」のあとでテンを打つか打たないか。

テンの打ち方も大事なのだが、やっぱり「日くらし」「日ぐらし」の違いは大きいね。『新潮国語辞典』では「ひぐらし」で出ていて「ひくらし」の項目はない。『角川古語大辞典』は「ひく/ぐらし」と出ている。『角川』は「ひくらし」「ひぐらし」両形とも認めているということだろう。これも手の届くところにあった辞書を見ただけなので、『日本国語大辞典』はどうなっているか、とか、『日葡辞書』はどうか、とか、ほんとは見ないといけない。