歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

長崎・青春小説・芥川賞作家

2005年07月23日 | 本とか雑誌とか
青来有一「泥海の兄弟」を読了。春に買ってあった文春文庫の『聖水』をようやく読み始めて、「ジェロニモの十字架」「泥海の兄弟」と読んだところ。「ジェロニモ」よりも「泥海」の方が読みごたえあり。これは、中学時代、有明海沿岸の漁師町での、ある夏の事件。

長崎県のハイティーンは読むものがいろいろある。「泥海の兄弟」は、お話に出てくるのは中学生だが、中学生が読むにはちょっとハードかもしれない。高校生ならじゅうぶん読めるだろう。そして吉田修一の今ふう青春小説「Water」がある。さらに、村上龍「69」は、実は未読なのだが(というか村上龍は何も読んだことがない)、この夏読んでみようという気になった。

ほかに、野呂邦暢も高校生を主人公にした小説を書いている。「西九州の小さな街」(たしかそういう表現だった。もちろん諌早のことである)を舞台に、『文彦のたたかい』『水瓶座の少女』という二冊が例のコバルト文庫に入っていた。「Water」ふうの、しかしもっと繊細な感じの小説だった。コバルト文庫にそんなにハマっていたわけでもないが、ほかにもあれこれ読んではいて、野呂邦暢のもすらすら読めてしまう点ではコバルトふうだったのだが、ほかのとは空気感が違っていた。とても透明で、散文詩のような作品だった。二冊とも実家に置きっぱなしにしている間にどこかに行ってしまった。もう一度手に入れたいと思いつつ、まだ再読できずにいる。もちろん新本ではとっくの昔に絶版だし、文芸春秋から出た『野呂邦暢作品集』にも入らなかった。古本屋の古書目録をインターネットで検索しても、ヒットしたことがない。