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アートネタなど日々のあれこれ

Ars longa, vita brevis

2023-04-09 00:05:05 | 音楽
2023年3月28日、坂本龍一氏が亡くなりました。

数年前から末期癌で闘病中ということだったので、この日が来ることは覚悟していたし、怖れてもいました。大腸癌は比較的進行が遅いということに一縷の望みを託していたのですが、ついにその日が来てしまいました。教授の死を知ってから一週間ほど経ちますが、いまだに心にぽっかり穴が開いたままです…。

私が教授の音楽を初めて認識したのは8歳の時、エレクトーン教室のお姉さんたちとアンサンブルで「テクノポリス」を演奏した時でした。子供心にも不思議でかっこいい音楽だなぁ…と。一番チビだった私は当時まだ珍しかったシンセサイザーを弾かせてもらったのですが、こんな楽器を使って音楽を作っている人ってどんな人なんだろう、と思いましたよね…。本格的にハマるきっかけになったのは15歳、高校の放送委員会の先輩から「G.T.」を聴かされた時でした。放送室の大きいスピーカーからパンで振られた車の衝撃音が聴こえた瞬間から教授の音楽にどっぷりハマることになりました。「音楽図鑑」「未来派野郎」「Media Bahn Live」「Neo Geo」「Beauty」あたりは聴き倒しましたよね…。教授の影響でYMO関係者の音楽のみならず、現代音楽や民族音楽、前衛的なジャズも聴くようになりました。人生初ライブはbeautyツアー、人生初の大人向け映画はラストエンペラーでした。教授のアカデミー&グラミー受賞は嬉しかったですよね…本当に世界を股にかける音楽家なんだ、と…。人生初デモテープ(?)も放送室で友達と録音した耳コピの「千のナイフ」でした。大学ではジョン・ケージで卒論を書きましたが、これも教授の影響です…教授の真似をして「民族音楽か現代音楽の研究をしたい」と指導教官に相談したら、「民族音楽はフィールドワークしないと意味ないよ」と言われ、そんなお金はなかったので、現代音楽を選ぶことになったのですが…。

教授からは音楽以外にも大きな影響を受けました。教授と村上龍氏、ゲストの鼎談を収録した「Ev.Café」という本が高校時代のバイブルでした。私は元々、音楽と本にしか興味がなかったのですが、この本をきっかけにアートや映画にも目を開かされることになりました。大江健三郎氏や中上健次氏の作品も読むようになり、現代思想の本を訳も分からないまま読んだりもしましたね…。私の父は音楽好きでアートや映画にも多少は関心がありましたが、好みはベタなものでした。仕事柄、大量の本を読んでいましたが、現代文学や現代思想にはあまり興味はなかったようです。母は小説はよく読んでいましたが、音楽やアートには関心がありませんでした。私の趣味嗜好の70%くらいは教授経由と思われますが、そういう意味では、実の親以上に影響を受けた人なのです…。

こうして10代後半~20代初めくらいにかけて教授の影響をどっぷり受けていた私ですが、大人になり、社会人となり、現実の世界に揉まれていくなかで、いつしか距離が離れていくことになります。それでも、アルバムが出れば買っていたし、コンサートやライブにも時折行っていました。離れていても常に心のどこかでは教授の音楽や言動が羅針盤になっていたのです…。

そんな私ですが、一度だけ教授に遭遇したことがあります。シュトックハウゼンの曲をシュトックハウゼン自身のPAで演奏するというなかなか珍しいコンサートでした。席に腰をおろすと何と眼の前に教授が…何年も何年も憧れ続けた人が眼の前にいる…と、音楽の方はすっかり上の空になってしまいました。コンサートが終わった瞬間、足早に出口に向かう教授に私は思わず手を差し出していました。プライベートでこういうことをされるのは大嫌いな人だと分かっていたはずなのに、手が勝手に動いてしまいました…。教授は一瞬、しかめ面をしましたが、しょうがないなぁ…という感じの苦笑いをして握り返してくださいました。大きな温かい手でした。この手だったら9度や10度も無理なく届くだろうなぁ、と思った記憶があります。もちろん、その日は一日、右手を洗わずに過ごしましたよ…。もう、あの手が新しい音楽を紡ぎ出すのを聴くことはできない…でも、Ars longa, vita brevis。彼の創り出した音楽は生き続けるのです…。

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