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アートネタなど日々のあれこれ

瞳をとじて/遺言 奇妙な戦争

2024-04-30 00:18:01 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「瞳をとじて」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

ビクトル・エリセ監督のなんと31年ぶりの新作です。エリセ監督の作品はすべて見ていましたが(もっともそれまで3作しか発表していませんでしたが)、まさか今になって新作が発表されるとは…と、驚きつつもいそいそと行ってまいりました(以下、ネタバレ気味です)。

と言っても、この作品はネタバレ厳禁と思われるので、あまり詳しいことは書けませんが…映画監督のミゲルが、かつて映画の撮影中に突然失踪した主演俳優であり親友でもあったフリオを探す旅に出る…というお話ですが、ミステリー的な要素もあって、169分という長さを感じさせなかったです。「ミツバチのささやき」で5歳にして主役を務めたアナ・トレントも50年ぶり(!)に登場。あの可愛らしかったお嬢ちゃんが素敵な大人の女性に…というのもなんだか嬉しかったです。

長尺の作品ですが、映画時間、とでも言いたくなるような不思議な時間が流れていて、たゆたうように身をゆだねていると、ひさびさに映画らしい映画を見たなぁ…という気すらしてきます。まなざし、という言葉が何度となく出てきますが、映画とはまなざしの芸術とも言えるのかもしれません。そして、人は誰もが誰かのまなざしの中で生きています…。また、生きること、老いることについての映画でもありました。老いることについて「希望も恐れも、抱かないことだ」というセリフもありましたね…。

おそらく観る人によって賛否が分かれる作品かと思います。根底にあるのは、映画の力を信じるかということ…そういう意味ではニュー・シネマ・パラダイスに近いものがあるかもしれません。一方で、カール・ドライヤーの映画以降、映画に奇跡はなくなったというセリフも。いずれにしても、答えは観る者にゆだねられているのかもしれません…。

この日は同じ映画館でゴダールの「遺言 奇妙な戦争」を続けて見ました。文字通り、ゴダールの遺作です。映画というか、コラージュ作品のようですが、刺激的な絵、写真、映像、音、言葉のシャワー。かと思うと、突然、ぶつ切りで終わります。人生の終わりのように…。

ビクトル・エリセとジャン・リュック・ゴダール。かたや169分、かたや20分。手法から何から対照的な作品ですが、いずれも映画とは何なのか?を突きつけられる作品でした。なかなかに得難い映像体験でした…。

スガ+森でつくった名曲の数々を、ストリングスで味わう会

2024-04-29 11:19:13 | 音楽
スガ+森でつくった名曲の数々を、ストリングスで味わう会@東京ドームシティホールに行ってきました。

と言っても、行ってからはや2ヶ月経ってしまいました。この間、当社比でめっちゃ忙しかったからですが、思い出のために書いておこうと思います。これくらい時間が経つと、細かいことは思い出せなくなり、エッセンスのようなところだけが残っていくのですが…。

歌+鍵盤+弦カルテットという異色の編成で行われたこのライブ、スガさんのライブ史上でも記憶に残るライブの一つになりました。1曲目、「アイタイ」が始まった時、この曲をオープニングにもってきたか~、と鳥肌立ちました。弦の艶やかな響きが妖艶。「これからむかえにいくよ」はこの曲、ベース抜きでやるんかい…と思わず心の中で突っ込みましたが、さすがは森さん、みごとに決めてくださいました。「愛について」は、いつもはエレピだけど今日はピアノ、こちらの響きも素敵。「木曜日、見舞いにいく」は森さんのレゲエオルガンが控えめに言って最っ高でした…そして、20数年前にこの曲の歌詞から受けた衝撃がまざまざとよみがえります。かと思うと、「気まぐれ」の歌詞の意味が今になって明かされる場面も…この曲の歌詞にはずっと違和感があったのですが、長年のもやもやがようやく晴れました。そういうことだったのか…。「夜空ノムコウ」は今野均さんのバイオリンが素晴らしく…初めて聴くような美しさを引き出してくださいました。「アストライド」もひときわ壮大に響き、「ストーリー」も弦のあやうい響きがスリリング。「坂の途中」では萩田光雄先生の思い出話も。先生のスコアが生の弦で再現されるという喜び…なんというか、滋養あふれるスープみたいな響きですよね。ラストは新曲「あなたへの手紙」。新境地を開かれたのか…最後のピアノの低音は地の底から響いてくるようでした…。

掛け合い漫才のようなスガさんと森さんのトークも楽しく、終始和やかな雰囲気のライブでした。やはりスガさんと森さんの出会いって運命だったんだ…とあらためて思いました。ミュージシャンの絆と業、をみたような気すらします。陰の立役者、今野均さんとも長いおつき合いだそうです。凄腕ミュージシャンって諸刃の剣みたいなところがあって、歌の添物になってしまっては勿体ないし、かと言って、主役である歌を食ってしまっては本末転倒。お二人ともその匙加減が本当に絶妙でした。そして、名曲とは何ぞや、についても、あらためて思いを馳せました。名曲って大木みたいなものだなぁ…と。長い時を経てもそこに立っている、そして多くの人がその下で憩うことができる…。

そんなわけで、夢のような一夜でした。何年経っても、あの時あのライブに行けてよかったなぁ…としみじみするのだろうと思います。そして、今さらながら27周年おめでとうございます…これからもひっそりと草葉の陰から応援させていただきますよ…(いや、まだ死んでないけど…)。

悠久の青

2024-04-28 23:55:40 | 美術
郷さくら美術館で「村居正之の世界-歴史を刻む悠久の青-」を見てきました(展示は既に終了しています)。

この展覧会では村居氏が1992年から現在まで約30年もの間、制作してきた「ギリシャ・シリーズ」を紹介していました。村居氏は岩絵具の中でもとりわけ群青色に魅了され、その色づかいは「青い墨絵」と評されているそうです。何でもご自身の手で原石から絵具を精製されているのだとか…。今までに見たことのあるようなないような不思議な青。その青で描かれた世界は月光に照らされた異界のようです。「月照」は夜のパルテノン神殿の神秘的な佇まい。「耀く夜」はなんと2mmの面相筆で描かれたという大作。想像しただけで気の遠くなりそうですが、画家自身にとっても二度とやりたくないような過酷な作業だったとか。「リンドス黎明」の仄暗い青、「映」のゆらぐ青、「洸」の光る青…。「サントリーニ」「白い教会」「光」などは青と白の対比が眩しい。「アクロポリスの月」は朝焼けのような赤い空に満月。個人的にはこの作品が一番好きだったかも…。幻想的な「雨」。「メテオラタ夕映」はオレンジ色の空が鮮やか。崇高で人の気配を感じさせない感じの作品が多いのですが、「メテオラ」「灯」は人の温もりを想起させます。「リンドスの宙」は宇宙とのつながりを感じさせるようでもあり…。数千年前から今に至るまで、太陽と月は変わることなく、この風景を照らし出してきたのですね…。

この日はひさびさに子どもたちも連れてきました。もの珍しげに見入る娘、ひたすら撮影する息子。いつか子どもたちと一緒にギリシャに行ってみたいものだなぁ…と、ふと思いました。きっとあの輝くような青と白の風景が迎えてくれるのでしょう…。

14座へ

2024-04-27 23:40:42 | 美術
日比谷図書文化館で「石川直樹:ASCENT OF 14 ―14座へ」を見てきました(展示は既に終了しています)。

このところ公私ともにかなり忙しく、実際に見に行ってからけっこうな日数が経ってしまいましたが、自分の心覚えのために書いておこうと思います。この展覧会は写真家の石川直樹さんが22年にわたって関わった14の山々の写真と、関連する書籍や記事などを併せて紹介するものでした。日比谷図書文化館ならではの展示ですよね…。ちなみに14座とはヒマラヤ山脈からカラコルム山脈にわたる14の8000m峰のことだそうです。

まずは石川さんの写真の数々に眼を奪われます。雪の白、空の青。それにしても、高山の空って、なんであんなに美しいのでしょうね…まさに天上の青です。自分などは一生、足を踏み入れることがないと思われる領域ですが、そういった地にも人々の生活はあるのです。色鮮やかな食事の写真も…。そして、14座に初登頂した人々の本も紹介されていました…驚いたことにこれらの本のすべてが日本語版になっているのですよね。文字通り頂点を極めた人々のリアクションはさまざま…感極まる人、淡々としている人。なかには頂上に着いたとたんにはよ帰りたい…みたいになっている人もいたみたいです。極地では日常動作さえままならない様子も記されていました。石川さんは彼らのようなパイオニアに比べると自身の登山は遠足にすぎない、と痛感したのだそうです。関連記事も紹介されていましたが、そのなかでも日本人女性の登山者の記事が面白かったです。シェルパに偽の頂上に連れて行かれそうになったのを見抜いて、真の頂上に辿り着いたのだとか…頼もしいかぎりです。石川さんは14座の最後の一つを目指していたところで、雪崩に遭遇し、断念されました。それで、14座へというタイトルになっているのだそうです。

不肖わたくし、登山どころか山登りの経験すらほとんどないインドア派ですが、極地を撮る写真家への憧れはあります…死と隣り合わせの世界の凄絶な美しさ。もし、生まれ変わりというものがあるのなら、世界の美しさを人々に伝える写真家にも一度はなってみたいものだなぁ、と思ったりもするのです…。

オスカー・ピーターソン black+white

2024-04-18 00:43:20 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「オスカー・ピーターソンblack+white」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

ジャズピアノの巨匠、オスカー・ピーターソンのドキュメンタリーです。ジャズピアノの大御所中の大御所の姿をついに映画で見られる日が来たのか…と、いそいそと行ってまいりました。ちなみにオスカー・ピーターソン、来年で生誕100周年なのだそうです(以下、ネタバレします)。

この映画ではオスカー・ピーターソンの生い立ちから亡くなるまでを本人や家族の言葉で追って行きます。彼の音楽の影響を受けたミュージシャンも多数登場…ビリー・ジョエル、クインシー・ジョーンズ、ラムゼイ・ルイス、ハービー・ハンコック…ビリー・ジョエルは「この人は聴かないとダメだ」とまで語っています。

カナダ・モントリオール出身のオスカー・ピーターソンがピアノを始めたのは父親が彼に「ピアノを弾かせると決めていた」からでした。若い頃からテクニシャンだった彼ですが、アート・テイタムを初めて聴いた時は、ショックのあまり2か月ピアノを弾けなくなり、毎晩泣いていたのだとか…テイタムが盲目と知ってとどめを刺されたと言っていましたね。しかし、気を取り直してピアノを再開し、カナダで活躍していた彼に、ジャズの名門レーベル、ヴァーヴの創設者のノーマン・グランツが目をつけます。彼の招きにより、カーネギーホールで華々しくアメリカ・デビュー、その後も順調にキャリアを築きます。とりわけ、ベースのレイ・ブラウン、ギターのハーブ・エリスと組んだトリオが素晴らしいものでした。

世界じゅうで活躍することになるオスカー・ピーターソンですが、彼にも黒人差別は無縁ではありませんでした。彼が差別を受けた時に身を呈してかばったのは白人のノーマン・グランツでした。銃口を突きつけられても一歩もひるまない彼に警官は「黒人よりタチが悪い」と言い残してその場を立ち去ったとか。ノーマン・グランツ、男前です。そして、オスカー・ピーターソンは公民権運動に触発された「自由への賛歌」を作曲しています。一方、ツアー続きの日々に寂しさを感じていたようで、最高の演奏をしてホテルに帰って来ても四方を白い壁に囲まれているだけ…というようなことを、あの巨体をかがめて切なそうに語っていましたね。私生活では3度の離婚、4度目の結婚で幸せになったかと思いきや、68歳の時に脳梗塞で倒れます。後遺症で左手が以前のようには動かなくなっても、奇跡のカムバックを果たしますが、82歳で死去…。

ジャズピアノを学ぶ人ならばおそらく一度は通ると思われるオスカー・ピーターソン。超絶技巧もさることながら、徹底的に陽を貫いたピアノ…聴く者をハッピーにする音楽の底にある強靭なものを見たような思いがしました。あの世でも「起きたらピアノ、寝てもピアノ」な日々を送っているのでしょうか…。