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アートネタなど日々のあれこれ

蒼煌

2020-04-26 11:19:59 | 
黒川博行の「蒼煌」を読みました。

突然ですがわたくし、氏の「疫病神」シリーズのファンであります・・・シリーズ全作読んでいて、新刊も心待ちにしているのですが、なかなか出なさそうなので代わりに、と買ってみたのですが、これが面白かったです。ざっくり言うと、日本画壇版「白い巨塔」みたいな話ですが、私は白い巨塔にも日本美術にも興味津々なので、ツボでした。黒川氏は元高校の美術教師、奥様も日本画家ということもあり、話にリアリティがあります。実在の団体や企業、画家や政治家やらを彷彿とさせるものが、それと分かるような形で織り込まれていて、どこまで事実に基づいていてどこからフィクションなのか、わくわくしながら読みました。話は芸術院会員の座を狙う日本画家の室生とその弟子の大村を中心に進みますが、この二人のコンビは疫病神シリーズの桑原と二宮のようでもあります。そして、室生の人物造形が絶妙なのですよね。白い巨塔の財前教授のようなアンチヒーローですらないケチな俗物で、共通点といえば苦労人なことと強烈な出世欲くらい。ただ、絵だけはみごとなものを描くという・・・。室生のライバルと目される稲山は日本画界のサラブレッド的な存在という設定ですが、果たして会員の座はどちらに・・・芸術界から政界まで巻き込んだバトルが展開します。結末については触れませんが、欲に駆られた二人の手に最後に残ったものは・・・ラスト二行には胸を衝かれるような思いがしました。

黒川氏の美術がらみの作品では、他に「文福茶釜」と「離れ折紙」があります。どちらも短編集ですが、こちらも面白い。古美術でひと儲けをたくらむ男たちの騙し合いの話ですが、ミステリーのような趣も。美術の小ネタもいろいろ・・・相剥本、巧芸画、芦屋釜、色絵祥瑞、パート・ド・ヴェール、離れ折紙、紫金末・・・。贋作づくりのテクニックもけっこう凝っていて、どこまで本当でどこから創作なのかよく分からなくなってきます(笑)。それにしても「茶道具の値打ちは由緒と箱書き」「古美術屋どうしの売買では騙される方が悪い」「画家が死んだら作品の価値は下がる」とかもう、身も蓋もない感じ・・・(笑)。そして、どちらの本にも二宮を彷彿とさせる人物が登場します。そういえばどちらもけいちゃん、と呼ばれていたな・・・黒川氏はよほどこの名前に思い入れがあるのでしょうか。あとマキちゃんも(笑)。それにつけても疫病神の新刊が待ち遠しい・・・。
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輝く日の宮

2019-11-05 19:01:04 | 
丸谷才一「輝く日の宮」を読みました。

以前、米原万里さんがエッセーで絶賛していたのを読んで買ったのですが、その後、積んどく状態のまま長い年月が経過しました。いや、正確に言うと、最初の方で挫折していたのですが、ふと小説らしい小説をひさびさに読んでみたくなり・・・(以下、ネタバレ気味です)。

さすがに本読みの米原さんが絶賛されていただけのことはあり、“ザ・小説”という感じの読み応えのある作品でした。かなり実験的な作品でもあります。独特の旧仮名遣いの文体で前半は読み進めるのがちょっとしんどかったのですが・・・私がもっと国文学に造詣が深ければよかったのですが・・・とはいえ、松尾芭蕉はなぜ東北に行ったかの推論とか、興味深かったです。そして、後半、源氏物語の話になってからは、けっこう夢中になって読んでしまいました。不肖わたくし、源氏に関しては「あさきゆめみし」は熟読、田辺訳と村山訳は一通り読み、円地訳と谷崎訳は途中で挫折・・・という程度でしかないのですが、それでも十分楽しめました。源氏の冒頭「桐壺」と「帚木」の間に「輝く日の宮」という章があったのかなかったのか、あったとすれば何故失われたのかを、女性国文学者の杉安佐子が解き明かしていくという話なのですが、半ばミステリーのような趣もありました。源氏の成立過程、引き算の美学といった話についても語られていました。後世の人々に議論の余地を残しておくのが名作、という言葉に思わずうむむ、と唸ってしまいました。紫式部と藤原道長の関係についても考察というか想像というかが加えられています。ストーリーでは、杉安佐子は行きがかり上、「輝く日の宮」の再現に挑むことになるのですが、その結果はいかに・・・。

そんなわけでひさびさに充実した読書体験でした。源氏物語の奥深さについてもあらためて眼を開かされました。いつの日か、時間ができたら挫折した円地訳や谷崎訳にも再挑戦してみたいものです。いったいいつのことになるのでしょう・・・。
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怖い絵

2019-09-13 23:45:42 | 
今さらですが、中野京子「怖い絵」を読みました。

この本を買ったのは、実は2年前・・・そう、あの「怖い絵」展の時です。展覧会の予習のために買いました。同時に買った「泣く女篇」の方は読み終えたのですが、こちらは時間切れになってしまい・・・その後、仕事が忙しくなったりで、ふと気がつけば、2年の歳月が過ぎておりました。ほんと、時が経つのって早い・・・。

さて、この本には中野さんが「怖い絵」シリーズを書くきっかけとなった、ある絵のことが書かれています。そう、ダヴィッドが描いたマリー・アントワネットの絵。私は十代の頃、シュテファン・ツヴァイクが書いたマリー・アントワネットの本にこの絵が載っているのを見て、何だか怖い・・・と思った記憶があります。怖いというか、違和感。今にして思えば、絵を描く動機がそもそも違っていた、ということなのでしょう。中野先生はその怖さを怖い絵シリーズへとつなげられました。先生のお書きになる文章には独特のドライヴ感があって、ぐいぐい引き込まれてしまうのですが、特に歴史絡みの話になると一層、筆が冴えるようです。ホルバインのヘンリー8世、レーピンのイワン雷帝とその息子・・・ベーコンが描いたインノケンティウスの話も。なかでも恐ろしかったのがジェリコーの描いた「メデューズ号の筏」にまつわる話。画家のいまわの際の言葉にも驚かされます。かと思えば、一見、この絵のどこが怖いの?という作品もあります。が、中野先生にそのゆえんをひも解かれると、怖さが迫ってきます。ホガースの「グラハム家の子どもたち」はまさにそのような作品。意外なところではドガの踊り子、ルドンのキュクロプロス、クノップフの見捨てられた町なども。怖さ、にもいろいろありますね。

そんなわけで、2年前の展覧会を思い出しつつ、ほぼ一気読みしてしまいました。今、思い返してもあれは画期的な展覧会だったなぁ・・・(しみじみ)。「絵を読む」面白さを教えてくれました。それにしても、家にはまだまだ積ん読状態の本が積み重なっております。この山が平地になるのは、いったいいつの日のことだろう・・・(爆)。
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フランス人がときめいた日本の美術館

2019-08-21 19:57:10 | 
今さらですが、ソフィー・リチャード「フランス人がときめいた日本の美術館」を読みました。

以前、日曜美術館にソフィーさんが出演していたのを見て、素敵な方だなぁ、とは思っていたのですが、この本を買ったのは、テレビで偶然、「フランス人がときめいた日本の美術館」を目にしたのがきっかけです。可愛い女優さんが出てくるお洒落アート番組かと思いきや、実は取材がしっかりしていて、思わず見入ってしまいました。それにしても、この番組、オープニング&エンディングテーマまでユーミンの曲のフランス語バージョンという手の込みようです。番組を見ているうちに、やはり原作本(?)を読んでみたいと思うようになり・・・。

さて、この本、何やらとある片づけ本を想起させるようなタイトルではありますが・・・不肖わたくし、こんまりさんの本にはこれまでさんざんお世話になっており・・・興味深く読みました。私も美術館巡りを始めてけっこうな年月が経ちますが、この本に取り上げられていた地方の美術館には行っていないところがまだまだありました。東京圏の美術館は行き尽くしたような気がしていましたが、なかには存在すら知らなかったところも。それにしても、かの美術大国フランスの美術史家であるソフィーさんに「日本の美術館はワクワクがとまらなくなっちゃうの、本当よ」とか言われると、何だか嬉しくなってしまいますよね。

この本の何より素敵なところは、ソフィーさん独自の感性が、最後まで貫かれていることです。よく、フランス人は個性を重んじるということがいわれますが、こういうことかと思いました。個性的に一本、筋が入っているというか。ソフィーさんの場合は、地に足のついた洗練という言葉がふさわしいような気もします。また、この本を通じて日本や日本の美についてあらためて知ることが多々ありました。その渦中にいると表層だったり、先端だったりについつい目を奪われてしまうのですが、土地や歴史に根差したものに目を向けることも大切ですね。私の場合、美術館に行っても、あれも見た、これも見た、と情報収集に走ってしまいがちなのですが、その空間や時間を味わうということも大事だったな、としみじみ思いました。

これまで行ったことのある美術館でも、この本を読んでいけば新たな魅力を見出せそうですし、行ったことのない美術館は、ますます行くのが楽しみになります。いつか、子育てが一段落ついた暁には、この本片手に遠方の美術館めぐりも楽しんでみたいものです。にしても、一段落つくのっていつのことやら・・・(爆)。
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怖い絵(泣く女篇)

2017-11-06 22:31:42 | 
中野京子「怖い絵 泣く女篇」を読みました。

巷で話題の「怖い絵」展、私も楽しみにしていた一人ですが、恥ずかしながら、まだ本の方をちゃんと読んでおらず・・・この展覧会は、予習をしておかないと面白さが半減してしまいますよね・・・ということで、あわてて読むことに。ところで「怖い絵」って何冊か本が出ていたのですね、どれから読もうか、と迷いましたが、冒頭に「レディー・ジェーン・グレイ」の話が載っている「泣く女篇」を、まずはセレクト。

いや、それにしても面白かった。そして、何でもっと早く読んでおかなかったんだろう・・・と後悔しました。この本を読むと、その後の絵の見方が相当変わってきますよね。この絵はなぜ怖いのか?その語り口はまるでミステリーのようで、ぐいぐいと引き込まれ、ほぼ一気読みしてしまいました。眼から鱗の話もけっこうありました・・・例えば、ヨハネの首を欲しがったのはサロメだと思い込んでいたけれど、実はお母ちゃんの方だったのね、とか。レディー・ジェーン・グレイの話もやはり背景を知ると怖さが倍増します。この権力闘争の凄まじさ。「ラス・メニーナス」の愛らしいお姫様のその後を知ると悲しくなってしまいます。ブリューゲルの「ベツレヘムの嬰児虐殺」の身の毛もよだつような恐ろしさ。家に2歳児がいる身としては、母親達の心中を想像することすらできません。メーヘルンのなんちゃってフェルメール事件にも唖然とし・・・。個人的にはベックリンの「死の島」が取り上げられていたのは嬉しかったです。大好きな絵なので。私は福永武彦のファンで、彼の「死の島」を読んでこの絵のことを知ったクチなのですが、解説で氏のことにも触れられていたのが、さらに嬉しかったです。

それにしても、なぜ怖いのか?何がいったい怖いのか?「死」の怖さは別格として、この世で一番怖いのは人の「悪意」なのではないかと思うようになりました。人のダークサイド。そして、アートといえば、綺麗なもの、美しいものを皆見たいのかと思いきや、怖い絵の数々にこれほどの人々が行列する。怖いものみたさという言葉もありますが、これはこれで、もしかしたら怖いことなのかも・・・。

というわけで、「怖い絵」展がますます楽しみになってまいりました。しかし、日に日に伸びゆくらしい行列。怖いよぅ・・・(爆)。
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神の値段

2017-06-17 11:22:53 | 
一色さゆり「神の値段」を読みました。

第14回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作です。一色さんのことは何も知らなかったのですが、実家のミステリー好きの母にお薦めされ、読んでみました。現代アートとギャラリーが絡むミステリーということで、アート好きにも楽しめる作品でした。

主人公は、現代アートのギャラリーでアシスタントを務める田中佐和子。このギャラリーで扱っているのが、墨を使ったインクアートで世界に知られる現代芸術家、川田無名の作品です。彼はマスコミはもちろん、関係者にも姿をあらわさず、生死すらおぼつかない状況なのですが、その作品には高値がついています。そして彼と長年、二人三脚で仕事をしてきて、その正体を知る唯一の人物だったのが、ギャラリーのオーナーで、佐和子の上司である永井唯子。彼女がある日、作品を収めている倉庫で何者かに殺されてしまいます。

現代アートがネタになっているという珍しさに加え、ギャラリーの仕事の裏側も描かれていることもあって、とても興味深く読みました。美術ミステリーで現代アート&ギャラリーの組み合わせってなかなかないですよね・・・少なくとも個人的には初めて。文体も読みやすくて、さくさく読めました。謎解きそのものはわりとあっさりしていましたが、作品の梱包の結び目が事件解決のヒントになるなんていかにもではないですか・・・。

ところで、姿を現さない川田無名がどうやって作品を制作しているのか。月に一度、パソコンのメールで彼からの指示書(数字の羅列!)が送られてきて、それをもとに工房のスタッフが作品をつくりあげるというシステムになっています。彼にはモデルと思わしきアーティストが。その名は河原温。また、この作品はアートとビジネス、アートのお値段という領域にも踏み込んでいます。アートとビジネスのスタンスという点でも川田無名のモデルと思わしき人物が・・・その名は、村上隆・・・。

そんなわけで、このミステリーにはプライマリー・ギャラリーの仕事とか、アートビジネスの実態とか、一般人にはなかなか窺いしれないネタがたくさんでした。で、作者の一色さゆりさんってどんな方なんだろうと調べてみたら・・・東京芸大を出て、香港中文大学の美術研究科を修了、東京のギャラリーに3年ほど勤務されていたそうです。写真で見てもなかなかの美人さん♪現在は東京の美術館に勤務しつつ、京都の陶芸をテーマにした第二作を執筆中とか。こちらも楽しみですね・・・。



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幻の五大美術館と明治の実業家たち

2016-08-27 00:24:52 | 
中野明「幻の五大美術館と明治の実業家たち」を読みました。

移動中に読む本を忘れてしまった・・・ということで、駅構内にある本屋でふと手に取った本でしたが、これが面白かったのです。

明治時代、実業家として名を成す一方で、美術品の蒐集にも熱心だった実業家たち。彼らが設立し、今もなお残る美術館として、大倉集古館、藤田美術館、根津美術館などが有名ですが、一方でそれらに匹敵するようなコレクションを持ち、美術館設立を夢見ながらも実現せず、あるいは一度は実現しながらも、いつしか消えていった美術館も・・・。そんな幻の美術館のことを書いたノンフィクションです。

登場人物は益田孝(三井物産設立者)、原三渓(富岡製糸所社長)、川崎重蔵(川崎造船設立者)、松方幸次郎(川崎造船社長、松方正義の息子)、林忠正(美術商)の五人。出てくる美術品もまた豪華。十一面観音像、源氏物語絵巻、孔雀明王図、寒山拾得図、アルルの寝室などなど・・・。しかも、いくつかの美術品は、この登場人物たちの間をめぐったりもします。

それにしても、明治時代の大物というのは、やることなすこと、スケールがでかいですよね。稼ぐにしても使うにしても、ケタが違うというか。美術品の蒐集にしても、好きに加えて、日本の美術品の流出を防ぎたいとか、あるいは日本人の画家に本物の洋画を見せてやりたいとか、国家的な観点があるようです。唯一、林忠正は、浮世絵を海外に売る側だったわけですが、それも、国内で不当に安く買い叩かれるよりは、価値を分かってくれる海外の人に買ってもらいたいということらしいです。

登場人物はやはり皆、超個性的。切れ者だったけど、美術品を買う時は必ず値切っていたという益田孝。公共活動に加え、小林古径、前田青邨など若手画家の育成にも熱心だった原三渓。一時は美術館を開設した川崎重蔵。友人に、お前、会社潰すぞ、と言われてその通りになってしまった松方幸次郎、マネとマブダチだった林忠正。彼らがいかにして美術品の蒐集に魅入られていったか、そして鑑賞眼を身につけていったか、の過程も面白かったです。

そんな彼らが夢見た美術館はなぜ実現しなかったか?あるいは間もなく消えてしまったか?失言恐慌、阪神大水害、いろいろ要因はありますが、やはり一番大きいのは本人の死、でしょうか。相当、商売繁盛して、かつ美術に熱心な後継がいないと、やはり美術品を維持するのは難しいのでしょうね。大倉集古館については、大倉喜八郎の生前に財団にしていたことが、存続の要因だったのでは、ということも書かれていました。この本に書かれていた幻の美術館が実現していたら・・・と、美術館好きとしては、思わずにはいられないのですが。

というわけで、明治の実業家たちのスケールの大きさ、はたまた、美術品の魅力、魔力を堪能した一冊でした。そういえば、あとがきには「美術品が生き続けるには富というエナジーを必要とする」という一行が。アートでもあり、モノでもある美術品の宿命でしょうか・・・。
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