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アートネタなど日々のあれこれ

ルードボーイ トロ―ジャン・レコーズの物語

2023-10-12 01:02:25 | 映画
シアター・イメージフォーラムで「ルードボーイ トロ―ジャン・レコーズの物語」を見てきました(上映は既に終了しています)。

レゲエの誕生に大きな影響を与えながらも数年で表舞台から消えた、伝説のレゲエ専門レーベル「トロ―ジャン・レコーズ」の軌跡を辿るドキュメンタリーです。不肖わたくし、トロ―ジャン・レコーズのことはよく知らなかったのですが、楽しめました。映像もなにげにスタイリッシュ…(以下、ネタバレ気味です)。

時は1956年に遡ります。ジャマイカの西キングストン地区の酒場、トレジャー・アイルの名物は巨大なサウンド・システム「トロ―ジャン」でした。R&Bやブギのレコードに合わせて夜な夜な踊り狂う人々…。やがて、店主のデューク・リードは地元のミュージシャンを集めて、オリジナルのレコードの制作を始めます。デリック・モーガンの“Lover Boy”が大ヒット、その後も快進撃を続け、スカ、ロックステディ、そしてレゲエが誕生します。ジャマイカ人が多く移住したイギリスでは、1967年にアジア系ジャマイカ人実業家リー・ゴブサルがレゲエレーベル「トロ―ジャン・レコーズ」が開業、レゲエはイギリスのスキンヘッズに受け入れられ、1970年のレゲエ・フェスでは1万人を超える観客を集めますが、その後、まもなく事業が傾き始め…。

音楽の熱さと儚さを両方、味わえる映画でした。音楽に熱狂する人々が抱える鬱屈…音楽は抑圧される人々にとっての救いでもありました。ソウルやモータウンを押しのけ「トロイの木馬のように」進撃したトロ―ジャンの音楽。レゲエ・フェスはそのハイライトでした。1万人を超える観客には白人と黒人が入り混じり、フェスは人種を超えた連帯の象徴ともなりました。しかし、栄光を極めたトロ―ジャン・ミュージックは転落するのも早かった…音楽を量産するようになったこと、甘さを足すために曲にストリングスを加えるようになったことが売れなくなった原因とされていますが…。あらためて音楽って水物だと思いましたよ…。それでも、彼らの蒔いた種は世界中で生き続けているのです…。
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わたしたちの国立西洋美術館

2023-10-11 00:02:48 | 映画
シアター・イメージフォーラムで「わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~」を見てきました(上映は既に終了しています)。

国立西洋美術館をテーマにしたドキュメンタリーです。2020年10月から整備工事のため休館になった美術館に1年半にわたって密着し、その舞台裏を撮影しています。日本の代表的な美術館であり、東アジアでも有数のコレクションを誇る西洋美術館。これまで何度なく足を運んできましたが、その舞台裏は未知の世界。また、海外の著名な美術館を扱ったドキュメンタリーは何本か見ましたが、国内の美術館を扱った映画を見るのは初めて…ということで、いそいそと行ってまいりました(以下、ネタバレ気味です)。

この映画では、学芸員をはじめとする美術館のスタッフの仕事ぶりを丹念に追っていきます。学芸員さんたちの身の上話も面白かったですね…音楽に興味があったけれど、結果的に美術に行った、という方が複数いらっしゃったのは意外でした。他にも修復家、新旧館長、研究者なども登場しますが、皆さん、なにげにキャラが立っていたのが面白かったです。やはり、個性的な方が多いのでしょうね。スタッフの多くは好きだから、という理由でこの仕事を選び、大変ながらも、幸せそうに働いている姿が印象的でした。美術館の中の人々の仕事は実に多岐にわたります。作品の調査研究、保存修復、選定、学芸会議、展覧会の会場設営…それに工事に伴う作品の移動作業も加わります。輸送に携わる方々も含め、スタッフのアート愛とプロフェショナルな仕事ぶりが素晴らしい。展覧会、そして美術館はこうした人々に支えられているのですね…。

また、映画では日本の美術館をめぐる厳しい現状、文化行政の問題点にも触れられています。馬淵前館長は「自前のお金でやれる展覧会はない」と断言していました。予算も人もなく、メディアとタイアップしないと展覧会が開けない…。また、田中館長は10数年の間に予算が半減したと言っていました。さすがに半分というのは衝撃的です。それでも田中館長は新たな方策を考えて未来につなげていきたいと、あくまで前向き。根底には「芸術は生きていくうえで必要」という強固な信念があるのでしょう…。

映画の最後、馬淵前館長は退任式で「このコレクションは誰のものか。元々は松方幸次郎が集めたものですが、やはり国民です」と語ります。国のもの、ではなく、国民のもの。そこにこそこの美術館の未来があるのかもしれません…。
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甲斐荘楠音の全貌

2023-10-10 00:10:42 | 美術
東京ステーションギャラリーで「甲斐荘楠音の全貌-絵画、演劇、映画を越境する個性」を見てきました。

こちらも実際に行ってからかなり日が経ってしまいましたね…。「あやしい絵」展で甲斐荘楠音の作品に衝撃を受けて以来、この展覧会も開催を心待ちにしていました。展覧会では甲斐荘楠音を画家のみならず、映画人、趣味人として、さまざまな芸術を越境する表現者として紹介しています。

展覧会の序章は「描く人」から。甲斐荘の画業を紹介しています。あやしい絵展でも強烈なインパクトを放っていた「横櫛」と「幻覚」が。あらためて見ても妖しい絵…謎めいた微笑みを浮かべる女、踊る女の燃えるような赤が眼に焼き付くよう。「春宵(花びら)」はそのタイトルとは裏腹に、醜怪な太夫が異様…。第1章は「こだわる人」。人の動きに対するこだわりをスケッチなどで紹介しています。「籐椅子に凭れる女」がなんとも艶めかしい…透ける黒衣の下の白い肌。甲斐荘は裸を肌香(はだか)と称していたそうですが、彼の描く女からは色香が匂い立つようです。そして、メトロポリタン美術館から里帰りした「春」。ある意味、画業のピークともいえそうな作品。色鮮やかな着物を身にまとい、物憂げな表情を浮かべる女性の瑞々しさ、艶やかさ…。

第2章は「演じる人」には、舞台のスケッチや女形に扮した甲斐荘の写真が。彼の描く女性は、女性を客体として描くというより、自ら成り代わろうとするかのような迫真性があります。第3章は「越境する人」。甲斐荘による映画衣装の数々が並びます。斬新な意匠からも彼の多才ぶりが明らかです。それにしても、こんなにたくさんの映画の衣装を手掛けていたのか、と茫然としてしまいます。溝口健二の「雨月物語」や「残菊物語」は見ましたが、この衣装も彼の仕事だったのですね…。終章は「数奇な人」。畢生の、そして未完の大作が圧巻。「虹のかけ橋(七妍)」は金地を背景に豪奢な衣装を纏った七人の太夫がずらり並ぶさまが壮観。そして、「畜生塚」…豊臣秀吉が甥で養子の秀次を自害させ、その妻妾子三十人余を三条河原で処刑したという史実に基づいた作品です。裸の女たちの悲嘆、絶望、諦念、祈り…甲斐荘は何を思い、この作品を描き続けたのでしょうか…。

というわけで、甲斐荘楠音な独特の世界を堪能してまいりました。あまりにも独特すぎて、本当に個展で見てなんぼの人だと思いましたよ…。綺麗ごとだけではすまない彼の作品は、国画創作協会の展覧会で土田麦僊に「穢い絵は会場を穢くしますから」と、出品を断られたこともありました。しかし、甲斐荘は「穢いが、生きて居ろ」と…その願いどおり、彼の描いた女たちは画布の上で生き続けるのでしょう…。
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オルガ・ノイヴィルト

2023-10-09 01:26:03 | 音楽
オルガ・ノイヴィルト オーケストラ・ポートレイト@サントリーホールに行ってきました。

こちらもサントリーホールサマーフェスティバル2023のプログラムの一つです。今年のテーマ作曲家はオルガ・ノイヴィルト。1968年生まれ、ウィーン国立歌劇場150年の歴史上、初めて新作を委嘱された女性作曲家。その「オルランド」を再構成した「オルランド・ワールド」が世界初演されるということで、行ってきました。

コンサートの1曲目はヤコブ・ミュールラッド「REMS(短縮版)」。ノイヴィルトが選んだ作曲家ですが、合唱音楽で頭角を現し、ジャンル横断的な活動も行っています。タイトルのREMSとはレム睡眠を意味しており、夢と睡眠のもつ「謎めいた、心震わせるような側面」を探求したそうですが、まさに夢幻的な響き…そして、東洋的な幽玄も感じる曲です。今回は短縮版でしたが、いつかフルバージョンを聴いてみたい、魅力的な曲でした。2曲目はオルガ・ノイヴィルト「オルランド・ワールド」。「オルランド」はヴァージニア・ウルフの小説を原作とするオペラですが、原作よりジェンダー解放的な意味合いが濃くなっています。「オルランド・ワールド」はオペラの前半部分を中心に再構成し、声とオーケストラの作品に改作しています。メゾ・ソプラノが男性と女性を演じ、ドラムやエレキギター、プリペアドピアノなども加わる異色の構成、クイーンやレディ・ガガの引用も加わるという、いろいろな意味で尖った作品。この曲もいつかオペラ版を生で聴いてみたい…。3曲目はオルガ・ノイヴィルト「旅/針のない時計」。マーラー生誕百年記念のための曲ですが、ある日、夢のなかに祖父が現れたことを創作を通じて焼き付けておこうとしたのだそうです。東欧的な響きも感じるいくつもの旋律があらわれては消え、あらわれては消え…時間そのものが溶解する…針のない時計となるのです。最後はスクリャービンの「法悦の詩」。なぜにここでこの曲?という疑問も湧きますが…ノイヴィルトは元々、ジャズ・トランペッターを目指していたそうなので、もしかしたらラッパつながりということかもしれません。この曲でもマティアス・ピンチャーの指揮がみごとでした。自身が作曲家なだけあって、作曲者の意図が実に明晰に提示されるという感じです。高解像度の音楽…。

プログラムには彼女のインタビューも掲載されていましたが、こちらも興味深いものでした。実は日本での滞在歴があり、黒澤明のファンだったのだとか。また、クラッシック界における女性作曲家の扱い、ノーベル賞作家のイェリネクとの共闘、12年にわたって心血そそいだオペラがキャンセルになった辛い経験についても語っていました。「何の賭けにも出ず、みずからを超える一線を踏み出さないならば、退化してしまう」…その果敢な精神からあのアグレッシブな音楽が生まれてくるのでしょう…。
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Music in the Universe

2023-10-08 00:29:43 | 音楽
Music in the Universe@サントリーホールに行ってきました。

サントリーホールサマーフェスティバル2023のプロデューサー・シリーズ「ありえるかもしれない、ガムラン」のプログラムの一つです。行ってから、かなり日が経ってしまいましたが、心覚えのために…。今回のプロデューサーは作曲家の三輪眞弘氏ですが、企画の趣旨はガムランの実践を通して、音楽や人間世界の未来を考える、ということだそうです。コンサートホールでのコンサートのほかにもプロジェクト型コンサートEn-gawaも開催されていて、ケージのミュージサーカスの回を思い出しましたね…。

さて、Music in the Universeの1曲目は藤枝守「ピアノとガムランのコンチェルトNo.2」でした。このピアノはミニピアノ(トイピアノとは違う)で、ガムランの旋法に基づいて調律されており、不思議な響きです。ステージの中央にピアノが置かれ、その周りにガムランの楽器が円環上に配置されています。メロディのパターンには植物の電位変化のデータを変換する「植物文様」の手法が用いられており、非常に繊細な響きの曲でした。2曲目は宮内康乃「Sin-ra」。Sin-raは森羅万象を意味し、世界を構成する五大要素のうち「水」「風」「地」の3つを曲にしています。始まり方も実にユニークです。観客がいくつかのグループに分かれて舌打ちなどの小さな音を出すことから曲が始まるのですが、暗闇の中で聴いていると、東南アジアの森の中にいるような心地に…。曲はガムラン音楽のルールベースで作られていましたが、途中で踊りも加わり、音楽、踊り、祈りが渾然一体に…タイトルにふさわしい、夢幻的で壮大なスケールの曲でした。3曲目はホセ・マセダ「ゴングと竹のための音楽」。氏は音楽民族学者でもあります。昔、著書を読んだこともありましたね…。この曲は1997年の作品ですが、当時、氏にガムランの新作を委嘱したところ、ガムランは権力者の楽器だからと、最初は断られたそうです。しかし、ガムラン音楽の解体を提案したところOKが出たのだとか。そのため、ガムラン以外の楽器も加わり、指揮者も存在しています。そして、合唱のテクストには俳句が引用されています。ガムランに対してもいろいろな考え方があったことを知る機会ともなりました。4曲目は小出稚子「Legit Memories(組曲 甘い記憶)」。曲名は松田聖子さんの名曲のもじりだそうですが、ジャワの甘味の名がついた五つの小品からなる組曲です。白玉入りの甘い生姜スープ、チョコレート入りホットサンド、椰子の実ジュース、果物入りのかき氷、揚げバナナ…お品書きを眺めているだけで何だかうっとりしてしまいます。スイーツを思い浮かべながら、ゆるーい感じで楽しめる曲でしたね…。最後は野村誠「タリック・タンバン」。何と、だじゃれ、相撲、綱引きなどが登場するシアトリカルな作品。サントリーホールのステージでお相撲さんが四股踏んだり、人々が綱引きをしたりしている図が見られる日が来るとは思いもよりませんでした…たしかに夏祭りのフィナーレにふさわしい作品でしたね…。

そんなわけで、お腹いっぱいガムランを堪能…ガムランという楽器からこんなにも多様な響きが生まれるということを目の当たりにしました。それにしても、ガムランって不思議な楽器ですよね…宇宙を象徴するような不思議な響き…その魅力がこれからも音楽の新しい可能性を拓いてくれるのかもしれません。
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Peter Barakan's Music Film Festival 2023

2023-10-07 00:01:30 | 映画
Peter Barakan's Music Film Festival 2023@角川シネマ有楽町に行ってきました(イベントは既に終了しています)。ピーター・バラカンさんが作品をセレクトした映画祭です。今年で3回目ですが、私が見に行くのも3回目。毎回、興味深いラインアップですが、今年は3本続けて見てきました。

1本目は「エチオピーク 音楽探求の旅」。エチオピアの音楽が世界で聴かれるようになるまでを追ったドキュメンタリーです。エチオピアのとあるレコード店主が、なぜ自分たちの国の現代(ポピュラー)音楽のレコードがないのか、ないなら作ってしまえ…と思いついたところから話が始まります。なかば命がけのこの試みは、結局、店主が海外へ移住して終わりを告げるのですが、後年、あるフランス人が偶然、当時のレコードを発見したことから、事態は思いもよらぬ展開へ…。独特の骨太なグルーヴをもつエチオピアの音楽、それを世に出そうとする執念、世界へ広めようとする挑戦…音楽に対する情熱は時として奇跡のような事態を生むのです。アフタートークで、映像人類学者の川瀬慈さんが、裏話的なことをお話されていましたが、こちらも面白かったです。

2本目は「ジョン・クリアリー@Live Magic 2018」。彼が2018年にバラカンさんが監修するフェスティバルに出演した際の映像です。ニュー・オリンズを拠点にして長年、活動を続けているピアニストですが、ドクター・ジョン直系のようなファンキーかつグルーヴィーなピアノ。もう、ノリノリでしたよ…ライブでみたらさらに凄そう。しかも、ピアノだけではなく、歌もギターもうまいんですよね。アフタートークにはジョン・クリアリー日本サポーター代表の判澤正大さんが登壇されていましたが、ジョン・クリアリーと小泉八雲のつながりなど、興味深いお話を聞けました。

そして最後は、「Dance Craze /2 Toneの世界 - スカ・ オン・ステージ!」です。1980年に大流行したスカ・リヴァイヴァルを体現した6組のバンドのライブ映像です。ザ・スペシャルズ、マッドネス、ザ・ビート、ザ・セレクター、ザ・ボディスナッチャーズ、バッド・マナーズが1曲ごとに交代して演奏していますが、太ったボーカルや無表情のボーカル、白人黒人混成のバンド、女性がメインのバンドや、ガールズバンドも登場していましたね。曲の展開は似たようなものが多いのですが、歌詞がバラエティーに富んでいて、なおかつけっこう鋭くて、面白かったです。約90分の狂乱のステージ。聴いている方もグロッキー状態…もう、一生分のスカを聴いた気分…。アフタートークでバラカンさんが彼らのその後のお話などもしていましたが、なかなか感慨深いものがありました…。

そんなわけで今年もPBMFFを楽しんでまいりました。このフェスに行くと、音楽の世界って、なんて広くて深いのだろう…という思いを新たにします。それもこれもバラカンさんのおかげですよね…来年も開催されるといいなぁ…。
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宇宙遊/光

2023-10-06 00:03:03 | 美術
国立新美術館で「蔡國強 宇宙遊-<原初火球>から始まる」を見てきました(展示は既に終了しています)。

実際に行ってからずいぶん時間が経ってしまいましたが、自分の心覚えのために…。この展覧会は蔡國強の8年ぶりの大規模個展で、1991年にP3 art and environmentで開催された展覧会「原初火球」を氏の芸術におけるビッグバンの原点と捉え、その後の活動の旅路を辿るというのです。ちなみに原初火球という言葉は宙物理学と老子の宇宙起源論に基づくもので、宇宙の始まりを表すのだとか…。蔡氏の活動というと、まず火薬が頭に浮かんでしまいますが、この展覧会では活動の源となっている独自の世界観、宇宙観にも焦点を当てています。国立新美術館の展示室の壁をすべて取り払い、広大な空間を一室として使う、ダイナミックな展示です。展示は蔡氏の父親のドローイングから始まります。蔡氏は1986年に日本に移住し、約9年間を過ごしますが、この時期が出発点であり、アートのビッグバンが起きたと語っています。火薬を爆発させて作品を制作する手法を発展させたのもこの時期ですし、「外星人」のためのアートというプロジェクトも始まりました。80年代末といえば東西の対立が飽和点に達した時期ですが、視点が宇宙にまで飛ぶという、スケールの壮大さが大陸的…。また、蔡氏の宇宙の捉え方が独特で面白いのですよね…。展覧会では火薬爆発プロジェクトの映像も展示されていました。やはり「スカイラダー」が感動的…天へと登る火の梯子…何度も失敗を繰り返しながら、100歳の祖母に捧げられたプロジェクトです。また、いわきの海岸の上空に桜の花火が咲く「満天の桜が咲く日」。蔡氏はいわきの人々と長い年月をかけて友情を育んできました。蔡氏曰く「この土地で作品を育てる、ここから宇宙と対話する、ここの人々と一緒の物語をつくる」と。土地に根差しながら、人とつながり、宇宙とつながるアート。そして、見る者の心は宇宙を自由に遊ぶのです…。

この日は同時に開催されていた「テート美術館展 光」も見てきました(展示は既に終了しています)。テート美術館のコレクションから「光」をテーマにした約120点を集めた展覧会です。ターナー、ジョン・コンスタブル、ゲルハルト・リヒター、オラファー・エリアソンなどなど多数の画家の作品が展示されていました。ジョン・ブレットの「ドーセットシャ―の崖から見えるイギリス海峡」の前では動けなくなってしまいました…天から海に降り注ぐ光…。ジェームズ・タレルの「レイマー・ブルー」も不思議な色調のブルーに目が釘付けに…。現在に至るまで、画家たちがいかに光と向き合ってきたのかを目の当たりにした展覧会でした。神の光、自然の光、人工の光。絵画の歴史はいかに光を描くかの歴史でもあったのかもしれません…。
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沈黙のアート

2023-10-05 00:40:06 | 映画
シアター・イメージフォーラムで「マルセル・マルソー 沈黙のアート」を見てきました。

“パントマイムの神様”マルセル・マルソーのドキュメンタリーです。マルセル・マルソーというと、まず思い浮かぶのが「元祖・ムーンウォーク」なのですが、この映画では、マルソーの実像、そして、パントマイムの神髄についてさまざまな視点から迫ります。監督のマウリツィウス・シュテルクレ・ドルクスはろう者のパントマイマーの子でもあり、そのことがこの映画にさらなる奥行きを与えています(以下、ネタバレ気味です)。

映画にはマルソーの妻、二人の娘、16歳の孫、そして従兄弟の子が登場します。彼らのインタビューから、マルソーの人生が明らかになっていきます。マルソーは精肉店を営む父の元に生まれましたが、ユダヤ人の父はナチスに捕らえられ、アウシュビッツで命を落とします。マルソーは従兄弟と一緒にナチスへのレジスタンス活動に身を投じましたが、彼らがユダヤ人の孤児300人をスイスに逃がしたことは映画にもなっていましたよね…。危険な状況下では声を出さないコミュニケーションが必要だったと知ると、胸が詰まるような思いがします。道化も子どもたちを笑わせるための手段でした。映画ではマルソーのアーカイブ映像も紹介されていましたが、動き一つ一つがとにかく美しい…それもただ美しいだけでなく、どことなく凄みがあります。地獄を見たからこそできる表現というものもあるのかもしれません…。マルソーはパントマイムを沈黙の芸術へと高めました。「沈黙とは魂が中空で静止している状態」とも…。実は不肖わたくし、むかしむかし、マルソーの舞台を見に行ったことがありました。当時は若かったので、マルソーのレジスタンス活動のことも知らず、ひたすら楽しんで見ていましたが、今、彼の舞台を生で見たらいったい何を感じたのでしょう…。

私が行った日はアフタートークに映画作家の牧原依里さんが登壇していました。牧原さんはろう者であり、ろう者の音楽をテーマにした映画「LISTEN」を制作していますが、これも素晴らしい作品でしたよね…。彼女が映画について、沈黙のアートというよりは、言葉では語り尽くせないものをアートで表現するということではないか、ということを話していたのが印象的でした。

さて、この日は映画館の近くにある「喫茶サテラ」に寄ってきました。ここはプリンが名物らしいので頼んでみましたが、プリンには練乳が使われているらしく、ミルキーなお味が珈琲によく合い、美味しゅうございました…。
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ブリング・ミンヨー・バック!

2023-10-03 23:50:36 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「ブリング・ミンヨー・バック!」を見てきました。

民謡クルセイダーズに5年間密着したドキュメンタリーです。民謡クルセイダーズは、日本各地の民謡とラテンやアフロのリズムを融合し、独自のアレンジを加えています。彼らが目指しているのは、「日本民謡」を「民の歌」としてよみがえらせること。この映画で民謡クルセイダーズの活動と彼らが民謡を再発見する過程を追っていきます(以下、ネタバレ気味です)。

民謡クルセイダーズは、福生に在住しているギタリストの田中克海さんと民謡歌手のフレディ塚本さんを中心に結成され、福生を拠点に活動しているバンドです。フレディさんは元々、ジャズシンガーを目指していたのですが、いろいろあって民謡に転向することになったのだとか。ヴォーカルのMEGさんも元はオペラの勉強をされていたそうです。違うジャンルの音楽のベースがあったことが、ジャンルを越境していく力になっているのかもしれません。この映画は「民謡は死んだのか」という問いかけから始まります。「でも、今ここに取り戻す」と。民謡は個人の音楽ではなく共同体の意思から生まれた音楽、とも。フレディさんも民謡が歌うのは個人の感情ではなく風景、と言っていましたね…。フレディさんの歌を聴いていると、新幹線の車窓から遠く広がる山並みを眺めている時のような、なんともほっとする心地になるのは、歌を通して失われつつある日本の風景を見ているからなのかもしれません…。

映画では民謡の歴史と現状についても触れられています。不肖わたくし、民謡はほとんど聴いてこなかったので、これほどまで地域によって違うものだということを初めて知りました。独特のシステムなどもあり、今となってはほとんど伝統音楽となりつつあった民謡ですが、民謡クルセイダーズよってラテンリズムという新たな翼を得て、世界へとはばたいていくことになりました。彼らの音楽で海外のお客さんたちが踊り狂っていたのが衝撃的でしたね…ダンサブルでスピリチュアル、と言っているお客さんもいました。やはり伝わるところは伝わっているのですね。海外で現地のミュージシャンとセッションしているシーンもありましたが、こちらも衝撃的でした…。田中克海さんが「民謡だから自由になれる」と言っていましたが、元々が民謡=民の歌ゆえ、縛りをほどけば自由に国境を超えていくポテンシャルがあるということかもしれません。そんなわけで、灯台もと暗し、というか自分の足下に未知のお宝が眠っていた、ということを今さらながら思い知らされた映画でした。それにしても、民謡、おそるべし…。
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Beyond Orbits

2023-10-02 00:33:25 | 音楽
というわけで、挾間美帆m_unit@文京シビックホールに行ってきました。

このコンサートは挾間さんのデビュー10周年と5年ぶりのニューアルバム“Beyond Orbits”の発売を記念したコンサートということです。“Beyond Orbits”の収録曲を中心に、過去のアルバムの曲も数曲演奏していました。

1st setの1曲目はNHK-FMで挾間さんが担当している番組、“Jazz voyage”のテーマ曲にもなっている“Abeam”。風変わりなイントロが印象的な曲ですが、実演で聴くとよりエキゾチックに響きます。次は“Portrait of guess”。アンニュイな響きの曲で、雨に濡れた景色のよう。「月ヲ見テ君ヲ想フ」。この曲すごく好きです…美しい曲。マレー飛鳥さんのソロもかっこよかった…。続いて“Time river”。時の流れやうねりを感じさせ、哲学的な趣もある曲。“From Life Comes Beauty”は資生堂のイメージフィルムに使われていた曲ですが、美しさと切なさと懐かしさとが入り混じったような、不思議なニュアンス…。

2st setの1曲目は“Amonk in Ascending and descending”。エッシャーの絵をイメージしたそうですが、幾何学的な面白さがある曲。そして2曲目はエクソプラネット組曲。エクソプラネットとは太陽系外惑星のことらしいですが、組曲の2番目、“Three sunlights”がは、3つの星と見えたものが実は顕微鏡についたホコリだったということが後に発覚し、挾間さんは頭を抱えたそうです…。それはさておき、妖しい響きから始まる壮大なスケールの曲でした…しかも、ソリスト一人ひとりに見せ場が与えられます。なんというか、もう最高…で、終わった後も拍手が鳴りやまず…。

アンコールは“can’t hide love”。挾間さんによると、この曲の歌詞は俺のことを好きなのは隠せないんだぜ、みたいな男性の上から目線な内容なので、それに対する女性の反撃をアレンジで表現したとのこと。大人のラブソングのはずの曲がとんでもない展開に…挾間さん、面白すぎる…。

そんなわけで、挾間さんの音楽のユニークでマジカルな響きを堪能してまいりました。本当に聴き手を飽きさせないというか、音の玉手箱が次々と開いていくのを眺めるような楽しさが彼女の曲やアレンジにはあります。軌道を超えて宇宙に飛び出していくようなスケールの大きさも魅力的。世界で活躍する挾間さんですが、このアルバムがグラミー獲ったら嬉しいな…。
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