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アートネタなど日々のあれこれ

刺繍少年フォーエバー

2024-07-23 00:00:55 | 美術
目黒区美術館で「青山悟 刺繍少年フォーエバー」を見てきました。

とはいえ、見に行ってからけっこうな日にちが経ってしまいました…が、自分の心覚えのために…。不肖わたくし、青山氏のことはよく知らなかったのですが、メインビジュアルになっていた「東京の朝」に惹かれて行ってまいりました。

目黒区在住の青山氏は刺繍で作品を制作されています…が、これ本当に刺繍?と絶句するほどの超絶技巧です。不肖わたくし、並縫いさえままならない不器用な女ですゆえ、もはや同じ人間とは思えない…と、畏怖の念すら覚えます。そして、その作品は単にリアルなだけではなく、独特のエモさもあり…「東京の朝」の前では思わず動けなくなくなってしまいました…。「About painting」のシリーズは名画を刺繍にし、さらに横軸をsocial-personal、縦軸をradical-conservativeとしたマトリクスの中に配置しています。セザンヌ、ゴッホ、マティス、クレー、マネ、モネ、フェルメール、フリーダ・カーロ…などの有名な作品が驚きの精度で再現されていますが、添えられているコメントがまたいちいち面白いのですよね…。かと思えば、氏の祖父である画家の青山龍水氏の作品と自身の作品を並べたコーナーも。青山氏がアーティストを志したのにはこの祖父の影響があるものの、反発を覚えた時期もあったそうです。作風は違うものの、独特のエモさが受け継がれているような気も…。一方で、労働問題など社会問題をテーマにした作品も制作しています。また、刺繍をジェンダーの視点からとらえた作品もありました。19世紀の女性に21世紀のセレブの衣装を重ねた「ユートピア便り」にはビョークやテイラー・スウィフトも登場。「名もなき刺繍家たちに捧ぐ」シリーズには青森のこぎん刺しをテーマにした作品も。また、コロナ禍では「Everyday art market」というプロジェクトを展開、刺繍をしたマスクなどを販売したりしています。最近では目黒区内の小学校でアウトリーチ授業を行い、5年生の児童たちと「常識モンスターをやっつけろ!」というタペストリーを制作するなど、さらに活動の幅を広げています。そして、今回の展覧会のサブタイトルにもなっている「永遠なんてあるのでしょうか」のシリーズではなんとこの展覧会のチラシやアンケートを刺繍で制作しています。やはり驚きの再現度。アンケートには目黒区美術館の存続に関するコメントが刺繍で書かれていました。「永遠なんてあるのでしょうか」とは青山氏が近年取り組んでいるテーマであり、時代とともに社会から姿を消そうとしている「消えゆくもの」への問いかけのメッセージだそうです。姿は消えても思いは思念として残るのかもしれず…。活動が多岐にわたっていることもあり、刺繍でありながら刺繍を超えた何かを見たような展覧会でした。

さて、例によってアートといえば甘いもの…ということで、この日は美術館の近くの「gentille」でパンとバスクチーズケーキを買って帰りました。どちらも美味。とりわけチーズケーキは甘味と酸味、ほのかな焦げのバランスが絶妙で美味しゅうございました…。
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opus

2024-05-14 00:05:46 | 映画
Ryuichi Sakamoto | Opusを見てきました。

教授の最初で最後の長編コンサート映画です。1回目はodessaで、2回目はdolby atmosで見ました。Odessaでは重低音の響きが力強く、dolby atmosでは丸く柔らかい音に包みこまれるかのよう…。2回目は教授自身が音響を監修した109プレミアム新宿で見ましたが、極上の音響でした(ちなみに椅子も最高…)。

ピアノを弾く教授の姿をモノクロームの映像でひたすら映し出す、正真正銘のコンサート映画です。この環境で見ることで、教授のピアニストとしての凄さをあらためて実感しました。まるでオケを鳴らすようにピアノを弾く。そして、音が無に帰す瞬間の美しさ…。教授のピアノの音を聴いていると降り注ぐ慈雨に身を浸しているよう…“aqua”では透きとおるような青空が覗き、戦メリでは雪がちらちらと舞いはじめ…。個人の意志や感情の表現というよりは、世界の美しさをピアノで描き出そうとするかのよう…。

1曲だけ、NGテイクを映画にしている曲がありました。ボイシングを試しているうちに収拾つかなくなったという感じでしたが、その試し方が凄い…教授の作曲の過程を垣間見るようでもあり、鳥肌立ちました…。

映像は非常に繊細なモノクローム…そういえば、ピアノってモノクロ―ムの楽器でしたね。時折、教授の微細な表情の変化も映し出します。Tong Pooでは楽しげに、Happy Endでは童心に帰ったように。戦メリの最初は若かりし頃のような表情でしたが、最後の方では何かに別れを告げるかのような顔に…ラストのopusは淡々と…。

見終わった後、しばし放心状態になりました…今さらですが、教授は本当にこの世からいなくなってしまったんだなぁ…と。そして、教授から受けたものの大きさにあらためて思いを馳せました。ありがとう、教授…。
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TIME

2024-05-13 00:12:10 | 舞台
国立新劇場で「TIME」を見てきました。

坂本龍一×高谷史郎、最初にして最後のシアターピースです。教授が全曲を書下ろし、高谷史郎さんがコンセプトを考案、創作しています。

私が行ったのは東京公演の千秋楽の日でした。会場に入ると暗闇の中で雨音が響いています…教授が愛した雨の音。舞台上には大きな水盤が置かれ、水鏡のようにきらめいています。宮田まゆみさんは笙を吹き鳴らしながら、しずしずと水面をわたります。田中泯さんが「夢十夜」「邯鄲」「胡蝶の夢」の朗読にのせて静かに、時に激しく踊ります。田中さんは教授から「初めて水を見る人類の一人を演じ作品の内にい続けてほしい」と言われたそうです。石原淋さんが演じる死にゆく女性。背後のスクリーンにはテキストの字幕、自然や都市の風景の映像。これらのすべてを教授の音が包み込みます…。

現代の夢幻能のような作品でした。光と闇、天と地、夢と現、音と静寂、過去と未来、時間と空間、自然と人間、秩序と混沌、瞬間と永遠、此岸と彼岸、生と死…さまざまなものが溶けあって一体となり、大いなるものへと還っていく。この世のすべては一時一場の夢でした…教授もあちらの世界からこの舞台を見ていたのかな…
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COUNT ME IN 魂のリズム

2024-05-12 00:11:20 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「COUNT ME IN  魂のリズム」を見てきました(この映画館での上映は終了しています)。

ドラムそしてドラマーにフォーカスを当てたドキュメンタリーです。ありそうでなかった待望のドラム映画、錚々たるドラマー達が登場しています…アイアン・メイデンのニコ・マクブレイン、ポリスのスチュワート・コープラント、レッチリのチャド・スミス、クイーンのロジャー・テイラー…彼らが自身のルーツやドラム愛について熱く語ります。ドラマーではない自分ですら見ているうちに高揚してくるような映画でした…(以下、ネタバレ気味です)。

ドラマーさんが自らを語るのを聞く機会って意外と少ないので、なかなかに新鮮でした。やはり、子どものころからお鍋類を叩いていた人が多かったことが判明。この映画で何より印象深かったのが、ドラマー達が初めてドラムを手に入れた時の狂喜乱舞ぶりです。登場するのはほぼロック・ドラマーですが、ジャズの影響を受けている人がけっこういましたね。ニコ・マクブレインがドラムにハマったきっかけが、ジョー・モレロだったいうのは意外でした…テイク・ファイブに惹かれたらしいです。また、リンゴ・スター、チャーリー・ワッツ、ジョン・ボーナム、キース・ムーン、ジンジャー・ベイカーなどはプロのドラマーにとっても凄いドラマーだということも分かりました。そして、ドラマーが自分の楽器に誇りをもっていることも…ギターソロが止まっても客は大丈夫だけれど、ドラムが止まったら客は足がもつれる、と言ってる人もいました。言われてみれば確かにそうかも…。かと思えば、ライヴ後に倒れたら成功、というパンク・ドラマーも。この映画には、シンディ・ブラックマン・サンタナをはじめ、女性ドラマー達も登場します。差別的な扱いを受けることがあっても、「演奏で黙らせる」彼女たちは凛々しくもかっこよかった…。

「ドラムなしには生きられない」「叩きながら死ぬのが夢だね」…ドラマーさん達のドラム愛の話を聞いていると、こちらまで胸熱になってしまいます。ドラマーって他の楽器の人よりも楽器の愛し方がストレートというか…叩いて音を出す、というドラムの喜びが、人間の本能に近いところにあるせいかもしれません。

そんなわけで、縁の下の力持ちの役割を果たすことが多いドラマーに関する貴重な映画でした。企画してくださった方、GJです。次はぜひ、ベース編とか作ってくれないかなぁ…。
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ライヴ・イン・サンディエゴ

2024-05-11 11:43:12 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「エリック・クラプトン : ライヴ・イン・サンディエゴ」
を見てきました(上映は既に終了しています)。

エリック・クラプトンが2007年にサンディエゴで開催したライヴのドキュメンタリーです(以下、ネタバレします)。このライヴでは、クラプトン、ドイル・ブラムホールⅡ、デレク・トラックスがトリプルギター、さらにクラプトンが「最も影響を受けたアーティスト」と公言するJ.J.ケイルがゲストとして出演しています。デレク・トラックスはこの頃まだ20代ですが、さすがな演奏。ドイル・ブラムホールⅡはしっかり脇を固めます。J.Jケイルはギター仙人のような佇まい…幽玄なギターにのせて渋い歌声を聴かせてくれました。ケイルが作った“After midnight”“Cocaine”をクラプトンと一緒に演奏するシーンは感動ものでしたね…お互いへのリスペクトが伝わってきます。全体的にギターメインのライヴでしたが、最後の方で“Wonderful Tonight”“Layla”“Crossroads”を続けて演奏してくれました。Crossroadsにはロバート・クレイも登場。このバンドはギターもさることながら、リズム隊も素晴らしく…ベースのウィリー・ウィークスの安定感、スティーヴ・ジョーダンのドラムはめっちゃパワフル。豪華メンバーによるこのライヴ、クラプトンファンの間では21世紀最高のクラプトン・ライヴと言われているそうです。

御大から若手まで、4人のギタリスト達が並んで演奏する姿は壮観で、音楽の継承ということも感じました。それにつけてもなぜか思い出すのはJ.Jケイルの不思議な存在感…この6年後にJ.J.ケイルは亡くなり、このライヴは二人の最後の共演になりました…。
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ボンゴマン

2024-05-07 00:21:40 | 映画
シネマカリテで「ボンゴマン」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

ジミー・クリフが1980年に行ったライブ・ツアーを記録したドキュメンタリーです。この映画ではツアーの模様だけでなく、当時のジャマイカの状況など、ジミー・クリフの音楽の背景を知ることができます(以下、ネタバレ気味です)。

映画は「レゲエは心だ」というジミー・クリフの言葉から始まります。ジャマイカの美しい自然。その一方で二大政党が争い、街が炎上する光景。「欲をかくものはすべてを失う」というジミー・クリフのアジテート…。そのような状況の中で始まったライブ・ツアーはジミー・クリフの故郷、サマートンでのフリーライブからスタートしました。このライブはまさに手作り…丘を重機でならし、ステージを一から作るところから始まります。作業をしている人々もどこか楽しげ。ところが、当日になって、スコールのような豪雨が…それでも神の思し召し、と慌てません。結局、ライブは開催され、会場は熱狂の坩堝と化します。ジミー・クリフがボンゴマンと呼ばれ、地元の人から愛されている様子が伝わってきます。そして、ツアーは南アフリカ、ドイツへと続いていきます。ライブでは“Harder they come“や“Many Rivers To Cross“を熱唱する場面、ボブ・マーリーに“No Woman,No Cry“を捧げる場面も。この曲をジミー・クリフが歌うとどこか内省的に響きますね…。ドイツで「ベトナム」を歌う場面では、戦争を止めてくれ…南アフリカで、アフガニスタンで、イランでと叫んでいます。ジミー・クリフは「団結すれば、メッセージは伝わる。レゲエにはその力があるんだ」と力強く語ります。ジミー・クリフは「いたる所戦争だ、俺は平和がほしい」と言っていましたが、音楽家が政治に口を出すなというのは平和な国だからこそ、というのを痛感しました…。

彼らはやはり音楽の次元が違うと思いました…何というか、音楽も信仰も政治も人生も、全てが一体になっている感じです。ラスタの教えというのは本当に強力なのですね…裏を返せば、それだけ抑圧が強力だったということなのでしょう。映画ではマルーンの歴史にも触れられていましたが、まったく状況が違う国で暮らしていると、こういった音楽を根幹から理解するのは正直、難しいのかもしれません…。魂の自由のために歌い続けたジミー・クリフ。レゲエが君のところに届いてほしい、という彼の願いはきっと受け継がれていくのでしょう…。
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共棲の間合い

2024-05-06 00:15:33 | 美術
東京都渋谷公園通りギャラリーで開催されていた『共棲の間合い―「確かさ」と共に生きるには―』も見てきました。

この展覧会は住む、暮らす、生活する、共に行うことを起点に表現する作家たちの作品を紹介するものです。村上慧氏の作品は落葉が敷き詰められた生活空間。落葉の発酵熱を利用した足湯も。入ってみようかと思ったのですが、行ったのが朝一で、「今日はまだあまり温まっていなくて…」とのことだったので、断念。折本立身氏の「アート・ママ」は認知症の母を介護する日々を撮った写真などですが、溢れる母愛に心を打たれます…。時計人間や皿時計などのユニークなオブジェも。酒井美穂子氏は28年以上、「サッポロ一番しょうゆ味」を片時も離さない生活を送っているそうです。壁一面に展示されたサッポロ一番に圧倒され…そして、サッポロ一番が無性に食べたくなりました…。スウィングは障害のある人ない人が働く福祉施設ですが、清掃活動「ゴミコロリ」や創作活動「おれたちひょうげん族」といった独自の表現活動を行っています。メンバーたちの個性的な作品の数々も。「生きてるだけで丸もうけ。って思えるのはけっこう調子いいとき」という標語がでかでかと張ってあって、思わず見入ってしまいました。

生活と芸術…そもそもそんな境目はあったのか、なかったのか…感じることにもっと自由であってもいいのかも…そんな風に心にふっと風穴を開けてくれるような展覧会でした。
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モンタレー・ポップ

2024-05-05 12:15:29 | 映画
シネクイントで「モンタレー・ポップ」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

1967年に開催されたモンタレー国際ポップフェスティバルのドキュメンタリーです。傑作でありながら、日本ではこれまで正式に劇場公開されたことがなかったそうです。出演しているのは、音楽史上に残る錚々たるミュージシャン達…ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、オーティス・レディング、サイモン&ガーファンクル、ジェファーソン・エアプレイン、ジ・アニマルズ、ザ・フー、ママス&パパス、ラヴィ・シャンカール…(以下、ネタバレします)。

ジャニス・ジョップリンは全身全霊の凄まじいパフォーマンスで観客を騒然とさせます。まさに魂の叫び…これにはママ・キャスも茫然…。オーティス・レディングは25歳とは思えない貫禄のパフォーマンスで観客を圧倒。ザ・フーのピート・タウンゼントはギターをぶんぶん振り回し破壊、キース・ムーンはドラムを蹴り倒し破壊…。ジミヘンに至っては、あろうことかギターにオイルをかけて火を放ち…伝説のシーンとなりました。もちろんパフォーマンスの方も凄まじいです…例の背面弾きも。この激しいメンツの中にあって、サイモン&ガーファンクルやママス&パパスの音楽に心底、癒されます。大トリはラヴィ・シャンカール。超絶技巧による長尺のパフォーマンスは極上のトリップ感をもたらします…。

綺羅星のようなミュージシャン達のなかでも、とりわけ圧巻のパフォーマンスを見せてくれたジャニス・ジョプリン、ジミヘン(ともに当時24歳)、オーティス・レディング(当時25歳)。しかし、このフェスの半年後にオーティスが、3年後にジャニスとジミヘンが亡くなります…。まさに一期一会、奇跡の集い…こんな夢のような時代があったのですね…。
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WAR AND PEACE

2024-05-02 23:18:06 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「坂本龍一 WAR AND PEACE  教授が遺した言葉たち」を見てきました(上映は既に終了しています)。

この映画はTBSドキュメンタリー映画祭2024で上映されました。映画では教授が社会発信を強めていく過程をTBSに残る秘蔵映像で追っています(以下、ネタバレします)。

教授は新宿高校時代に学生運動の経験があったようですが、90年代くらいまでは表立って社会的な活動をすることはなかったと思います。教授は2000年にTBSの企画でモザンビークの地雷除去の現場に行き、その体験から「ZERO LANDMINE」をリリース、収益を地雷除去の費用にあてることになりました。このCD、当時買いましたね…。映画では教授が現地の人に「人はなぜ、戦争をするのだと思いますか?」と問いかけるシーンも。2001年の同時多発テロなどを受けて「WAR & PEACE」を作曲。このプロジェクトでは日本各地から「戦争をどう思うか」というアンケートを募集していますが、その答えに真剣に反応している教授の姿が印象的でした。そして、教授には戦争している人々が美しい音楽を聴いて、戦争を思いとどまってくれれば…という思いがあったようです。2011年には東日本大震災で被害を受けた現地を訪問、後に東北ユースオーケストラを設立しています。

音楽家は政治に口出しすべきではないという意見もありますが、この映画からは、教授がやむにやまれずに活動した、ということが伝わってきます。今ここで声をあげなければ…そして、届く言葉を探さなければ、と。教授は元々音楽の政治利用を好まない人でした。音楽家が政治に口出ししないですむような世の中になれば…それが教授の本当の願いだったのだろうと思います。

音楽家はなぜ、社会発信を強めていったのか…以前は音楽の世界で功成り名遂げた人が、今度は社会に向けて活動を始めたと思っていましたが、この映画を見て、2000年頃から世界自体が変容を始めたということなのでは、と思いはじめました。音楽家は炭鉱のカナリアのようなもの…という言葉をどこかで読んだ記憶があるのですが、そういうことなのかもしれません。音楽を楽しむにはやはり平和が必要…そう思えば、教授の行動は腑に落ちます。教授が東北ユースオーケストラのメンバーに言い遺した「毎日毎日音楽を楽しむことを忘れないでください」という言葉が、すべてを物語っているのかも…。

全体的にシリアスな映画でしたが、ほっこりする場面もありました。教授がアフリカで研究をしている環境学者(美人!)に会いに行くシーンです。教授がアフリカの象に戦メリを聴かせると、なんと象が足を止めて聴き入っているのです。それこそ映画のようなファンタジックな光景でした。象さんも戦メリ好きなんですね…。
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坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア

2024-05-01 23:28:53 | 美術
NTTインターコミュニケーション・センターで「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」を見てきました(展示は既に終了しています)。

開館以前から教授と関わりの深かったICCでのトリビュート展です。この展覧会はライゾマティクスの真鍋大度氏を共同キュレーターとして迎え、未来に向けた坂本龍一像を提示するとしていました。展示は坂本龍一+真鍋大度「センシング・ストリームズ2023-不可視,不可聴」から始まります。これは通常は知覚できない電磁波を映像したという作品。ストレンジループ・スタジオの「レゾナント・エコーズ」は教授の“Before long”をヴィジュアライズしています。この曲、好きだったんだよなぁ…。真鍋大度+ライゾマティクス+カイル・マクドナルド「Generative MV」は,観客の入力したテキストに応じて背景が変化するミュージック・ヴィデオで、AIが背景のエフェクトを生成している…ようなのですが、“Perspective”を奏でる教授の映像を見ていると何だか泣けそうになってきました…なんて美しいピアノなんだろうと。毛利悠子「そよぎまたはエコー」は「札幌国際芸術祭 2017」で発表された作品を再構成したものです。グランドピアノが教授がこの作品のために提供した曲を自動演奏しています。まるで教授がそこにいるみたいに…。教授とアルヴァ・ノトのライブの映像も。ダムタイプと教授による「Playback2022」はアナログ・レコードを使ったサウンド・インスタレーション作品で、教授のディレクションによる世界各地のフィールド・レコーディング音源で構成されています。各地の音に関するコメントが面白くて、ついつい見入ってしまいました。高谷史郎「Piano20110311」は東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の高校のピアノを撮影した作品。修復不能となったこのピアノを教授は「自然によって調律されたピアノ」ととらえていました。李禹煥「遥かなるサウンド」は教授の「12」のジャケットに描かれていた作品。「祈り」は教授の快癒を祈って描かれたものですが、見ているとこちらまでエネルギーをもらえそうです。そして、各界の人々による教授へのメッセージが…ローリー・アンダーソンのコメントが素敵だったなぁ…。

そんなわけで、教授をしみじみと偲んでまいりました。会場には思いのほか若い方たちがたくさん来ていたのも嬉しかったです。教授が遺したものが伝わっていくといいなぁ…。教授が亡くなってはや一年経ちますが、教授が遺したものの気配がそこかしこに漂っているようです…音の消え際がひときわ美しかった教授のピアノのように…。
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瞳をとじて/遺言 奇妙な戦争

2024-04-30 00:18:01 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「瞳をとじて」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

ビクトル・エリセ監督のなんと31年ぶりの新作です。エリセ監督の作品はすべて見ていましたが(もっともそれまで3作しか発表していませんでしたが)、まさか今になって新作が発表されるとは…と、驚きつつもいそいそと行ってまいりました(以下、ネタバレ気味です)。

と言っても、この作品はネタバレ厳禁と思われるので、あまり詳しいことは書けませんが…映画監督のミゲルが、かつて映画の撮影中に突然失踪した主演俳優であり親友でもあったフリオを探す旅に出る…というお話ですが、ミステリー的な要素もあって、169分という長さを感じさせなかったです。「ミツバチのささやき」で5歳にして主役を務めたアナ・トレントも50年ぶり(!)に登場。あの可愛らしかったお嬢ちゃんが素敵な大人の女性に…というのもなんだか嬉しかったです。

長尺の作品ですが、映画時間、とでも言いたくなるような不思議な時間が流れていて、たゆたうように身をゆだねていると、ひさびさに映画らしい映画を見たなぁ…という気すらしてきます。まなざし、という言葉が何度となく出てきますが、映画とはまなざしの芸術とも言えるのかもしれません。そして、人は誰もが誰かのまなざしの中で生きています…。また、生きること、老いることについての映画でもありました。老いることについて「希望も恐れも、抱かないことだ」というセリフもありましたね…。

おそらく観る人によって賛否が分かれる作品かと思います。根底にあるのは、映画の力を信じるかということ…そういう意味ではニュー・シネマ・パラダイスに近いものがあるかもしれません。一方で、カール・ドライヤーの映画以降、映画に奇跡はなくなったというセリフも。いずれにしても、答えは観る者にゆだねられているのかもしれません…。

この日は同じ映画館でゴダールの「遺言 奇妙な戦争」を続けて見ました。文字通り、ゴダールの遺作です。映画というか、コラージュ作品のようですが、刺激的な絵、写真、映像、音、言葉のシャワー。かと思うと、突然、ぶつ切りで終わります。人生の終わりのように…。

ビクトル・エリセとジャン・リュック・ゴダール。かたや169分、かたや20分。手法から何から対照的な作品ですが、いずれも映画とは何なのか?を突きつけられる作品でした。なかなかに得難い映像体験でした…。
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スガ+森でつくった名曲の数々を、ストリングスで味わう会

2024-04-29 11:19:13 | 音楽
スガ+森でつくった名曲の数々を、ストリングスで味わう会@東京ドームシティホールに行ってきました。

と言っても、行ってからはや2ヶ月経ってしまいました。この間、当社比でめっちゃ忙しかったからですが、思い出のために書いておこうと思います。これくらい時間が経つと、細かいことは思い出せなくなり、エッセンスのようなところだけが残っていくのですが…。

歌+鍵盤+弦カルテットという異色の編成で行われたこのライブ、スガさんのライブ史上でも記憶に残るライブの一つになりました。1曲目、「アイタイ」が始まった時、この曲をオープニングにもってきたか~、と鳥肌立ちました。弦の艶やかな響きが妖艶。「これからむかえにいくよ」はこの曲、ベース抜きでやるんかい…と思わず心の中で突っ込みましたが、さすがは森さん、みごとに決めてくださいました。「愛について」は、いつもはエレピだけど今日はピアノ、こちらの響きも素敵。「木曜日、見舞いにいく」は森さんのレゲエオルガンが控えめに言って最っ高でした…そして、20数年前にこの曲の歌詞から受けた衝撃がまざまざとよみがえります。かと思うと、「気まぐれ」の歌詞の意味が今になって明かされる場面も…この曲の歌詞にはずっと違和感があったのですが、長年のもやもやがようやく晴れました。そういうことだったのか…。「夜空ノムコウ」は今野均さんのバイオリンが素晴らしく…初めて聴くような美しさを引き出してくださいました。「アストライド」もひときわ壮大に響き、「ストーリー」も弦のあやうい響きがスリリング。「坂の途中」では萩田光雄先生の思い出話も。先生のスコアが生の弦で再現されるという喜び…なんというか、滋養あふれるスープみたいな響きですよね。ラストは新曲「あなたへの手紙」。新境地を開かれたのか…最後のピアノの低音は地の底から響いてくるようでした…。

掛け合い漫才のようなスガさんと森さんのトークも楽しく、終始和やかな雰囲気のライブでした。やはりスガさんと森さんの出会いって運命だったんだ…とあらためて思いました。ミュージシャンの絆と業、をみたような気すらします。陰の立役者、今野均さんとも長いおつき合いだそうです。凄腕ミュージシャンって諸刃の剣みたいなところがあって、歌の添物になってしまっては勿体ないし、かと言って、主役である歌を食ってしまっては本末転倒。お二人ともその匙加減が本当に絶妙でした。そして、名曲とは何ぞや、についても、あらためて思いを馳せました。名曲って大木みたいなものだなぁ…と。長い時を経てもそこに立っている、そして多くの人がその下で憩うことができる…。

そんなわけで、夢のような一夜でした。何年経っても、あの時あのライブに行けてよかったなぁ…としみじみするのだろうと思います。そして、今さらながら27周年おめでとうございます…これからもひっそりと草葉の陰から応援させていただきますよ…(いや、まだ死んでないけど…)。
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悠久の青

2024-04-28 23:55:40 | 美術
郷さくら美術館で「村居正之の世界-歴史を刻む悠久の青-」を見てきました(展示は既に終了しています)。

この展覧会では村居氏が1992年から現在まで約30年もの間、制作してきた「ギリシャ・シリーズ」を紹介していました。村居氏は岩絵具の中でもとりわけ群青色に魅了され、その色づかいは「青い墨絵」と評されているそうです。何でもご自身の手で原石から絵具を精製されているのだとか…。今までに見たことのあるようなないような不思議な青。その青で描かれた世界は月光に照らされた異界のようです。「月照」は夜のパルテノン神殿の神秘的な佇まい。「耀く夜」はなんと2mmの面相筆で描かれたという大作。想像しただけで気の遠くなりそうですが、画家自身にとっても二度とやりたくないような過酷な作業だったとか。「リンドス黎明」の仄暗い青、「映」のゆらぐ青、「洸」の光る青…。「サントリーニ」「白い教会」「光」などは青と白の対比が眩しい。「アクロポリスの月」は朝焼けのような赤い空に満月。個人的にはこの作品が一番好きだったかも…。幻想的な「雨」。「メテオラタ夕映」はオレンジ色の空が鮮やか。崇高で人の気配を感じさせない感じの作品が多いのですが、「メテオラ」「灯」は人の温もりを想起させます。「リンドスの宙」は宇宙とのつながりを感じさせるようでもあり…。数千年前から今に至るまで、太陽と月は変わることなく、この風景を照らし出してきたのですね…。

この日はひさびさに子どもたちも連れてきました。もの珍しげに見入る娘、ひたすら撮影する息子。いつか子どもたちと一緒にギリシャに行ってみたいものだなぁ…と、ふと思いました。きっとあの輝くような青と白の風景が迎えてくれるのでしょう…。
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14座へ

2024-04-27 23:40:42 | 美術
日比谷図書文化館で「石川直樹:ASCENT OF 14 ―14座へ」を見てきました(展示は既に終了しています)。

このところ公私ともにかなり忙しく、実際に見に行ってからけっこうな日数が経ってしまいましたが、自分の心覚えのために書いておこうと思います。この展覧会は写真家の石川直樹さんが22年にわたって関わった14の山々の写真と、関連する書籍や記事などを併せて紹介するものでした。日比谷図書文化館ならではの展示ですよね…。ちなみに14座とはヒマラヤ山脈からカラコルム山脈にわたる14の8000m峰のことだそうです。

まずは石川さんの写真の数々に眼を奪われます。雪の白、空の青。それにしても、高山の空って、なんであんなに美しいのでしょうね…まさに天上の青です。自分などは一生、足を踏み入れることがないと思われる領域ですが、そういった地にも人々の生活はあるのです。色鮮やかな食事の写真も…。そして、14座に初登頂した人々の本も紹介されていました…驚いたことにこれらの本のすべてが日本語版になっているのですよね。文字通り頂点を極めた人々のリアクションはさまざま…感極まる人、淡々としている人。なかには頂上に着いたとたんにはよ帰りたい…みたいになっている人もいたみたいです。極地では日常動作さえままならない様子も記されていました。石川さんは彼らのようなパイオニアに比べると自身の登山は遠足にすぎない、と痛感したのだそうです。関連記事も紹介されていましたが、そのなかでも日本人女性の登山者の記事が面白かったです。シェルパに偽の頂上に連れて行かれそうになったのを見抜いて、真の頂上に辿り着いたのだとか…頼もしいかぎりです。石川さんは14座の最後の一つを目指していたところで、雪崩に遭遇し、断念されました。それで、14座へというタイトルになっているのだそうです。

不肖わたくし、登山どころか山登りの経験すらほとんどないインドア派ですが、極地を撮る写真家への憧れはあります…死と隣り合わせの世界の凄絶な美しさ。もし、生まれ変わりというものがあるのなら、世界の美しさを人々に伝える写真家にも一度はなってみたいものだなぁ、と思ったりもするのです…。
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オスカー・ピーターソン black+white

2024-04-18 00:43:20 | 映画
ヒューマントラストシネマ渋谷で「オスカー・ピーターソンblack+white」を見てきました(この映画館での上映は既に終了しています)。

ジャズピアノの巨匠、オスカー・ピーターソンのドキュメンタリーです。ジャズピアノの大御所中の大御所の姿をついに映画で見られる日が来たのか…と、いそいそと行ってまいりました。ちなみにオスカー・ピーターソン、来年で生誕100周年なのだそうです(以下、ネタバレします)。

この映画ではオスカー・ピーターソンの生い立ちから亡くなるまでを本人や家族の言葉で追って行きます。彼の音楽の影響を受けたミュージシャンも多数登場…ビリー・ジョエル、クインシー・ジョーンズ、ラムゼイ・ルイス、ハービー・ハンコック…ビリー・ジョエルは「この人は聴かないとダメだ」とまで語っています。

カナダ・モントリオール出身のオスカー・ピーターソンがピアノを始めたのは父親が彼に「ピアノを弾かせると決めていた」からでした。若い頃からテクニシャンだった彼ですが、アート・テイタムを初めて聴いた時は、ショックのあまり2か月ピアノを弾けなくなり、毎晩泣いていたのだとか…テイタムが盲目と知ってとどめを刺されたと言っていましたね。しかし、気を取り直してピアノを再開し、カナダで活躍していた彼に、ジャズの名門レーベル、ヴァーヴの創設者のノーマン・グランツが目をつけます。彼の招きにより、カーネギーホールで華々しくアメリカ・デビュー、その後も順調にキャリアを築きます。とりわけ、ベースのレイ・ブラウン、ギターのハーブ・エリスと組んだトリオが素晴らしいものでした。

世界じゅうで活躍することになるオスカー・ピーターソンですが、彼にも黒人差別は無縁ではありませんでした。彼が差別を受けた時に身を呈してかばったのは白人のノーマン・グランツでした。銃口を突きつけられても一歩もひるまない彼に警官は「黒人よりタチが悪い」と言い残してその場を立ち去ったとか。ノーマン・グランツ、男前です。そして、オスカー・ピーターソンは公民権運動に触発された「自由への賛歌」を作曲しています。一方、ツアー続きの日々に寂しさを感じていたようで、最高の演奏をしてホテルに帰って来ても四方を白い壁に囲まれているだけ…というようなことを、あの巨体をかがめて切なそうに語っていましたね。私生活では3度の離婚、4度目の結婚で幸せになったかと思いきや、68歳の時に脳梗塞で倒れます。後遺症で左手が以前のようには動かなくなっても、奇跡のカムバックを果たしますが、82歳で死去…。

ジャズピアノを学ぶ人ならばおそらく一度は通ると思われるオスカー・ピーターソン。超絶技巧もさることながら、徹底的に陽を貫いたピアノ…聴く者をハッピーにする音楽の底にある強靭なものを見たような思いがしました。あの世でも「起きたらピアノ、寝てもピアノ」な日々を送っているのでしょうか…。
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