日比谷図書文化館で「『稀書探訪』の旅」を見てきました(展覧会は既に終了しています)。
仏文学者の鹿島茂氏がANAの機内誌「翼の王国」に連載していた「稀書探訪」で採り上げた稀覯本全144冊を紹介する展覧会でした。以前、東京都庭園美術館の展覧会で鹿島コレクションは拝見しており…あの時は絵本が中心でしたが、溜息の出るような美麗な本の数々…今回はいったいどんな稀書が拝めるかしらん…と興味津々で行ってまいりました。
この展覧会、のっけから鹿島氏の紹介文に眼を奪われてしまいました。「収集家と表現者。収集のオートマティズムから生まれた「『稀書探訪』の旅」と題されたそのテクストによると、氏はなんでも収集デーモンに心身を乗っ取られており、そのデーモンが本人の意思とは関係なく氏をしてさまざまなジャンルのフランス古書を収集せしめた…のだそうです。そして、氏は私A(収集家)と私B(表現者)に分裂しており、AとBは分裂し、利害に反する行為をしながらも、最終的には「アルものを集めて、ナイものを創り出す」ということに落ち着いたのだとか。傍目には買うために書く→書くから買いたくなる、の無限ループのような気もしないのではないのですが、ご本人は破産寸前までいったということですから、洒落になりません。コレクションというのも一つの表現行為となりうるのでしょうが、それにしても収集デーモン、おそるべし…。
展覧会では挿絵本、パリの景観図、新聞、絵本、児童書、グラフィック資料など、多岐にわたる書籍や資料が展示されていました。挿絵本ではグランヴィル画の「動物たちの私生活」のシリーズがとりわけ面白く…この独特の毒はいったいどこから生まれるのでしょう…。パリの景観図は19Cのものですが、都市の記憶がこういう形で残るのだなぁ、としみじみしてしまいます。風刺新聞の中にはロートレック画のものもあり…やはりフランスはカリカチュール大国です。アール・ヌーヴォー、アール・デコ期の資料なども出ていますが、なかもデコ期のものは金額が桁違いで、これが氏にとっては躓きの石となったのだとか。ジャン・コクトー著・マルタン画の印刷会社の自社カタログがいかにもな感じで笑ってしまいそうでした。絵本・児童書では「ジャンヌ・ダルグ」が本当に素晴らしかったです。かと思うと「子どもの正しい礼儀作法」なんていうのも…古今東西、人々は子どものしつけには苦労するのですね…。グラフィック新聞・雑誌には木口木版の見事な技術が使われているものもありますが、この技術は写真の発展とともに衰えてしまったそうです。挿絵入り小説にはヴォルテール全集の挿絵集も…。今回の展示は膨大なコレクションのごく一部と思われますが、それでも頭がクラクラしてきそうな展開です。紙の上に表現された人間の知の集積を目の当たりにして、何やら粛然とした心持にすらなるようでもあり…しかし、この無限を前にして、鹿島先生とデーモンの戦いはいったいどこまで続くのか…。
さて、例によって鑑賞後はランチ、ということで、図書館近くの「シュリンプガーデン」に寄ってきました。エビラーメンをいただきましたが、パクチーなどものっていて、ちょっとエスニック風…濃厚なスープはエビのポタージュのようでもあり、美味しゅうございました。