あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

「ホームレス歌人のいた冬」 を読んで

2014-12-03 20:32:00 | 日記
ホームレス歌人:公田耕一さんの存在は、NHKの朝のラジオを聴いていて知りました。同時に、その後の消息を追い求めて書かれた 三山喬著 文春文庫 「ホームレス歌人のいた冬」という本があることを知り、さっそく購入して読んでみました。読後の余韻が今でも心に残るほど、深い感動を覚えました。

○(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ 
  ※柔らかい時計は、スペインの画家ダリの代表作『記憶の固執』に描かれたモチーフであり、作者の住所欄には「ホームレス」と紹介されていました。

上記の歌が、公田さんが、朝日新聞の歌壇に初投稿し、初入選した作品です。掲載されたのは2008年12月。以来2009年9月までの間に、公田さんの歌は28首が入選作となりました。

○瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる

しかし、上記の歌を最後に公田さんの投稿は終わり、歌壇から姿を消してしまいます。著者の三山さんの言葉を借りれば、あの浮世絵師:東洲斎写楽のように、わずかの期間に忽然と登場し消息を絶った歌人でもあったのです。

入選作として新聞に掲載された公田さんの歌の中から印象に残るものを次に紹介します。
○鍵持たぬ生活に慣れ歳を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか
○パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる
○日産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る
○親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす
○哀しきは寿町と言ふ地名長者町さへ隣りにはあり
○百均の「赤いきつね」と迷ひつつ月曜だけ買ふ朝日新聞
○美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻
※唄は、1951年、フランスのシャンソン歌手グレコが歌った「美しき星の下に」
○胸を病み医療保護受けドヤ街の柩のような一室に居る
○名も知らぬブラジル人のその後を想ひて今朝の寒さに耐へる 
○我が上は語らぬ汝の上訊かぬ梅の香に充つ夜の公園
○温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る

掲載された歌の反響は大きく、公田さんのホームレスという境遇を気遣う 読者からの投稿作品も数多く見られるようになったそうです。それだけホームレス歌人の登場は強烈なインパクトを与え、読者は次の作品の登場を心待ちにするようになりました。
○生きていれば詠めるペンあれば書けることを教えてくれるホームレス公田氏
○寒くないかい淋しくないかい歌壇でしか会えぬあなたのしばしの不在

アメリカで殺人事件の終身犯として刑務所に収監されている 郷隼人氏もこんな歌を寄せています。
○囚人の己が〈(ホームレス)公田〉想いつつ食むHOTMEAL

 三山さんは、取材を通して 公田さんの暮らしていたであろう ドヤ街の生活を体感し、そこで多くのホームレスの方やその支援に当たる人々と出会います。その中で公田さんと同じようにホームレスという境遇に在りながら、歌や俳句・詩を通して自分の思いを表現する人々がいることを知ります。また、読み書きのできない人々のために識字教育の場をつくり、その指導に半生を捧げた大沢敏郎氏の存在を知ります。さらには、獄中歌人:郷隼人氏に対して手紙を介して取材を依頼し、歌を詠むことの意味や公田氏の歌に込めた思いを尋ねます。

公田さんがなぜ歌を詠み投稿するようになったのか、三山さんは次のように述べています。
「~人は絶望的な苦境に立たされると、心に蓋をしがちになる。だがそれは、希望をも遠ざけてしまう自己防衛である。それでも、もし傍らに“表現”という自己確認の手立てがあれば……。そうした行為がもしあれば、極寒の路上でも孤独な独房でも、人は自分自身のまま生きてゆくことができるのではないか。私はこの探索から、そのことを学んだ。~」

言葉を通して表現することが、自分と向き合い、生きるという土俵から決して逃げないという姿勢を貫くことでもあったのだと私も思いました。大沢先生が、識字教育に半生を捧げたのも、生徒さん達が、文字を獲得し表現する力を得ることで自分のこれまでの人生と真摯に向き合い、生きることの意味を自己確認する人間的な姿を見続けてきたからなのではないかと思いました。

公田さんの消息はつかめなかったわけですが、投稿はやめても、きっと公田さんは表現者として歌を詠み続けているような気がします。表現することを通して、今でも自分の生と真摯に向き合っているように思えるのです。

 寒さが一段と厳しくなるこれからは、ホームレスの方々にとってはさらに過酷な日々なのではないかと思います。どんな立場や境遇にあっても、かけがえのない命が大切にされその灯が消えることのない社会であり世の中であってほしい と心から願います。

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