日々犠牲者が増え続けるウクライナ情勢を目にするたび、一日も早い戦争の終結を祈るばかりです。
春の到来を告げる桜の花が咲き始めても、どこかその美しさを心から味わえない気持ちになりがちです。
そんな晴れない思いのまま新聞を読んでいて、目に留まった詩と写真がありました。
詩は、4月5日付の朝日新聞に掲載されたものです。
ロシアによる侵攻が続くウクライナの障害者への祈りを込め、日本から発信された詩です。
作者は、日本障害者協議会代表で、視覚障害のある藤井克徳さんです。
連帯と祈り
ウクライナの障害のある同胞(はらから)へ
(NPO法人日本障害者協議会)
ふじいかつのり
戦争は、障害者を邪魔ものにする
戦争は、障害者を置き去りする
戦争は、優生思想をかきたてる
大量の障害者をつくりだす最大の悪、
それが戦争
朝一番のニュースを恐る恐る
キエフの包囲網がまた狭まった
教会も文化財も悲鳴をあげて崩れ落ちる
禁じ手が反古(ほご)にされ
原子力発電所から火の手
殺し合いではなく話し合いを
侵攻ではなく停戦を
停戦ではなく平和を
青い空と黄色の豊作に似合うのは平和
私たちは祈ります
西北西の方角をじっとみつめながら
心の中から希望が切り離されないように
とにかく生き延びてほしい
戦争は、障害者をたちどころに重くする
戦争は、障害者の尊厳を軽々と奪い去る
戦争は、障害者の明日を真っ黒に塗りたくる
早いうちに、否、この瞬間におわらせなければ
もう一度くり返す
とにかく生き延びてほしい
たとえ、食べ物を盗んでも
たとえ、敵兵に救いを乞うてでも
遠い遠い、でも魂はすぐ傍(そば)の日本より
藤井さんは、「苦境にあるだろう障害者を思うと心が痛み、いてもたってもいられず、できることはないかと考えました。障害者の立場から声を上げ、とにかく自分の身を守ってほしいと伝えようと思った。」とのことです。
この詩を読んだ「ウクライナ障害者国民会議」のラリーサ・バイダさんは、「…詩は、日本の障害者が私たちの痛みを感じ、寄り添ってくれていることをはっきりわからせてくれました。」と語ったそうです。
戦争という状況下での障害者の方々は、健常者の方以上にさまざまな苦労や辛さを抱えていることと思います。同じ障害者として、藤井さんはその痛みを体験し理解しているからこそ、いてもたってもいられず、その思いを詩に込めたのだと思います。「心の中から希望が切り離されないように とにかく生き延びてほしい」という藤井さんの切なる思いと願いとが、ひしひしと心に伝わってきました。
写真は、4月12日付の朝日新聞の一面に掲載された写真です。
写真の説明には、「涙を流しながら、破壊された建物の前を歩く女性」と書かれ、破壊尽くされた町の中を年老いた女性が泣きながら自転車を引いている姿が写っていました。その後ろにはその女性によりそうように歩く辛い表情の男性の姿がありました。息子さんでしょうか、ご主人でしょうか。
その女性とって、かって そこは、家族やたくさんの親しい人々と過ごしてこられた忘れることのできない思い出の地であるとともに心安らぐ故郷でもあったことと思います。それがすべて破壊し尽くされ残骸だけの廃墟となってしまい、こらえきれない悲しみがあふれてきたのではないでしょうか。破壊されたのは目に見える建物だけではなく、これまでの人生を通して大切に育んでこられたすべてのものが一切消え去ってしまったかのような印象を受けたのではないでしょうか。戦火の中で、家族や親しい方が亡くなったのかもしれません。
戦争が、一人の女性がその人生を通して積み上げ大切につくり育ててきたものを奪い去ってしまったのです。
報道される死者の一人一人にもそれまで歩んでこられた人生があり、今戦火の中で懸命に生きておられる一人一人にもそれぞれの人生があります。戦争は、その人生の先を歩むことを阻み、それぞれが人生を通して大切に育んできたものを跡形もなく破壊してしまうのだと思います。
悲しみが新たな悲しみを生み、流された涙が新たな涙をあふれさせる戦争。
今戦火の中にいる人々が、その人生を終わらせることなく、藤井さんが願っているように
「心の中から希望が切り離されないように とにかく生き延びてほしい」と、強く願います。
そして ウクライナに一日も早く平和な日が訪れますように! と願わずにはいられません。
春の到来を告げる桜の花が咲き始めても、どこかその美しさを心から味わえない気持ちになりがちです。
そんな晴れない思いのまま新聞を読んでいて、目に留まった詩と写真がありました。
詩は、4月5日付の朝日新聞に掲載されたものです。
ロシアによる侵攻が続くウクライナの障害者への祈りを込め、日本から発信された詩です。
作者は、日本障害者協議会代表で、視覚障害のある藤井克徳さんです。
連帯と祈り
ウクライナの障害のある同胞(はらから)へ
(NPO法人日本障害者協議会)
ふじいかつのり
戦争は、障害者を邪魔ものにする
戦争は、障害者を置き去りする
戦争は、優生思想をかきたてる
大量の障害者をつくりだす最大の悪、
それが戦争
朝一番のニュースを恐る恐る
キエフの包囲網がまた狭まった
教会も文化財も悲鳴をあげて崩れ落ちる
禁じ手が反古(ほご)にされ
原子力発電所から火の手
殺し合いではなく話し合いを
侵攻ではなく停戦を
停戦ではなく平和を
青い空と黄色の豊作に似合うのは平和
私たちは祈ります
西北西の方角をじっとみつめながら
心の中から希望が切り離されないように
とにかく生き延びてほしい
戦争は、障害者をたちどころに重くする
戦争は、障害者の尊厳を軽々と奪い去る
戦争は、障害者の明日を真っ黒に塗りたくる
早いうちに、否、この瞬間におわらせなければ
もう一度くり返す
とにかく生き延びてほしい
たとえ、食べ物を盗んでも
たとえ、敵兵に救いを乞うてでも
遠い遠い、でも魂はすぐ傍(そば)の日本より
藤井さんは、「苦境にあるだろう障害者を思うと心が痛み、いてもたってもいられず、できることはないかと考えました。障害者の立場から声を上げ、とにかく自分の身を守ってほしいと伝えようと思った。」とのことです。
この詩を読んだ「ウクライナ障害者国民会議」のラリーサ・バイダさんは、「…詩は、日本の障害者が私たちの痛みを感じ、寄り添ってくれていることをはっきりわからせてくれました。」と語ったそうです。
戦争という状況下での障害者の方々は、健常者の方以上にさまざまな苦労や辛さを抱えていることと思います。同じ障害者として、藤井さんはその痛みを体験し理解しているからこそ、いてもたってもいられず、その思いを詩に込めたのだと思います。「心の中から希望が切り離されないように とにかく生き延びてほしい」という藤井さんの切なる思いと願いとが、ひしひしと心に伝わってきました。
写真は、4月12日付の朝日新聞の一面に掲載された写真です。
写真の説明には、「涙を流しながら、破壊された建物の前を歩く女性」と書かれ、破壊尽くされた町の中を年老いた女性が泣きながら自転車を引いている姿が写っていました。その後ろにはその女性によりそうように歩く辛い表情の男性の姿がありました。息子さんでしょうか、ご主人でしょうか。
その女性とって、かって そこは、家族やたくさんの親しい人々と過ごしてこられた忘れることのできない思い出の地であるとともに心安らぐ故郷でもあったことと思います。それがすべて破壊し尽くされ残骸だけの廃墟となってしまい、こらえきれない悲しみがあふれてきたのではないでしょうか。破壊されたのは目に見える建物だけではなく、これまでの人生を通して大切に育んでこられたすべてのものが一切消え去ってしまったかのような印象を受けたのではないでしょうか。戦火の中で、家族や親しい方が亡くなったのかもしれません。
戦争が、一人の女性がその人生を通して積み上げ大切につくり育ててきたものを奪い去ってしまったのです。
報道される死者の一人一人にもそれまで歩んでこられた人生があり、今戦火の中で懸命に生きておられる一人一人にもそれぞれの人生があります。戦争は、その人生の先を歩むことを阻み、それぞれが人生を通して大切に育んできたものを跡形もなく破壊してしまうのだと思います。
悲しみが新たな悲しみを生み、流された涙が新たな涙をあふれさせる戦争。
今戦火の中にいる人々が、その人生を終わらせることなく、藤井さんが願っているように
「心の中から希望が切り離されないように とにかく生き延びてほしい」と、強く願います。
そして ウクライナに一日も早く平和な日が訪れますように! と願わずにはいられません。