あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

小説「慈雨」を読んで

2019-06-08 10:21:03 | 日記
〇「慈雨」 神月 裕子 著  集英社文庫
「慈雨」とは、手元の辞書によると【ほどよく うるおいをもたらす雨】のこと。
警察官を退職して四国遍路の旅に出た 主人公神場と妻の香代子との間にあった心の隙間を
埋めるように降る『うるおいの雨』。最後の場面で「慈雨」が二人を包み込みます。
映画の最後のシーンのような 心に残る場面です。

 神場は、16年前に起こった「少女誘拐殺害事件」の捜査を担当していたのですが、容疑者
逮捕の過程で、悔恨の思いを抱え込んでいました。刑事として、人間としての良心が、それで
よかったのかと問いかける心の葛藤でもありました。
 16年後に同様な事件が起こることで、神場は 改めて かっての悔恨の思いと正面から
向き合うことになります。
 妻と遍路の旅を続けながら、妻がこれまで抱えてきた思い、養女として育てた娘への思い、
旅先で出会った人々の思いとも向き合います。
 そして、後輩の刑事や16年前の苦渋を共に味わうことになった同僚との関わりを通しなが
ら、二つの事件の真相を追究していくことになります。

 真相を明らかにすることは、神場にとって 自分の悔恨や当時の警察の不手際を白日のもと
にさらすことになるのですが、同時にそれは自分の心の闇を払しょくすることでもありました。
 そういった神場の姿を通して、後輩刑事は 生涯、被害者や遺族の心によりそう刑事で在り
続けることを誓います。

 事件の真相も印象的ですが、主人公や妻の心の動きが丁寧に描かれ、登場人物一人一人に、
リアルな存在感を感じます。
 そういった描き方が、夫婦としての信頼関係を取り戻す 最後の感動的な場面に結びついて
いるようにも感じます。