対話

今朝たきぎを伐っていたら、マスキーが足元にまとわりついて離れなかった。

家の周りで仕事をしていると、猫たちが擦り寄ってくることはよくある。そんな時には少しだけ手を休めて、頭や背中を撫でたりしてから放してやると、ああ、今日も忙しいんだな、と思って諦めてくれる。けれど今朝のマスキーは少し違った。
いつまでもそばを離れない。すぐそばで燃やしている火や煙も怖れない。いつもはこんな風には彼女は甘えないのに、おかしいな。これでは危なくて鉈を振るえない。いったいどうしたのだろう。
わが家の猫がこんな行動をとる時には、決まってなにか「つたえたいこと」があるものだ。

どこか具合が悪いのだろうか。指に棘でも刺さってるのか。耳が痒いのか、またはダニをとってくれと言ってるのか・・・でもどれもそうではなさそうだ。では何なのか？
既に無理やり私の膝を占拠してしまった彼女の頭を撫でながら、私は思った。ああこんな時にもっとはっきりと彼らの「思い」をわかってやれたらいいのにな・・・

ふと、あ、もしかしたらわかれるかもしれない、と思った。

横になったり瞑想をしたりする時に、自分の体の声が聞こえる時がある。じっと思いを「体内」に凝らすと、血液の流れ、気の流れ、疲れた筋肉、痛んだ関節などがそれぞれの状態を教えてくれる。面白いことに私の場合、それと同じような感覚が本を読んでいる時にしたりすることもある。（それもなぜか難しい本を読んでいる時に・・・）
仏教には、精神を一点に集中してそのものの本質を探ろうとする修行法があるそうだ。自分の体や心に焦点を当てればそれによって、「無常」を悟ったり本当の自己に気づいたりするという。では外界のものに集中すればどうなるだろう。例えば猫に、犬に、石ころに・・・

なるほど、それならばそのようにして、私も彼ら猫たちの体調や思いを察することができるのかもしれない。それは神通力でもなんでもなくて、ただ私たちの誰もが日頃大なり小なり行っている、自分自身の体を察知する感性と基本的には同じ能力だ。それをもっと鋭くして深めていけば、やがては猫や鳥たち、自分の愛する人たちの思いを手に取ることができるのではないだろうか。

ふと、傍らの燃える火を見た。

「かまどの神」というのがある。それは神話や伝承として世界中に形を変えて残されている。
もちろん日本にも、新大陸のインディアンや中央アジアの古代アーリア人にもその伝えはあった。祭事の時に焚く「護摩」も、元々の起源は同じ神だと言う人もいる。それから西欧に伝わるシンデレラの話でも、継母に苛められた少女はいつもかまどのそばで灰にまみれていた。
きっと「かまど」には何かがある。いや、そこで燃やされる「火」にあるのかもしれない。かつて「生命」であった木はそこで燃やされて元素に還る。その有機質から無機質への転換は、光合成や植物の行う生の営みの抗いがたい終着駅である。
だから私たちが「火」を見る時には、そこにはこの世を動かすダイナミックな「変成」の現場があるということだ。そこでは私たちが野菜や鶏を食べて血肉に変えるという単純な方式を飛び越えた、根本的な物質の転換が行われている。

だから「集中」と同じ方法でもし「火」の本質を訪ね当てることができたならば、きっとそこには私たちにとってとても大切なものが見出されるに違いない。古今東西の共通した言い伝えがそれを語っている。表層の裏側に存在する見えがたい真実。それに気づく感性を持った人間が、巫女であり霊能者であり、預言者なのだろう。でもその能力の本質は決して特殊なものではなくて、私たち誰もがそれを常用している、ありふれた感性と基本的には同じものなのだ。それをもっともっと、彼らは鋭く練磨したに過ぎない。

そうだな、私もお前たちと対話するために、もっと集中力を高める修行をしてみようかな。そうすればこの暮らしは更に楽しいものになるだろうし、私たちみんな、今より幸せになれるかもしれない。
マスキーはこの春３歳になった。これから修行してお前たちと更に複雑な会話ができるようになる日まで、お前ならばきっと、生きててくれるだろうね。



【写真はマスキー。対話するなら餌をくれ！・・・なのかも・・・】