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ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

オルフォイスへのソネット第二部・2

2009-12-27 16:59:25 | Poem
とっさに手近な紙が時として
画家からその真実の筆触を
かすめ取るように、鏡もしばしば
少女らの聖らかで 無比の微笑をその内部に引きいれる、

彼女らがひとりで朝を試すとき――
または 付き添う燈火の輝きのうちにあるときに。
けれども実の顔の呼吸のなかへは、
そのあと、ひとつの反映が映るばかり。

かつて眼は暖炉の火がすすけ 長いあいだかかって
消えてゆくなかに、何を観たことか――
生の眼指し 永久に失われたものよ。

ああ 大地の、その喪失をだれが知っていよう?
にもかかわらず称賛の声をあげる者だけだ、
全体のなかへと生まれた心、それを彼は歌うだろう。

 (田口義弘訳)


 束の間の事柄の一回限りの表情を写し取るために、画家(ロダンか?)や詩人たちが整えられたものを用意するいとますらない時に、そこにたまたま置かれていた紙と鉛筆などが、急をしのぐ道具として使われることは、よくあることだ。
 それは、鏡が、朝のひかり、夕べの灯りのなかに写しとる聖なる少女の表情が一瞬のものである時によく似ている。


けれども実の顔の呼吸のなかへは、
そのあと、ひとつの反映が映るばかり。



 この「呼吸」という言葉は、リルケの詩によく表れるものの1つだが、それは「連続する現実性」と言えばいいのだろうか?鏡に映る少女の姿も、その時々の偶然の表情が、繰り返し映るということではないだろうか?

 3連は暖炉の火が消えてゆく様子と、それを見つめている眼指し・・・・・・そこに「無常」と「喪失」を見たとしても、第1連に立ち戻って、また新たな息を吹き返すと考えてもいいだろう。


にもかかわらず称賛の声をあげる者だけだ、
全体のなかへと生まれた心、それを彼は歌うだろう。



 ここで歌うのは、もちろん「オルフォイス」であろう。地上の創作者たちは、たくさんのものの瞬間の美しさを取りにがしながら生きているとしても、彼は歌ってくれるだろう。地上の「無常」と「喪失」はこうして救われる。

ジュール・シュペルヴィエル  二編

2009-12-14 01:59:22 | Poem
 この詩人との出会いはそれほど昔のことではない。突然に出会ったのだ。そこで釘付けになってしまった2編です。ある詩人たちの勉強会(?)に、参考資料として用意したものですが、そのまま眠らせるのはもったいないなぁと思いまして、ここに掲載します。


動作      安藤元雄訳

その馬はうしろを振り向いて
誰もまだ見たことのないものを見た。
それからユーカリの木の陰で
牧草をまた食べ続けた。

それは人間でもなく樹でもなく
また牝馬でもなかったのだ。
葉むらの上にざわめいた
風のなごりでもなかったのだ。

それは もう一頭の或る馬が、
二万世紀もの昔のこと、
不意にうしろを振り向いた
ちょうどそのときに見たものだった。

そうしてそれはもはや誰ひとり
人間も 馬も 魚も 昆虫も
二度と見ないに違いないものだった。大地が
腕も 脚も 首も欠け落ちた
彫像の残骸にすぎなくなるときまで。

・・・・・・詩集「万有引力・一九二五年」より。リルケの賞賛を受ける。


 
灰色の支那の牛が・・・・・・   堀口大学訳

灰色の支那の牛が
家畜小屋に寝ころんで
背のびをする
するとこの同じ瞬間に
ウルグヮイの牛が
誰か動いたかと思って
ふりかえって後(うしろ)を見る。
この双方の牛の上を
昼となく夜となく
翔びつづけ
音も立たてずに
地球のまわりを廻り
しかもいつになっても
とどまりもしなければ
とまりもしない鳥が飛ぶ。

・・・・・・詩集「無実の囚人・一九三〇年」より。

  *   *   *

 シュペルヴィエルは、一八八四年ウルグアイのモンテヴィデオに生まれる。両親は南仏ピレネー地方の出身だがウルグアイに移民、裕福な一族に属していた。しかし一歳を迎える前、ピレネーに帰郷した折りに両親とも不慮の中毒で急死。以後フランスの祖母のもとで育つ。

 フランスとウルグアイ両方の国籍を持っており、生涯にわたって両国を往復して一つの国にとらわれない複眼的な視点を養った。創作活動は一貫してフランス語で行っている。以下、簡略な略歴を。

一八九四年(一〇歳) パリのジャンソン=ド=サイイ中学に入学。

一九〇二年(一八歳) パリ大学文学部在籍。法学部聴講。兵役に従事。

一九〇七年(二十三歳) モテヴィデオでピラール・サーヴェドラと結婚。この年から南米に長く滞在し、チリに旅行。また一年間奥地の農場で過ごす。三男三女が次々に生まれる。(上記の二篇はこの時期に書かれたものか?)

一九一四年(三十歳) 第一次大戦、動員される。郵便の検閲に従事。高名な女性スパイ「マタ=ハリ」逮捕のきっかけをつくった。

一九一九年(三十五歳) 大戦が終わり、軍曹で除隊。パリ十六区ランヌ街の自宅に戻り、以後長くここに住む。これ以後は執筆活動に。詩、小説、戯曲などなど。(中略)

一九六〇年(七十六歳) 「ヌーヴェル・リテレール」紙の推挙により、「ポール・フォール」の後継者として「詩王」位を贈られる。五月パリの自宅で死去。
この「詩王」の実態はまだわかりません。想像するにフランスの出版界が決める詩人への称号ではないだろうか?

  *   *   *

 この2編の詩に共通することは「永遠」と「瞬間」という「時間」ではないだろうか?そしてそれは「人間」ではなく(いや、人間も含まれているのか?)、素朴な生き物の「馬」や「牛」の何気ない「うしろを振りかえる。」という行為が、時間軸となっているのだ。壮大な詩に出会ったという思いが深い。

オルフォイスへのソネット第一部・26

2009-12-07 01:46:32 | Poem
  



しかし神々しい存在よ、最後にいたるまでも鳴り響く者よ、
しりぞけられたマイナデスの群れに襲われたとき、
彼女らの叫喚に秩序をもって響きまさったうるわしい存在よ、
打ち毀す者たちのさなかから あなたの心高める音楽が立ち昇ったのだ。

あなたの頭と竪琴を打ち毀すことのできる者はいなかった、
いかに騒ぎ 足掻こうとも。 そして彼女らが
あなたの心臓をねらって投げつけた鋭い石はみな
あなたに触れると 柔らいでそして聴く力を授かった。

ついに彼女らはあなたを打ち砕いてしまった、復讐の念にいきりたち。
しかしそれでもあなたの響きは 獅子や岩のなかに、
樹々や鳥たちのなかに留まった。そこでいまなおあなたは歌っている。

おお 失われた神!無限の痕跡よ!
敵意がついにあなたを引き裂いて 偏在させたからこそ、
私たちはいま 聴く者であり、自然のひとつの口なのだ。

 (田口義弘訳)


 このソネットが第一部の最後となる。ふたたびここで、歌う神「オルフォイス」が呼び出される。「オルフォイス」は巫女たち「マイナデス=マイナスの複数」によって殺される状況が書かれています。「マイナデス」とは酒神「ディオニューソス」によって「忘我の境に入り、狂気に浮かされ、蔦、樫、樅の葉の頭飾りをつけ、身には豹その他の動物の皮をまとい、大木を引き抜き、猛獣を殺し、生肉を食らい、あらゆる物事の判断を忘れて狂いまわる」女たちです。

 「オルフォイス」は、この「マイナデス」によって八つ裂きにされるのですが、その「オルフォイス」のすべてが歌い出すのでした。第一部全体の終わりにリルケは「オルフォイス」があらゆる歌の源泉になるに至った出来事をふたたびわたくしたちに思い出させようとしているようです。さらに「第二部・26」においても、とても似た詩行が見られます。


笑いの縁を震わせて。――叫ぶ者たちを秩序に引きいれよ、
歌う神!さわだちつつ 彼らが目覚め、
水流となってあなたの頭と竪琴をになうよう。


  *   *   *


 田口義弘の「註解・補注」のなかに興味深い話が書かれています。妻の「オイリュディケ」を冥府から地上に連れ帰る時に「オルフォイス」が約束させられたことは「ふりかえってはいけない。」というのが通常の筋書きです。しかしグルックスのオペラ「オルフォイスとオイリュディケ」のなかでは、妻は「何故、ふりかえって私の姿を見ようとしないのか?」と執拗にたずねるシーンがあるそうです。これによって劇的緊張が高まる効果を出しているのでしょうか?


《付記》

 第一部の終わったところで、しばらくこのソネットの解釈はお休みいたします。これから年末のさまざまな雑用に突入します。長い間のお目汚しではありましたが、ではまた。。。

オルフォイスへのソネット第一部・25

2009-12-06 02:14:05 | Poem
しかしおまえを 名を知らぬ花のように
私が知っていたおまえを、今この心に
もういちど呼び起こし 彼らに示そう、うばい去られた少女よ、
うち克ちえぬ叫びの美しい遊び友だちよ。

はじめは踊り子、けれどもふとその肢体にためらいをたたえて、
彼女は立ちどまった、その若さが青銅の像に鋳られてゆくかのように、
悲しみそして耳を澄ませつつ――。するとあの力ある高き者らの所から
音楽が落ちてきたのだ、変化した彼女の心のなかに。

病が近づいていた。すでに影たちに領有されて、
血は暗くせきたてられ、しかし疑念をつかのまのことのようにみせ、
みずからの本然の春のなかへ湧きあがった。

たびかさね冥暗と崩落に中断されつつ、
それはこの地上の光に赫いた。ついに恐ろしい連打のあげく、
あの慰めなく開いた門をくぐってゆくときまで。

 (田口義弘訳)


 この「オルフォイスへのソネット」そのものが、「ヴェーラ・アウカマ・クノープのための墓碑として書かれる」と副題として明記されてあります。特にこの「第一部・25」は、その少女「ヴェーラ」の思い出のために書かれています。「ヴェーラ」は舞踏を学び、才能ある美しい少女でした。しかし病魔に襲われて「舞踏」をあきらめ、「舞踏」から「音楽」へ、さらに「絵画」へと果敢に生きて・・・・・・しかし19歳で夭逝しました。1説によれば、その病魔とは、リルケと同じく「白血病」だったようです。この病は長く苦しみに満ちたもののようです。

 リルケが「ヴェーラ」に会ったのは、彼女が子供だった頃に数回会っただけの関係で、その後の「ヴェーラ」のいきさつはすべて母親の「ゲルトルート」から送られた手記から知ったことになります。

 「ヴェーラ」が「舞踏」から「音楽」へと移行したということは、彼女は踊ることから聴くことの新しい意味を見出したことになります。「ヴェーラ」に音楽が落ちてきたということですね。誰から?それは「オルフォイス」でせう。

 キリストもそうであったように、「オルフォイス」の死も、ひときわ激しい事件としての死であり、それゆえに今なお生きています。「ヴェーラ」の死もまるでリルケの死の予兆のように訪れたのではないのか?

オルフォイスへのソネット第一部・20

2009-12-03 20:19:44 | Poem
しかし主よ、おお 告げたまえ、何をあなたに捧げよう、
もろもろの存在に聴くことを教えられたあなたに?――
ある春の日の追憶、
ロシアでのあの夕方のこと――1頭の馬・・・・・

向こうの村からその白馬はひとり駆けてきた。
前脚の枷に杭を引きずって
夜をひとり草地で過ごすため。
粗野な杭にその疾駆の勢いをそがれながら、

かれの陽気な躍動の拍子につれて、
縮れたたてがみの波がなんと項を打っていたことか。
駿馬の血の泉がなんと踊躍していたことか!

馬は悠遠を感じていた、そうなのだ!
かれは歌いかつ聴いていた、あなたの伝説の環は
かれの内部で結ばれていた。

             この馬の姿――それを私は捧げよう。


 (田口義弘訳)


 ここに書かれた「ロシア」という土地名でわかるように、リルケが「ルウ・アンドレアス・ザロメ」と共に、春の夕方にヴォルガ河畔の草原にて、この馬を観ていたのです。のちに「ザロメ」への手紙のなかに「ぼくは、あの馬をオルフォイスへの捧げものとした。」と書いています。しかし「ザロメ」の回想録のなかでは「2頭の馬」と記されているのでした。「事実」と「詩」との関係性までが、ここに浮き彫りにされたのです。リルケの「詩」は嘘を書いたのではなくて、1頭の馬に2頭の馬の要素を統一させたということでしょう。

 このソネットは具象的(あるいは写実的)な表現を取り戻しているように思えます。さらにこの白馬は、人間による拘束としての「杭」を前脚に引きずりながらも、自由な存在として疾走しています。

 さらに「オルフォイス」は殺されて身を分たれたのちに、地上のもろもろの存在のなかに「歌」として宿ったのだとすれば、その存在(ここでは白馬)によって、「オルフォイス」の歌が歌われるとき、そこに神話と地上のものたちとの、永遠とも言える繰り返しが続いてゆくのだろうと思えます。

オルフォイスへのソネット第一部・19

2009-12-01 23:12:44 | Poem

世界は雲の姿にも似て
すばやく変化しようとも、
すべての完成された存在は
最古のものに帰属する。

変化と変遷を超え
さらに悠遠に さらに自由に
なおもあなたの始原の歌は生き続ける、
竪琴をもつ神よ。

苦悩は知られていない。
愛は学び取られていない、
そして死において私たちを遠ざけるものは

ヴェールを除かれていない。
ただ平原のうえを流れる歌のみが
聖化し そして賛美する。

 (田口義弘訳)


 人間の内面は取替えのきかないものばかりだ。どのように時代が変化し、文明のみが進化や進歩を遂げたとしても。「愛は学び取られていない」というわけだ。そして美しい音楽や言葉は、必ず「最古のものに帰属する」ということでしょう。リルケの詩のなかにこのような1節があります。


失うというのも私たちのものであり、忘却でさえ
変容における持続の国でなおも形姿をもっているからだ


 このソネット全体が、「変容における持続の国」ではないか?そして「オルフォイス」への賞賛は続くのだった。これはすでに「神」への呼びかけに近い。

オルフォイスへのソネット第一部・17

2009-11-29 23:40:11 | Poem
いちばん下には老いた男、
成り立ったすべてのものの
もつれた根、隠れていて、
見たもののない泉。

闘いの兜と猟の角笛、
古老たちの託宣、
骨肉の怒りの男たち、
ラウテのような女たち・・・・・

ひしめき合う枝と枝、
どこにも自由な枝はない・・・・・
いや ひとつが! おお 昇れ・・・・・昇れ・・・・・

しかしやはり折れる枝々。
この1枝がけれどもようやく、
梢で 竪琴の形にたわむ。

 (田口義弘訳)


 このソネットでは、リルケは自らの系図に貴族性を証明したかったという偏執性が見られます。紋章は「2頭の猟犬」だったらしいという説もあって、前記の「オルフォイスへのソネット第一部・16」の犬の詩が連想されますね。しかし、リルケの系図が貴族であったという確証はありません。「老いた男」「もつれた根」「見たもののない泉」・・・・・・これらはこのソネットにたびたび表れる「大地の内部にある死」のイメージですね。

 「系統樹」という言葉がありますが、これはキリストの系図を樹木の形で表わした絵画です。また言葉としては「イザヤ書第11章・1&2」のメシア預言が最も古いものとされているようです。さらに10世紀のモアサックのベネディクト修道院で、はじまった(マリアへの)賛美歌はこのように歌われています。


エッサイの実りゆたかな根より
1つの若芽が1本の茎を伸ばして
露を宿した花をつけ、
そのなかに聖霊が降(くだ)りたもうた。
茨のもつれるなかから
柔らかな薔薇が溢れ出るように、エヴァの不幸のうちより
花咲く若枝マリアが伸び立った


 リルケの自己系図は「系統樹」に模したもののように思えます。


 さて次は「ラウテ 」です。これは古代の弦楽器。ササン朝ペルシャの「バルバット」という楽器が母体です。東に伝わって「琵琶」となり、アラブ、北アフリカを経て西に伝わったものが「ラウテ(または、リュート)」です。リルケの「新詩集・別巻」には「ラウテ」という詩があります。


ラウテ

私はラウテです。もしも 私のからだを、その
きれいな丸みをおびた縞模様を 描きたいのなら
ふっくらと熟した無花果を あなたが歌うように、
お歌いなさい。私のなかに あなたがみている

暗さを誇張して お歌いなさい。それは
トゥリアの暗さであったのです。彼女の恥辱(はじらい)にも
これほどの暗さはありませんでした。彼女の明るんだ
金髪は 明るい広間のようでした。ときおり

彼女は 私の表面(うわべ)を爪弾いて なにかと楽音(ひびき)を
彼女の顔のなかにとりいれて、私にあわせて歌ったものでした。
そのとき 私は 彼女の弱さに抗って 身をひきしめて
ついには 私の内部も 彼女のなかにあるのでした。

「トゥリア」は、16世紀ヴェネチアの高級娼婦です。「顔」はリルケの場合「仮面」との対立語です。


 こうしてリルケを読み続けていますと、「マルテの手記」の1節を証明しているような気がしてきます。それはリルケが、時をかけて繰り返し同じテーマを書き直し続けたというようにわたくしには見えるのでした。


若くて詩なんか書いたって始まらぬ。
本当は待つべきものなのだ。
一生涯かかって、しかも出来たら
年老いるまでの長い一生をかけて、
意味と蜜を集めるべきものなのだ

スケッチ  吉野弘

2009-11-23 20:37:31 | Poem

雨あがり。
赤土の大造成宅地は一枚の広く薄い水溜り。
強い風が吹けば端からめくれてゆきそうな水溜りの
向う岸。
曇天の落想のように
ぽつんと
黒い犬がいて
鼻を空に向けています。
動かずに、長いこと、鼻を空に入れたままです。
普段、彼を飢えさせない豊饒な大地を
せわしくこすっていた日常の鼻
その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。
――大地の上に高く
おれの生活とは無縁なひろがりがある――
そんな眩しい認識が
唐突に彼の頭脳を訪れたと仮定しようか。
高いひろがりを哲学するために使えるのは鼻しかない
  とでもいうように
ああ、鼻先を非日常の空に泳がせています。

黒い犬の困惑を察しながら、私は
水溜りのこちら側から見ています。

・・・・・・詩集「陽を浴びて・1983年」より。・・・・・・

 
 前回の日記に書いた「オルフォイスへのソネット第一部・16」のなかには「犬」が登場しました。この訳詩と註解を読みながら、しきりに思い出していた詩がありました。それがこの吉野弘の「スケッチ」でした。

その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。

 この1行だけは何故か忘れたことがありませんでしたが、果たしてどの詩集に収められていたのか?タイトルは何だったのか?思い出せませんでした。結果、広辞苑のごとき956ページの「吉野弘全詩集・1994年青土社刊」を、最初から丹念に探すことになりました。(←この情熱はどこから来るのか???)ついに602ページで探し出した歓びよ!♪

 そしてまた、ここまで1人の詩人の足跡を見たことにもなります。このことも大きな収穫でした。やはり吉野弘はすごい。この一見たやすく見える詩を背後で支えているものは、膨大な読書、日常を見つめるたしかな、おだやかな目、の両面の視座でした。

 これも前回の日記に書きましたが、「犬は動物として下層の実在界を故郷としながら、人間の意識の働く上層の現実界に迷い込んでしまった存在なのでした。」ということに繋がってゆきます。このような繋がりはなんと幸福なことよ。

 「ダンテの『神曲』を読みなさい。」という吉野弘さんからの課題をまだ、成し遂げていない自分にも気付きました。ごめんなさい。

オルフォイスへのソネット第一部・16

2009-11-21 22:50:55 | Poem
友よ おまえは孤独だ、なぜなら・・・・・・。
私たちは言葉と指さすことで
徐々に世界を自分のものにしてゆく、
おそらく そのもっとも弱く危うい部分を。

だれが指で匂いを指し示せよう?
だが 私たちはかつて脅かした力の多くを
いまもおまえは感じ取っている。・・・・・・おまえは死者たちを知っている、
そしておまえは呪文におびえる。

いや 実はともに私たちは堪えるべきなのだ、
さまざまな断片や部分を それが全体であるかのように。
おまえを助けることは難しいだろう。何よりも、おまえの心に

私を植えつけないように。たちまち私は成長してしまうから。
だが私の主の手をみちびいて 私は彼にこう言いたい――
ほら これが毛皮をつけたエサウです と。

 (田口義弘訳)


 リルケの妻クララへの手紙、またジッツォー伯爵夫人への手紙に記されていたものからわかるように、このソネットで「友よ」と呼びかけられているのは「一匹の犬」です。リルケは大変犬好きでした。

 犬は人間と親密な関係にあります。さらに犬は人間と動物との境界におかれている存在とされています。犬は動物として下層の実在界を故郷としながら、人間の意識の働く上層の現実界に迷い込んでしまった存在なのでした。
 この犬と「エサウ」は同一化されていると考えてもいいのではないか?しかし、リルケは兄の「エサウ」と弟の「ヤコブ」とを取り違えているのではないのか?という説もあります。この双子の兄弟の盲目の父「イサク」の祝福を兄にではなく自分で受けたいがために、獣のように毛深い「エサウ」に見せかけるために、毛皮を被って盲目の父親を騙したのは「ヤコブ」でしたから。

 リルケの「新詩集・別巻・・・・・・我が偉大なる友 オーギュスト・ロダンに捧ぐ・1908年」のなかにこのような詩があります。1907年、パリにて書かれた下記の詩は、犬そのものでありますが、また芸術家そのものでもあると。当時のリルケを知る上では重要な作品とのことです。


犬   (塚越敏訳)

あの上層では 眼差しからなる一つの世界の像が
絶えず あらためられては 罷り通っている。
ほんのときたま 密かに事物が現れて 彼のそばに立つ、
そうしたことも 彼がこの世界の像をおし分けてすすみ、

下層にいたって ちがった彼になるときに起こるのだ。
突きはなされてもいないが 組みいれられてもいない彼は
まるで疑念をいだいているかのように 自分の現実を
彼が忘れている世界の像に 手渡してしまう、

疑っているにもかかわらず 自分の顔を差し出しておくために。
哀願せんばかりの顔をして、ほとんど 世界の像を
理解しながらも 世界の像に通じるや 思い切ってしまうのだ。
もし通じるなら 彼は存在しなくなるであろうから。


追記
「ドゥイノの悲歌・8」も参照されたし。長いので省きました。すみませぬ。

オルフォイスへのソネット第一部・14

2009-11-18 21:18:49 | Poem
私たちは花と交わる、葡萄の葉と 果実と。
それらはただこの年の言葉を語るだけではない。
幽暗のなかから立ち昇る色とりどりの顕わなるもの、
おそらくそれは大地の力を強める死者たちの

嫉みの艶をおびている。
どれほど私たちは彼らの関与に気づいていよう?
その自由な骨隋を混ぜて粘土の地味を肥やすのが、
もう長らく死者たちの流儀なのだ。

ただそれにしても――死者たちはすすんでそうするのか?
この果実は重苦しい奴隷たちによって作られ、
丸く固められて私たちに 彼らの主人に向けて突きあげられるのか?

それとも死者たちこそ主人で、根のところに眠っている彼らが、
そのありあまる豊かさのなかから私たちに恵んでくれるのか、
無言の力と接吻から生まれたこの中間の物を?

 (田口義弘訳)


 田口義弘の註解を集中して読んではいるものの、どうしても頭の中から掃いのけることのできない一文があります。それは、梶井基次郎の「桜の樹の下には」です。ああ。とうとう書いちゃった。。。
 梶井基次郎(1901~1932年)がリルケ(1875~1926年)を意識していたのかは不明ですが、地中に抱かれてある、さまざまな「死」は、かつての地上の「生」であったことは、この生命世界では摂理であり、循環であることは明らかなことでせう。この梶井基次郎とリルケとが書いたものは特別のことではない。

 このソネットの始まりの一行そのものが、すでにこの風景を予測していたのではないか?

すると一本の樹が立ち昇った。おお 純粋な超昇!

 この「立ち昇る=steigen」というリルケの偏愛とも思える言葉の選び方は、樹だけではなく音楽にまで及ぶ。以下に「ソネット」にはありませんが「葡萄」の詩を記しておきます。以上に記したこととの共通性があまりにも多いからです。


〈『ささやかな葡萄酒の当たり年』をめぐる作品群より〉

アポロ風の巻き髪の 日の光に輝くブロンドの
葡萄畑に沿うて 山羊の群れが行く。
念入りに添木で支えられた 葡萄の木のいずれにも、
思ってみるがいい その内部には流動が溢れ漲っている。

重い乳房にゆったりと足を運ぶ 山羊の群ればかりではない。
絡まり合う葡萄の蔦の その内部にも
立ち昇って来る大群がある、僧侶たち 夢占い師たち、
槍をかざして押し進む密集方陣の軍勢が

大地の中から湧き上ってくる、半ばは死者たちの中から
半ばはいまだ思い起されたこともない土壌(つち)の中から、
太陽の圧倒的な力に立ち向かい
人の手が呼び起されて。


 この詩は1923年末、ミュゾットで書かれた作品です。「草稿・断片詩篇・1906~1926年」に収録されています。「完成詩篇・1906~1926年」の「ヴァレーの谷よりの草案詩、またはささやかな葡萄酒の当たり年」をめぐるいくつかの草案・断片のひとつ、だそうで・・・・・・あああ、ややこしいなぁ。ぶつぶつ。。。ともあれ、「ドゥイノの悲歌」と「オルフォイスへのソネット」はリルケの晩年の最高の詩集となるための道のりは計りしれないものであったということは充分にわかってきます。


 付記
 「子供たちはその内に小さな死を、また大人は大きな死を。女は胎の中に、男は胸の裡にと。この自らの死というものは、いずれもみな持っていたのだ。」

 (マルテの手記より。)