★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 ですhttp://blog.goo.ne.jp/abhttp://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:ギャツァの霊 姿を現す
首席大臣は地団太を踏んだ。
「王様、トトンがチタンを殺しに行くなどと、本当に信じられたのですか」
ケサルは言った.
「トトンはチタンに取り入ろうとカチェへ向かったのだ。その計略を逆手に取ろうではないか」
「やつを殺すべきです」
「私が世に降ったのは妖魔を除くためだ。人から生まれ命に限りある者を殺せとの命は受けてはいない」
「では、我々はトトンのような輩に何も出来ないのでしょうか」
「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。それは、そなたたち人間の問題だ」
天から降った神の子がこう告げた時、いつもの暖かく穏やかな表情が一瞬にして冷酷に変わったのを、首席大臣は驚きと共に目にした。
「妖魔は倒せても、やつのような裏切り者とは共に過ごせということですな」
ケサルは首を振った.
「それは私に尋ねるべきことではない。そなた、具合が良くなったばかりなのにまた病の色が出ているではないか。もうこれ以上頭を悩ませてはならぬぞ」
ロンツァタゲンは独りつぶやいた。
「世の中とは真にそういうものなら、体の具合が良かろうと悪かろうと何の意味もない。長く生きれば、それだけ辛くなるだけだ」
首席大臣は再び病に倒れた。彼は国王に言った。
「もしそれを英雄たちに告げたら、一致団結して敵を倒そうという気概を失うかもしれません」
「だからそなただけに話したのだ」
冷厳だったケサルはまた暖かな表情に戻った。
「すぐにでも敵を誘き出す法を話し合おう。トトンがいなければ、このように早く勝利を収める機会は訪れなかっただろう」
首席大臣は死力を注いで国王と協議し、その夜のうちに、大軍は新しい戦場へと向かった。次の日、ケサルは幻術を用いてそこに戦陣を敷いた。
一方、トトンの木の鳶が地に降りるや否や、チタン王は出迎えに現れ、言った.
「夢で見た方とやっとお目にかかれた」
「国王よ、あなたが勝利した後、ワシをリンの王にして下さるなら、策を授けましょう。もしそのおつもりがないのなら、今すぐ殺してくだされ」
「あの日夢で貴殿を見てから、周囲からは、貴殿は勇敢な人物ではないと聞いておった。ところが、死の危険を冒してまで来られるとは。国王になるためなら何事でもなさるおつもりですな。よろしい、承知しよう」
「尊い国王よ、では天に誓って下され」
「我こそ天である。ならば、誓う必要はあるまい。トトン殿、事ここに至れば、貴殿の計略をお聞きしたい」
「国王よ、明日は、陣の前に敵の目を欺くためのわずかな兵のみ残せばよろしい。優れた兵たちは隠れ身の術で隠したまま、ワシが別の道を行かせましょう。そのままリンの王宮を陥れるのです」
「隠れ身の術?だが、千万の軍が通れば、食事や大小便の跡など、どうしても形跡が残るだろう。その隠れ身の術はどれくらい持ちこたえられるのか」
「ご安心を。この術は二日間効を表します。二日目には我がダロン部の領地を踏んでいるはず。その後は、どんな動きをしても、何も言う者はおりません」
「貴殿の幻術がリン国が仕掛けた周到な罠ではないと、どうしたら信じられるのか」
「国王は信じるしかありますまい。この策の他に勝利の可能性はおありですかな。何よりも、ワシがリン国の王となるのを渇望しているのと同じように、国王は勝利を渇望しておられるのでしょうから」
次の日、双方はどちらも出陣しなかった。
カチェの精鋭の兵たちはトトンの隠れ身の術に隠されて、密かに出発した。残された兵たちは旗を降ろし、陣を敷いたまま戦わなかった。
リン国の大陣営では色とりどりの旗が翻えり、兵馬の幻影が陣の中を盛んに動き回っていた。
正午ごろ、太陽の光と蒸気のため猛烈な熱気が立ち昇り、兵馬の幻影もそれに連れて揺れながら空へと登り始めた。
カチェの軍はそれを見て震えあがった。ケサルの兵はみな神兵、神将で、空に昇って戦うことが出来ると恐れたのである。
そこに留まっていたカチェの呪術師たちだけは幻術だと見破り、これはまずいと大声で叫んだ。
「そこにいるのは本当の兵ではない!大王様は策にかかったのだ!」
こうして、すぐに兵営を放棄し、兵たちをいくつかの隊に分けて様々な方向から追いかけたが、草原は果てしなく、先に行った大軍はトトンの隠れ身の術にしっかりと隠されていて、追跡の手立てがなかった。
分けられた小隊は、ある隊は沼に嵌まって溺死し、ある隊は野牛の群れに迷い込み行ったまま帰って来なかった。
呪術師は自分の小隊を引き連れ、力を振り絞ってチタン王の軍団を探し続けた。
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