物語:ギャツァ、命を捧げる その5
この時、王子の後ろには夜陰に紛れて兵馬が集まって来ていた。
蹄が大地を蹴り、それはまるで戦いを促す太鼓の音のようだった。
この音はギャツァの血をたぎらせた。
「よく聞け!戦うなら刀を取れ、降参するなら、オレの後ろに着け。俺がホルの兵をどうやって倒すか、見せてやろう」
「兄さん!早く帰ってください。あなたの勇ましさは誰の目にも焼き付いています。兄さんは私の七人の兄弟を殺しました、父王は絶対に許さないでしょう」
「お前は死ぬのを恐れているのだな。それでオレの弟だとうそを言ったのだろう」
月の光の下で王子青白い顔がゆっくりと黒ずんでいった。王子はかすれた声で言った。
「たとえ私があなたに敵わなくても、たとえあなたが私の兄であっても、そのような辱めは許せない!」
王子は長槍を取り、馬に飛び乗ると言った。
「ギャツァ・シエガよ、聞くが良い。あなたに勝てないことは分かっている。
だが、私の後ろには私の国が付いている。
死に臨んで一つ誓いを立てよう。
もし私が本当にあなたの弟なら、私が流す血は白いだろう。
もし弟でなければ、死んだのち流れる血は黒いだろう。
さあ、かかって来い!」
言い終えると王子は馬を鞭打って駆け寄り、槍を伸ばして顔を突こうとした。
ギャツァは続けて三度身をかわしてから飛び上がり、後ろ手で一太刀浴びせると、王子はそのまま馬から落ちた。
ギャツァは王子が一瞬微笑むのを見た。
「兄さん、あなたはやはり真の英雄でした」
言い終ると、口から血が噴き出した。その血は牛乳のように白かった。
やはり、すでに世を去ったホル国の漢妃は本当に母の妹だったのだ。
王子は本当に弟だったのだ。
それなのに、自分は自らの手で心優しい弟を切り殺してしまったのだ。
身を切るような月の光が地上を照らしていた。
ホルの兵馬が次々と集まって来た。
ギャツァは立ち上がり天を仰いで思いの限り叫んだ。
集まって来た兵馬はその時目にした。
ギャツが身を守る鎧兜を脱ぎ、月の光の元に横たわっている弟に向かってこう言うのを。
「見た所、オレは戻れないようだ。さあ、お前の魂よ、待っていてくれ。黄泉の国で真の兄弟となろう」
言い終ると、馬を駆ってホルの陣中に飛び込んでいった。
この時、シンバメルツが前に踊り出た。
ところがそれ以上近づこうとはせず、矢が届くほどの距離で馬を停めた。
「道を開けろ。クルカル王を前に出せ」
シンバメルツは言った。
「今日は満月だ、毎月この日、我が大王は白い絹を手に結び、打たず、殺さず、善を修められる。
大英雄であるおぬしの名は以前より聞いておるぞ。
今日は、我々が武芸を競い合おうではないか。
明日、本物の刀本物の槍で我が大王と命を懸けて決戦出来るのだ」
「よけいなことは言わず、クルカル王を出せ」
「このシンバとて並の者ではないぞ。相手として不足はないはず」
「もしお前が負けたら、クルカル王をすぐ連れて来い」
「もしワシが負けたら、王に伝えよう」
「まずは、刀で戦うか、それとも矢で戦うか」
「おぬしの刀の腕は千を超える我々ホルの兵の認める所だ。ならば、矢で戦おう」
ギャツァはすぐさま弓をいっぱいに引き、
「お前の兜の赤い房を射るぞ、この矢を見よ!」
シンバメルツが避ける間もなく、頭の上を疾風が通り過ぎた。
振り向いた時には、矢は射とめた赤い房を付けたまま、後ろの柏の木に深々と刺さっていた。
ホルの大軍はほんの少し前まで、殺されるかと慌てふためいていたが、この瞬間、そろって喝采の声を挙げた。
シンバメルツはすぐに矢を弓に当て、何も言わず弦を持つ手を緩めると、矢は真っ直ぐにギャツァの顔目がけて飛んで行った。
矢はギャツァの額の真ん中に当たった。
無防備だったギャツは大声で叫ぶと馬から落ちた。
リン国を支える大きな柱、真っ直ぐな心を持つ勇者ギャツァ・シエガこうしてだまし討ちにされた。
シンバメルツは本来正直な人間だったが、ギャツァの武芸と威風に恐れをなし、このように英雄としてすべからざる行為を為したのだった。
だが、心の中は慚愧に耐えず、クルカル王を急かせて休まずに移動した。
ホルの大軍は新しい王妃ジュクモを連れ、勝利のラッパも高らかに、太鼓を打ちならし、昼夜を分かたずホルへと戻って行き、リン国の大軍がやって来た時には、ホルの軍はすでに影も形もなかった。
ギャツァという心の真っ直ぐな英雄の心臓はすでに脈打たず、リンの陣営にはもはや、頑丈な体を馬上で踊らせていたギャツァの姿は無かった。
リンで最も清らかに輝く月は地に墜ちた。
首席大臣の心は張り裂けんばかりだった。
ギャツアの言葉を聞かず、早くに大軍を率いて王宮を守らせなかったことを悔いた。
人々に担がれてギャツアの体が丘を降りてきた時、首席大臣は跪き、北の魔国の方角に向って血の涙を流しながら叫んだ。
「大王よ!
あなたへの忠誠のため、猜疑心によってギャツァを死に追いやってしまいました。
大王よ!まだリンの国を覚えておられますか。まだ私たちの忠誠を必要としておられるのでしょうか」
彼の悲憤の叫びの中で、空中に昇った満月の暖く淡い光が、氷のように青白く変わっていった。
この時、王子の後ろには夜陰に紛れて兵馬が集まって来ていた。
蹄が大地を蹴り、それはまるで戦いを促す太鼓の音のようだった。
この音はギャツァの血をたぎらせた。
「よく聞け!戦うなら刀を取れ、降参するなら、オレの後ろに着け。俺がホルの兵をどうやって倒すか、見せてやろう」
「兄さん!早く帰ってください。あなたの勇ましさは誰の目にも焼き付いています。兄さんは私の七人の兄弟を殺しました、父王は絶対に許さないでしょう」
「お前は死ぬのを恐れているのだな。それでオレの弟だとうそを言ったのだろう」
月の光の下で王子青白い顔がゆっくりと黒ずんでいった。王子はかすれた声で言った。
「たとえ私があなたに敵わなくても、たとえあなたが私の兄であっても、そのような辱めは許せない!」
王子は長槍を取り、馬に飛び乗ると言った。
「ギャツァ・シエガよ、聞くが良い。あなたに勝てないことは分かっている。
だが、私の後ろには私の国が付いている。
死に臨んで一つ誓いを立てよう。
もし私が本当にあなたの弟なら、私が流す血は白いだろう。
もし弟でなければ、死んだのち流れる血は黒いだろう。
さあ、かかって来い!」
言い終えると王子は馬を鞭打って駆け寄り、槍を伸ばして顔を突こうとした。
ギャツァは続けて三度身をかわしてから飛び上がり、後ろ手で一太刀浴びせると、王子はそのまま馬から落ちた。
ギャツァは王子が一瞬微笑むのを見た。
「兄さん、あなたはやはり真の英雄でした」
言い終ると、口から血が噴き出した。その血は牛乳のように白かった。
やはり、すでに世を去ったホル国の漢妃は本当に母の妹だったのだ。
王子は本当に弟だったのだ。
それなのに、自分は自らの手で心優しい弟を切り殺してしまったのだ。
身を切るような月の光が地上を照らしていた。
ホルの兵馬が次々と集まって来た。
ギャツァは立ち上がり天を仰いで思いの限り叫んだ。
集まって来た兵馬はその時目にした。
ギャツが身を守る鎧兜を脱ぎ、月の光の元に横たわっている弟に向かってこう言うのを。
「見た所、オレは戻れないようだ。さあ、お前の魂よ、待っていてくれ。黄泉の国で真の兄弟となろう」
言い終ると、馬を駆ってホルの陣中に飛び込んでいった。
この時、シンバメルツが前に踊り出た。
ところがそれ以上近づこうとはせず、矢が届くほどの距離で馬を停めた。
「道を開けろ。クルカル王を前に出せ」
シンバメルツは言った。
「今日は満月だ、毎月この日、我が大王は白い絹を手に結び、打たず、殺さず、善を修められる。
大英雄であるおぬしの名は以前より聞いておるぞ。
今日は、我々が武芸を競い合おうではないか。
明日、本物の刀本物の槍で我が大王と命を懸けて決戦出来るのだ」
「よけいなことは言わず、クルカル王を出せ」
「このシンバとて並の者ではないぞ。相手として不足はないはず」
「もしお前が負けたら、クルカル王をすぐ連れて来い」
「もしワシが負けたら、王に伝えよう」
「まずは、刀で戦うか、それとも矢で戦うか」
「おぬしの刀の腕は千を超える我々ホルの兵の認める所だ。ならば、矢で戦おう」
ギャツァはすぐさま弓をいっぱいに引き、
「お前の兜の赤い房を射るぞ、この矢を見よ!」
シンバメルツが避ける間もなく、頭の上を疾風が通り過ぎた。
振り向いた時には、矢は射とめた赤い房を付けたまま、後ろの柏の木に深々と刺さっていた。
ホルの大軍はほんの少し前まで、殺されるかと慌てふためいていたが、この瞬間、そろって喝采の声を挙げた。
シンバメルツはすぐに矢を弓に当て、何も言わず弦を持つ手を緩めると、矢は真っ直ぐにギャツァの顔目がけて飛んで行った。
矢はギャツァの額の真ん中に当たった。
無防備だったギャツは大声で叫ぶと馬から落ちた。
リン国を支える大きな柱、真っ直ぐな心を持つ勇者ギャツァ・シエガこうしてだまし討ちにされた。
シンバメルツは本来正直な人間だったが、ギャツァの武芸と威風に恐れをなし、このように英雄としてすべからざる行為を為したのだった。
だが、心の中は慚愧に耐えず、クルカル王を急かせて休まずに移動した。
ホルの大軍は新しい王妃ジュクモを連れ、勝利のラッパも高らかに、太鼓を打ちならし、昼夜を分かたずホルへと戻って行き、リン国の大軍がやって来た時には、ホルの軍はすでに影も形もなかった。
ギャツァという心の真っ直ぐな英雄の心臓はすでに脈打たず、リンの陣営にはもはや、頑丈な体を馬上で踊らせていたギャツァの姿は無かった。
リンで最も清らかに輝く月は地に墜ちた。
首席大臣の心は張り裂けんばかりだった。
ギャツアの言葉を聞かず、早くに大軍を率いて王宮を守らせなかったことを悔いた。
人々に担がれてギャツアの体が丘を降りてきた時、首席大臣は跪き、北の魔国の方角に向って血の涙を流しながら叫んだ。
「大王よ!
あなたへの忠誠のため、猜疑心によってギャツァを死に追いやってしまいました。
大王よ!まだリンの国を覚えておられますか。まだ私たちの忠誠を必要としておられるのでしょうか」
彼の悲憤の叫びの中で、空中に昇った満月の暖く淡い光が、氷のように青白く変わっていった。
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