物語 愛情 その1
天馬ジァンガベイフを手なずけたジュクモは、この馬が必ず競馬大会で主人を助け勝利に導くことを確信した。
そうなれば、ジョルは間違いなく自分の夫となり、自分は間違いなくリンの王妃となる。
そう考えると、思わず心に喜びが満ちて来て、ジョルへの思いもゆっくりと深まっていった。
時には途中で出会った美しい王子を思い出したが、胸の内に微かな恨み心を抱き、この二人が同じ人物にならいいのにと思うだけだった。
ジョルに王子の美しさがあり、王子にジョルの神の力と勇敢さがあったなら。そう考えて思わずほほを赤らめ、両手で胸を押さえた。
そうしないと心臓が野うさぎのように飛び跳ねて止められなくなりそうだった。
だが、彼女はそれ以上想像を逞しくすることはなかった。
彼女の使命はまだ半分終わったばかりなのだから。
そこで、ジョル母子に早く出発するよう幾度となく促した。
吉日を選び、三人はすべてを整え、馬を牽いて旅立った。
途中、楽しげなジュクモは更に美しく、見つめるジョルは危く馬から落ちそうになった。
それを見たジュクモは銀の鈴のような笑い声を残し、鞭を当てると先へと駆けて行った。
そのなまめかしい後姿を眺め、ジョルが突然ジュクモとインドの王子の連綿として離れがたそうな様子を思い出すと、嫉妬の心が天から降りて来て、ジョルの心臓を鷲掴みにした。
丘を越えるとジュクモは馬を停め、ジョルに向かって精一杯甘えた笑顔を投げかけた。
ジョルはジュクモに近づこうとした。そうすれば心の中にある魔物が起こした痛みは消え去るだろう。
だが、彼が手を伸ばしてしなやかな腰に触れるやいなや、彼女の手の中の鞭が軽く舞い上がり、馬を急かせて走り去った。
ただ笑い声だけを振り撒いて。
ジョルの、もともと醜い顔は暗い空気に覆われより醜く見えた。
天から降った神の子は大いなる力を持っていたが、この時は嫉妬に心を掴まれていた。
こんなふうにすべきでないとは分かっていた。なぜなら、あの美しい王子は自分が変化したものなのだから。
だが、この移り気な娘は自分を誘っておきながら拒んでいる。
道で会った見知らぬ者、でたらめばかり言う者、美しい顔を持った見知らぬ者に対しては恥じらいを捨てて懐に飛び込んだのに。
手綱を持ったままぼんやりと道端にたたずんでいるジョルを見て、ジュクモはまた馬を駆って戻って来た。
「あら、あなたの天馬はどうして私の馬に追いつかないのかしら」
この時ジョルは自分に腹を立てないと決めていた。
ジョルは言った。
「僕の馬はまだ調教されていないし、鐙も鞍もない。早く走りたいなら一緒に乗ろう」
言い終らないうちに飛び上がると、そのままジュクモの馬の背に降りた。
ジョルの熱い息が象牙のように白いジュクモの首にかかり、ジュクモはさっと頬を赤らめた。
「人に見られたらどうするの、降りてちょうだい」
「僕の馬には鞍がないんだ」
「父さんのお蔵の金の鞍を上げるわ」
「天馬は扱いが難しい。良い轡が必要だ」
「欲張りね。父さんのお蔵にいい轡があるのを知っているのね」
「この大地で起こることは、知りたいと思えばすべて知ることが出来るさ」
ジュクモにはこの言葉には別の意味が含まれているように思われ、胸のどこかがネズミの鋭い歯で噛まれたような痛みを感じた。
だがジョルにとっては、彼女に向かって少しずつ近づいているだけで、やっと気持ちが晴れて来た。
そこでまた話しかけた。
「ジュクモよ、競馬に参加するには、この天馬にはまだ二つ足りない物がある。
老総督がお前を迎えに寄こしたのだから、きっとお前が全部揃えてくれるんだろう」
ジュクモは腰を抱いているジョルの手をさっと掃い、言った。
「他の物は総督にお願いしてちょうだい」
「不完全な装備は僕の千里の馬にふさわしくない」
ジョルはジュクモを胸の中にさらにしっかりと抱きしめた。
ジュクモは彼の胸に崩れ落ちないようにと無理して体をつっぱっていたので、ジョルはまるで木を抱いているような気がした。
だがインドの王子に化身した時からこの魅力的な体がいかに柔らかいか知っていた。
そこで馬から飛び降りた。怒りで胸が張り裂けそうだった。
「もういい!お前たちで競馬に参加しろ。僕は天馬と共に天に帰る。
極悪なトトン叔父さんを王にすればいいんだ。
もしかしたら、競馬に参加するために誰かやって来るかもしれない!」
ジュクモはその言葉を聞いて、心の中を見抜かれたと思い、慌てて答えた。
「いいわ、必要なものがあれば言ってちょうだい」
「しりがいで鞍をしっかり留めなくてはならない。
鞍の上にはお前の家の四角い絨毯を敷かなくてはならない」
ジュクモは思った。
父親が最も大切にしている上等の馬具をジョルはすべて要求した。
もし彼が本当に天から降された神の子ならなんでこんなに欲張りなのだろう。
もし彼が本当にそうなら、トトンが王になっても変わりがない。
違いは、トトンは年老い、ジョルはまだ若いこと。
とは言え、ジョルの神がかりな様子より、トトンの堂々とした姿の方がまだましかもしれない。
それに、インドの王子も求婚にやって来るはずだ。
もしリンの人々の熱い期待がなかったら、すぐにでも鞭を振るって、喜ばせたかと思う傍から嫌がらせをする人物の前から走り去りたかった。
ジョルは彼女の想いを見抜き、神の力のこもった杖を一振りすると、ジュクモの乗った馬は勢いよく走り出した。
二つの丘を走り抜けると、やっと彼女の力で停めることが出来た。
馬が停まったところは、まさに彼女とインドの王子が出会った場所だった。
嫌がらせばかりするジョルを目の前にして、王子の愛情の深さが思い出され、別れ際に王子が嵌めてくれた水晶の腕輪を撫でていると、いつの間にかもう一度心が騒いでいた。
水晶は涼しく滑らかで、まるで王子のきめ細かい肌のよう。
水晶は透明で、まるで透き通って深く計り知れない王子の瞳のようだった。
自分はリンの人々から競馬の賞品にされ、間もなく一国の王妃になる。
だが、華奢で美しい王子は絶対にトトンやジョルの相手ではないだろう。
そう考えると、思わず悲しみがこみ上げて来た。
突然腕にはめた腕輪が枯れた蔓に変わり、自然にちぎれて、ぱらぱらと落ちて行った。
ジョルが何時の間にか目の前に居た。
彼はインドの王子と同じ姿勢で同じ岩の日蔭に座っていた。
瞳は彼女の目を見つめ、深い思いが込もり、密やかに推し量りがたく、まさに王子の目そのものだった。
ジュクモは自分の心を見抜かれたのを知り、傲慢だった頭を知らぬ間に垂れ、恥ずかしさに耐えた。
天馬ジァンガベイフを手なずけたジュクモは、この馬が必ず競馬大会で主人を助け勝利に導くことを確信した。
そうなれば、ジョルは間違いなく自分の夫となり、自分は間違いなくリンの王妃となる。
そう考えると、思わず心に喜びが満ちて来て、ジョルへの思いもゆっくりと深まっていった。
時には途中で出会った美しい王子を思い出したが、胸の内に微かな恨み心を抱き、この二人が同じ人物にならいいのにと思うだけだった。
ジョルに王子の美しさがあり、王子にジョルの神の力と勇敢さがあったなら。そう考えて思わずほほを赤らめ、両手で胸を押さえた。
そうしないと心臓が野うさぎのように飛び跳ねて止められなくなりそうだった。
だが、彼女はそれ以上想像を逞しくすることはなかった。
彼女の使命はまだ半分終わったばかりなのだから。
そこで、ジョル母子に早く出発するよう幾度となく促した。
吉日を選び、三人はすべてを整え、馬を牽いて旅立った。
途中、楽しげなジュクモは更に美しく、見つめるジョルは危く馬から落ちそうになった。
それを見たジュクモは銀の鈴のような笑い声を残し、鞭を当てると先へと駆けて行った。
そのなまめかしい後姿を眺め、ジョルが突然ジュクモとインドの王子の連綿として離れがたそうな様子を思い出すと、嫉妬の心が天から降りて来て、ジョルの心臓を鷲掴みにした。
丘を越えるとジュクモは馬を停め、ジョルに向かって精一杯甘えた笑顔を投げかけた。
ジョルはジュクモに近づこうとした。そうすれば心の中にある魔物が起こした痛みは消え去るだろう。
だが、彼が手を伸ばしてしなやかな腰に触れるやいなや、彼女の手の中の鞭が軽く舞い上がり、馬を急かせて走り去った。
ただ笑い声だけを振り撒いて。
ジョルの、もともと醜い顔は暗い空気に覆われより醜く見えた。
天から降った神の子は大いなる力を持っていたが、この時は嫉妬に心を掴まれていた。
こんなふうにすべきでないとは分かっていた。なぜなら、あの美しい王子は自分が変化したものなのだから。
だが、この移り気な娘は自分を誘っておきながら拒んでいる。
道で会った見知らぬ者、でたらめばかり言う者、美しい顔を持った見知らぬ者に対しては恥じらいを捨てて懐に飛び込んだのに。
手綱を持ったままぼんやりと道端にたたずんでいるジョルを見て、ジュクモはまた馬を駆って戻って来た。
「あら、あなたの天馬はどうして私の馬に追いつかないのかしら」
この時ジョルは自分に腹を立てないと決めていた。
ジョルは言った。
「僕の馬はまだ調教されていないし、鐙も鞍もない。早く走りたいなら一緒に乗ろう」
言い終らないうちに飛び上がると、そのままジュクモの馬の背に降りた。
ジョルの熱い息が象牙のように白いジュクモの首にかかり、ジュクモはさっと頬を赤らめた。
「人に見られたらどうするの、降りてちょうだい」
「僕の馬には鞍がないんだ」
「父さんのお蔵の金の鞍を上げるわ」
「天馬は扱いが難しい。良い轡が必要だ」
「欲張りね。父さんのお蔵にいい轡があるのを知っているのね」
「この大地で起こることは、知りたいと思えばすべて知ることが出来るさ」
ジュクモにはこの言葉には別の意味が含まれているように思われ、胸のどこかがネズミの鋭い歯で噛まれたような痛みを感じた。
だがジョルにとっては、彼女に向かって少しずつ近づいているだけで、やっと気持ちが晴れて来た。
そこでまた話しかけた。
「ジュクモよ、競馬に参加するには、この天馬にはまだ二つ足りない物がある。
老総督がお前を迎えに寄こしたのだから、きっとお前が全部揃えてくれるんだろう」
ジュクモは腰を抱いているジョルの手をさっと掃い、言った。
「他の物は総督にお願いしてちょうだい」
「不完全な装備は僕の千里の馬にふさわしくない」
ジョルはジュクモを胸の中にさらにしっかりと抱きしめた。
ジュクモは彼の胸に崩れ落ちないようにと無理して体をつっぱっていたので、ジョルはまるで木を抱いているような気がした。
だがインドの王子に化身した時からこの魅力的な体がいかに柔らかいか知っていた。
そこで馬から飛び降りた。怒りで胸が張り裂けそうだった。
「もういい!お前たちで競馬に参加しろ。僕は天馬と共に天に帰る。
極悪なトトン叔父さんを王にすればいいんだ。
もしかしたら、競馬に参加するために誰かやって来るかもしれない!」
ジュクモはその言葉を聞いて、心の中を見抜かれたと思い、慌てて答えた。
「いいわ、必要なものがあれば言ってちょうだい」
「しりがいで鞍をしっかり留めなくてはならない。
鞍の上にはお前の家の四角い絨毯を敷かなくてはならない」
ジュクモは思った。
父親が最も大切にしている上等の馬具をジョルはすべて要求した。
もし彼が本当に天から降された神の子ならなんでこんなに欲張りなのだろう。
もし彼が本当にそうなら、トトンが王になっても変わりがない。
違いは、トトンは年老い、ジョルはまだ若いこと。
とは言え、ジョルの神がかりな様子より、トトンの堂々とした姿の方がまだましかもしれない。
それに、インドの王子も求婚にやって来るはずだ。
もしリンの人々の熱い期待がなかったら、すぐにでも鞭を振るって、喜ばせたかと思う傍から嫌がらせをする人物の前から走り去りたかった。
ジョルは彼女の想いを見抜き、神の力のこもった杖を一振りすると、ジュクモの乗った馬は勢いよく走り出した。
二つの丘を走り抜けると、やっと彼女の力で停めることが出来た。
馬が停まったところは、まさに彼女とインドの王子が出会った場所だった。
嫌がらせばかりするジョルを目の前にして、王子の愛情の深さが思い出され、別れ際に王子が嵌めてくれた水晶の腕輪を撫でていると、いつの間にかもう一度心が騒いでいた。
水晶は涼しく滑らかで、まるで王子のきめ細かい肌のよう。
水晶は透明で、まるで透き通って深く計り知れない王子の瞳のようだった。
自分はリンの人々から競馬の賞品にされ、間もなく一国の王妃になる。
だが、華奢で美しい王子は絶対にトトンやジョルの相手ではないだろう。
そう考えると、思わず悲しみがこみ上げて来た。
突然腕にはめた腕輪が枯れた蔓に変わり、自然にちぎれて、ぱらぱらと落ちて行った。
ジョルが何時の間にか目の前に居た。
彼はインドの王子と同じ姿勢で同じ岩の日蔭に座っていた。
瞳は彼女の目を見つめ、深い思いが込もり、密やかに推し量りがたく、まさに王子の目そのものだった。
ジュクモは自分の心を見抜かれたのを知り、傲慢だった頭を知らぬ間に垂れ、恥ずかしさに耐えた。