★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:ムヤ或いはメイサ その3
ジュクモとメイサは再び翼をはためかせて空に上がった。ジュクモは笑顔で言った。
「もし王様が自ら法器を取りに来られたら、どれほどの障碍を乗り越えなければならず、どれほど多くの兵を切り捨てたことでしょう。私たちは長い日々宮の中で寂しく暮らし、お会いすることもできなかったでしょう」
メイサは辺りに気にしながら言った。
「不思議です、空に開いた穴は何故湖と同じ大きさなのでしょう。そして私たちが動くのと一緒に動いています。ムヤの国王の法力は強いと聞いていますが、なぜ私たちはこんなに容易く国王の宝物を手に入れることが出来たのでしょう」
このように思い巡らせている時、彼女たちの下方に若々しい緑の林に囲まれた湖が現われた。湖の上には五色の鳥が飛び交い、湖岸に咲く鮮やかな花の香りが天まで漂って来た。
ジュクモが呼びかけた。
「長い間飛んで疲れました。この湖のほとりで少し休みましょう」
そう言うと、メイサの答えを待たずに、一直線に降りて行った。メイサもそれに従った。
二人は鮮やかな花々を集めて花輪にし、身に飾り、岸辺で水と戯れた。拓けた高地にあるリン国にはこのように暖かい湖はなかった。ジュクモはあっという間に身に着けた羽衣を脱ぎ棄て、湖に入って行った。
「まだ朝の内。しばらく楽しんでから戻っても遅くないでしょう。メイサも早くいらっしゃい」
メイサが羽衣を脱ぎ、湖水に足をつけるより早く、湖畔の大木が突然勇猛な顔つきの若い将軍に変わった。
「わはは、我が法王は英明であった。私にここでお二人を待てと命じられたのだ。もはや逃げられはせぬぞ」
メイサはすぐさま衣を身に着け空へ飛び立とうとした。だが、ジュクモが水の中で顔色を失っているのが目に入り、一瞬躊躇しすきに、将軍が投げた縄によって地上へと引き戻された。
メイサは叫んだ。
「何をするのですか。私たちはただの旅人ではありません。世に降った仙女です。無礼は許しませんよ」
若い将軍は一笑に付した。
「二人の美しさは仙女にも勝るでしょう。だが、人であるのは分かっています。リンの国からいらっしゃったということも。我が法王はおっしゃった。おとなしく付いて来て、盗んだ宝を渡せばそれでよい、と。法王の寵愛はケサル王に勝るでしょう」
メイサが翼を震わせ逃げようとすると、ジュクモが水の中からすがるように叫んだ。
「メイサ、助けて」
その声に後ろ髪を惹かれ、翼を開く間もなく、そのまま地上に倒された。もはや逃げるのをあきらめるしかなかった。
よりあわれなのはジュクモである。水に入る時に薄い衣の他はすべて脱ぎ捨てたので、皇后でありながら、おずおずと水から上がった姿は、濡れた薄絹が体に張り付き、何も身に着けていないかのようだった。顔色は失われ、恥ずかしさに耐えるばかり。
礼儀正しい将軍は視線をそらせ、ジュクモはメイサに手伝わせ服を着た。
メイサは自らの羽衣を脱いでジュクモに着せながら、涙を流した。
「お姉さま、私があの将軍を捕まえておきます。お姉さまは宝を持って早く飛んで逃げてください。
将軍は振り向いくと、脅すように尋ねた。
「どちらがケサルの妃ジュクモだ」
メイサはジュクモに目で合図し、兵士の前に進み出ると、満面の笑みを湛えて言った。
「私が美しさで知られたジュクモです。あなたについてムヤの王様に会いに行きましょう。これは私の姉です。無事を伝えるために帰らせてください」
軍は二人をかわるがわる見たが、すぐには決断できなかった。
メイサは言った。
「彼女をごらんなさい。水に入って遊ぼうとその体を露わにしながら、事が起こるとひたすら怖がっているだけ。皇后の気品があると思われますか」
それを聞いて将軍はなるほどと信じることにした。
「分かった。そなた一人がおとなしく着いて来れば、これ以上困らせはしない」
ところなんと、ジュクモはメイサに馬鹿にされたと思い込み、燃え上がった怒りに恐怖を忘れ、名乗りを上げた。
「一歩進めば百頭の駿馬に値し、一歩退けば百頭のヤクに値する。百人の男が釘付けになり、百人の女が不運を嘆く。私こそケサルの愛する妃、美しさで知られるリン国の皇后ジュクモです」
言いながら媚びを含むまなざしで見つめて将軍の心を乱そうとしたので、将軍は慌てて法王から与えられた人の皮で出来た袋を開いた。袋が開くや否や突風が起こり、二人の妃を袋の中に放り込んだ。将軍はやっと正気を取り戻し、袋を担いで王城へ戻った。
二人は暗い袋の中に押し込められ、お互いを責め合ったが、もはやどうすることも出来なかった。口が開くと二人は袋から転がり出た。
メイサは雀に変身したジュクモを発見し、ジュクモの目にもメイサは小さな雀に変わっていた。
人の声が雷のように響きわたり、顔を挙げると、王座を並べて座っているムヤの二人の国王はまるで高い山のようだった。法王ユズトンバが俗王ユアントンバに向かって言った。
「小さな法術を使っただけだ。そうしなければ生きた人間二人を皮で作った袋に押し込められないからな」
「かなり時間が経ったので、元に戻れないかもしれませんね」
この言葉を聞いて、ジュクモは自分もまたメイサと同じように醜い雀に変身しているのを知り、焦りと悲しさに、チュンチュンと泣き叫んだ。
美貌が失われることに比べれば、命を失うことなど怖くはない。ジュクモは翼を振るわせ、法王の目をつつこうと中空まで飛び上がった。だが、法王が手の中の鈴を揺らすと、澄んだ音と共に金の光が放たれ、地に落とされた。
法王は言った。
「変われ!」
すると二人の妃は人間の姿に戻った。
物語:ムヤ或いはメイサ その3
ジュクモとメイサは再び翼をはためかせて空に上がった。ジュクモは笑顔で言った。
「もし王様が自ら法器を取りに来られたら、どれほどの障碍を乗り越えなければならず、どれほど多くの兵を切り捨てたことでしょう。私たちは長い日々宮の中で寂しく暮らし、お会いすることもできなかったでしょう」
メイサは辺りに気にしながら言った。
「不思議です、空に開いた穴は何故湖と同じ大きさなのでしょう。そして私たちが動くのと一緒に動いています。ムヤの国王の法力は強いと聞いていますが、なぜ私たちはこんなに容易く国王の宝物を手に入れることが出来たのでしょう」
このように思い巡らせている時、彼女たちの下方に若々しい緑の林に囲まれた湖が現われた。湖の上には五色の鳥が飛び交い、湖岸に咲く鮮やかな花の香りが天まで漂って来た。
ジュクモが呼びかけた。
「長い間飛んで疲れました。この湖のほとりで少し休みましょう」
そう言うと、メイサの答えを待たずに、一直線に降りて行った。メイサもそれに従った。
二人は鮮やかな花々を集めて花輪にし、身に飾り、岸辺で水と戯れた。拓けた高地にあるリン国にはこのように暖かい湖はなかった。ジュクモはあっという間に身に着けた羽衣を脱ぎ棄て、湖に入って行った。
「まだ朝の内。しばらく楽しんでから戻っても遅くないでしょう。メイサも早くいらっしゃい」
メイサが羽衣を脱ぎ、湖水に足をつけるより早く、湖畔の大木が突然勇猛な顔つきの若い将軍に変わった。
「わはは、我が法王は英明であった。私にここでお二人を待てと命じられたのだ。もはや逃げられはせぬぞ」
メイサはすぐさま衣を身に着け空へ飛び立とうとした。だが、ジュクモが水の中で顔色を失っているのが目に入り、一瞬躊躇しすきに、将軍が投げた縄によって地上へと引き戻された。
メイサは叫んだ。
「何をするのですか。私たちはただの旅人ではありません。世に降った仙女です。無礼は許しませんよ」
若い将軍は一笑に付した。
「二人の美しさは仙女にも勝るでしょう。だが、人であるのは分かっています。リンの国からいらっしゃったということも。我が法王はおっしゃった。おとなしく付いて来て、盗んだ宝を渡せばそれでよい、と。法王の寵愛はケサル王に勝るでしょう」
メイサが翼を震わせ逃げようとすると、ジュクモが水の中からすがるように叫んだ。
「メイサ、助けて」
その声に後ろ髪を惹かれ、翼を開く間もなく、そのまま地上に倒された。もはや逃げるのをあきらめるしかなかった。
よりあわれなのはジュクモである。水に入る時に薄い衣の他はすべて脱ぎ捨てたので、皇后でありながら、おずおずと水から上がった姿は、濡れた薄絹が体に張り付き、何も身に着けていないかのようだった。顔色は失われ、恥ずかしさに耐えるばかり。
礼儀正しい将軍は視線をそらせ、ジュクモはメイサに手伝わせ服を着た。
メイサは自らの羽衣を脱いでジュクモに着せながら、涙を流した。
「お姉さま、私があの将軍を捕まえておきます。お姉さまは宝を持って早く飛んで逃げてください。
将軍は振り向いくと、脅すように尋ねた。
「どちらがケサルの妃ジュクモだ」
メイサはジュクモに目で合図し、兵士の前に進み出ると、満面の笑みを湛えて言った。
「私が美しさで知られたジュクモです。あなたについてムヤの王様に会いに行きましょう。これは私の姉です。無事を伝えるために帰らせてください」
軍は二人をかわるがわる見たが、すぐには決断できなかった。
メイサは言った。
「彼女をごらんなさい。水に入って遊ぼうとその体を露わにしながら、事が起こるとひたすら怖がっているだけ。皇后の気品があると思われますか」
それを聞いて将軍はなるほどと信じることにした。
「分かった。そなた一人がおとなしく着いて来れば、これ以上困らせはしない」
ところなんと、ジュクモはメイサに馬鹿にされたと思い込み、燃え上がった怒りに恐怖を忘れ、名乗りを上げた。
「一歩進めば百頭の駿馬に値し、一歩退けば百頭のヤクに値する。百人の男が釘付けになり、百人の女が不運を嘆く。私こそケサルの愛する妃、美しさで知られるリン国の皇后ジュクモです」
言いながら媚びを含むまなざしで見つめて将軍の心を乱そうとしたので、将軍は慌てて法王から与えられた人の皮で出来た袋を開いた。袋が開くや否や突風が起こり、二人の妃を袋の中に放り込んだ。将軍はやっと正気を取り戻し、袋を担いで王城へ戻った。
二人は暗い袋の中に押し込められ、お互いを責め合ったが、もはやどうすることも出来なかった。口が開くと二人は袋から転がり出た。
メイサは雀に変身したジュクモを発見し、ジュクモの目にもメイサは小さな雀に変わっていた。
人の声が雷のように響きわたり、顔を挙げると、王座を並べて座っているムヤの二人の国王はまるで高い山のようだった。法王ユズトンバが俗王ユアントンバに向かって言った。
「小さな法術を使っただけだ。そうしなければ生きた人間二人を皮で作った袋に押し込められないからな」
「かなり時間が経ったので、元に戻れないかもしれませんね」
この言葉を聞いて、ジュクモは自分もまたメイサと同じように醜い雀に変身しているのを知り、焦りと悲しさに、チュンチュンと泣き叫んだ。
美貌が失われることに比べれば、命を失うことなど怖くはない。ジュクモは翼を振るわせ、法王の目をつつこうと中空まで飛び上がった。だが、法王が手の中の鈴を揺らすと、澄んだ音と共に金の光が放たれ、地に落とされた。
法王は言った。
「変われ!」
すると二人の妃は人間の姿に戻った。