「眠る」(要約)
予感は存在すると確信しなくてはならない。
「私」が羊飼いが自分の想像の世界に入って来るのを予感したのと同じように。
私はジープに乗って甘村にやって来た。かつての右派で自分は反逆者だと誇っている同乗の男が、小説を書く時に守らなくてはならないことを私に語っている。私は文学の世界と現実の世界の違いを考える。そして、羊と羊飼いの姿を見る。羊飼いは「来いよ」という。私は「来たよ」と答える。
12年前、流れ者の暮らしをしていた私はこの村で足を脱臼し、土地の医者の手当を受けた。医者は白楊の木の皮を私の足に巻き脱臼を直してくれた。医者は白楊の木が枯れるごとに、新たに木を植えて補充していた。
私はここで羊飼いに出会う。彼は十年間木を植えるための穴を掘り続けている。羊が木の葉を食べて枯らしてしまうからだ。山には七百個の小さな穴がある。なぜか分からないが、私はそのすべてをはっきりと分かっていた。それを想像力と呼ぶ。そして、羊飼いがこの日私がここに来るのをぼんやりと予感しているのも分かっていた。
あの医者はすでに亡くなっていて、私は一晩羊飼いの家に泊まる。羊飼いは父親の残した宝――磁器の瓶を写真に撮らせようとする。
その時羊飼いは突然私に言う。「あの時来たのはお前だろう」。十二年前、一人の少年がこの宝を盗みに来たが見つかってしまい、壁を超えようとして足を脱臼した。村の医者は親切にその子の傷を治した。その後、その子はこっそりと出て行った。「あの時お前はこの宝を盗りに来たのだ」。
よく覚えていない、と私は答える。「その子は宝を盗もうとしたのではなく、トウモロコシを盗もうとしたのかもしれない」。羊飼いはしばらく黙ってからうなずく。私は「帰るよ」という。羊飼いは「寝て行け」と言う。だが、私は寝付けない。私はすべてを忘れてしまったのかもしれない、そして、何も忘れていないのかもしれない。
その夜、私は医者の植えた木の夢を見た。この小説の作者が木の葉の間でイェイツの詩を暗唱していた。
青春のはじめての恍惚の後、私は
日々考え、ヤギを見つけたが
道筋は見つけられなかった
歌おう。もしかして、お前が考える間に
いくらかの薬草を抜き取ることが出来て、私たちの悲しみは
もうあのように苦くはなくなるかもしれない。
*****
想像と現実が入り混じる不思議な物語だ。現在の自分と過去の自分。過去に出会った羊飼い。お互いがお互いを予感し、それらが一つに重なっていく。それが創作であり、現実を超えた確かで同時にあやふやな想像を孕んでいる。
イェイツ。ヨーロッパ大陸に遍在していた古い民族・ケルトの詩人に阿来は惹かれたていた。その詩に触発された実験的作品と言えるかもしれない。
予感は存在すると確信しなくてはならない。
「私」が羊飼いが自分の想像の世界に入って来るのを予感したのと同じように。
私はジープに乗って甘村にやって来た。かつての右派で自分は反逆者だと誇っている同乗の男が、小説を書く時に守らなくてはならないことを私に語っている。私は文学の世界と現実の世界の違いを考える。そして、羊と羊飼いの姿を見る。羊飼いは「来いよ」という。私は「来たよ」と答える。
12年前、流れ者の暮らしをしていた私はこの村で足を脱臼し、土地の医者の手当を受けた。医者は白楊の木の皮を私の足に巻き脱臼を直してくれた。医者は白楊の木が枯れるごとに、新たに木を植えて補充していた。
私はここで羊飼いに出会う。彼は十年間木を植えるための穴を掘り続けている。羊が木の葉を食べて枯らしてしまうからだ。山には七百個の小さな穴がある。なぜか分からないが、私はそのすべてをはっきりと分かっていた。それを想像力と呼ぶ。そして、羊飼いがこの日私がここに来るのをぼんやりと予感しているのも分かっていた。
あの医者はすでに亡くなっていて、私は一晩羊飼いの家に泊まる。羊飼いは父親の残した宝――磁器の瓶を写真に撮らせようとする。
その時羊飼いは突然私に言う。「あの時来たのはお前だろう」。十二年前、一人の少年がこの宝を盗みに来たが見つかってしまい、壁を超えようとして足を脱臼した。村の医者は親切にその子の傷を治した。その後、その子はこっそりと出て行った。「あの時お前はこの宝を盗りに来たのだ」。
よく覚えていない、と私は答える。「その子は宝を盗もうとしたのではなく、トウモロコシを盗もうとしたのかもしれない」。羊飼いはしばらく黙ってからうなずく。私は「帰るよ」という。羊飼いは「寝て行け」と言う。だが、私は寝付けない。私はすべてを忘れてしまったのかもしれない、そして、何も忘れていないのかもしれない。
その夜、私は医者の植えた木の夢を見た。この小説の作者が木の葉の間でイェイツの詩を暗唱していた。
青春のはじめての恍惚の後、私は
日々考え、ヤギを見つけたが
道筋は見つけられなかった
歌おう。もしかして、お前が考える間に
いくらかの薬草を抜き取ることが出来て、私たちの悲しみは
もうあのように苦くはなくなるかもしれない。
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想像と現実が入り混じる不思議な物語だ。現在の自分と過去の自分。過去に出会った羊飼い。お互いがお互いを予感し、それらが一つに重なっていく。それが創作であり、現実を超えた確かで同時にあやふやな想像を孕んでいる。
イェイツ。ヨーロッパ大陸に遍在していた古い民族・ケルトの詩人に阿来は惹かれたていた。その詩に触発された実験的作品と言えるかもしれない。