黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

人生二巡目のスタート 改稿

2012年05月15日 09時07分35秒 | ファンタジー

 六十一年目の人生に入る少し前、還暦祝いの招待状を妻から受け取った。名前の通った料理屋で、旧知の七名がこぢんまりした宴会をしてくれるという。口にこそしなかったが、一週間前くらいからなんだかソワソワしていた。ところが当日未明、突然胸の悪さに目が覚め、あわててトイレにかけ込んだ。喉の奥からゲーゲーと嫌な声、口からよだれ、目から涙が出るばかりで、胃の内容物はなかなか出てこない。昨晩の寝酒で、フリーズドライの大豆を食べ過ぎたんだろうかと後悔したが、時すでに遅し。「坂の上の雲」の秋山真之氏の死因が虫垂炎をこじらせた腹膜炎だったというが、あれは炒り豆の食べ過ぎではなかったかと、ふと頭の隅に浮かんだ。頭の構造というのは、つい最悪の事態を思い描くものなのか。それともネガティブな私の精神特有のものなのか。約二時間後やっと吐瀉物が収まり、寝直しできるぞとベッドに入ろうとしたら、今度は下痢だ。一通り用を済まして、少々うつらうつらしてから起きようとしたら、後頭部が枕にひっついて上がらない。全身寒くてたまらない。寝汗もかいている。そう確認した私は、自分が今晩の催しの主賓であることを改めて思い出し、肝心なときにとんでもない過ちをまた、と呆然自失。記憶にある私の失敗の数々は、なんでこんなに間が悪いんだ、といったものばかり。暦を一巡して新しい人生に踏み出したのに、昔ながらの輪廻の輪の上をよちよち歩き回っている気分だ。熱は三十七度三分しかないが、もしも猛威を振るうインフルエンザなら、会場へは行けない。と思った私は飛び起きて、急ぎ検査を受けることにした。結果は陰性。ただし、ウィルス性の下痢嘔吐なら人にうつす恐れがあると注意を受けたが、これならなんとかなると胸を撫で下ろした。
 その夜は気のおけないメンバーの集まりだ。普段から、場の雰囲気を盛り上げようなんて繊細な神経の働かない私が、いつもよりもの静かだとしても、彼らは、私の調子がどうだか判断できないはず。和やかな懇談の後半に入っても、私は食欲の復調の兆しなく、最初の数品を口にしただけで箸を置いていた。そのとき、私の手元を見た一人が、どうしたの?と驚きの声を上げた。次の瞬間、皆の顔が青ざめ、懇談の場に咲いた花はあらかた摘み取られた。この話は、二十歳代の基礎代謝を誇って無茶食いする、私の性癖を知っている者にしか理解できない。やはり人生二巡目にもなったら、そういう本能的な悪弊からすっぱり足を洗うべきだろう。他にも、場を白けさせない、ここ一番のとき不安感を与えない、妻はじめ親しい方々にもちゃんとした言葉と態度で感謝の念を伝える、などといった年相応の礼儀作法を身につけよう。いろいろ課題を上げるときりがないのでこの辺で止めるが、悠々自適の境遇などどこにあるのか、言葉を作った人によくよく確かめてみたい。(2012.5.15)
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