帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔百二十六〕二月、宮のつかさに

2011-07-24 06:01:01 | 古典

   



                                 帯とけの枕草子〔百二十六〕二月、宮のつかさに 


 
 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言枕草子〔百二十六〕二月、宮のつかさに

 
二月、官の司(太政官庁)では、かう定(定考)ということをするという。何事でしょうか、くじなど(孔子の画像など)をお掛けしてすることでしょう。そうめ(聰明)といって、主上にも宮にも、あやしきもののかた(珍しくてよく知らない食物の形・絵)などを、かはらけ(素焼きの器)に盛って献上する。
 
 「かう定…かうぢやう…ぢやうかう…定考(六位以下の者の官職を定める儀式)を逆さまに言う」「さうめ…そうめい…総明…お供えの食物」。事物の名が奇妙に戯れている。ここに次の署名のなぞを解く鍵がある。

 

 頭弁(行成、蔵人頭、左中弁)の御もとより、主殿寮(役人)が、ゑなどやうなる物(絵巻物かと見えるもの)を、白い紙に包んで、梅の花の満開なのに付けて持って来た。ゑ(絵、餌、枝)だろうかと、急いで取り入れて見れば、へいだん(餅餤)という物(食物)を、二つ並べて包んであったのである。添えてある書状には解文(公文書)のように、「進上へいたん一つゝみ 、れいによて進上如件、別当少納言殿……進上します、餅餤一包み。例に依って進上、件の如し。長官少納言殿」とあって、月日を書いて、みまなのなりゆき(ゆきなりのなまみ…行成の生身)とあって、奥に、「このおのこは、みづからまいらむとするを、ひるは、かたちわろしとて、まいらぬなめり(このおのこは、自ら参上しようとはするが、昼は容貌が悪いということで参らないもようです……このおのこは、『かつらきのかみ』で、昼は容貌わるいとて、参らないようで)」と、たいそうおかしくお書になってあった。御前に参って、ご覧に入れると、「めでたくもかきたるかな、をかしくしたり(愛でたく書いたものですね。おもしろく趣向してあります)」などとお褒めになられて、げもんはとらせ給つ(解文はお取りになられた、行成の文字はすばらしいからかな)。

「お返しはどうするべきか。この餅餤持って来た者には、物など与えるのでしょうか、知っている人がいたらなあ」と言うのを、お聞きになられて、「惟仲(左大弁、行成の上司)の声がしていた、呼んで問いなさい」とおっしゃられたので、端に出て、「左大弁にお話があります」と侍に呼びにやらせたところ、たいそう身なりを調えてやって来た。

「そうではなく、わたくし事なのです。もしも、この弁官とか少納言などのもとに、このような物を持って来る、しもべ(下僕…下部)に何かするこはありますか」と言えば、「そのようなことはありません。たゞとめてなんくひ侍(ただ受け取ってですね、食べるのです)。なぜお聞きになるのですか。もしや太政官の人として得られたのですか」と問うので、「いかゞは(どうなんでしょうね)」と応えて、(行成への)返事をたいそう赤い薄様紙に、「みづからもてまうでこぬしもべは、いとれいたんなり、となむみゆめる(自ら持って参らない、下僕は、ひどく冷淡だと、見える……玉二つだけで自らはやって来ない下部は、まったく冷淡によ、見るのでしょう)」と、珍しい紅梅に付けて奉った。さっそくいらっしゃって、「しもべさぶらふ、しもべさぶらふ(貴女の下僕が参っています、冷淡な下部が参っています)」とおっしゃるので、出たところ、「あのようなもの、空読みして返事をよこされるかと思ったのに、華やかに言ったものですね。女の少し我はと思っているのは、歌を詠みがちである。そうでない方が話しやすいことよ。まろなどに、そのような歌などを言うような人は、返てむしんならんかし(かえって心無い仕業でしょうね)」などとおっしゃる。則光なりやなどと、わらひてやみにしことを(歌の苦手な則光なのかやなどと、笑ってやんだことを)、主上の御前で人々がたいそう多く居るところで、行成が語られたので、そのとき主上が、それはよくいひたり(それはよく言った)と、おっしゃられたと、また他の人が私に語ったのだ、みぐるしき我ぼめどもなりかし(見苦しい自慢ごとではある)。


 言の戯れと言の心

 「ゑ…絵…餌…え…柄・枝…男の身の枝…おのこ」「へいだん…餅餤…手で丸く千切った形の餅…丸餅に近い、二つ並べて包むと小さな絵巻物か掛け軸のような円筒形になる」「解文のやう…太政官庁の弁官局から少納言局に送った公文書のよう」「別当…長官…少納言局局長」「みまなのなりゆき…ゆきなりのなまみ…行成の生身…おのこ(この度は、玉二つだけ)」「昼はかたちわろしとてまゐらぬ…葛城の神、鬘着の上というあだ名で、明るい時は苦手な清少納言をからかっている」「惟仲(左大弁)…行成の上司…あの生昌の兄…兄弟そろって大真面目で戯れごとなどには無関心な人」「しもべ…下僕…下部…おとこ」「見…覯…媾…まぐあい」「のりみつ…則光…別れて地方へ赴任して行った前夫…歌の苦手な人」「わらひてやみにし…笑って止んだ…笑って病んだ…笑い病になった…大まじめな上司が知らぬがほとけとはいえ、部下の行成の生身のたまたまを、ただ食うのですと、少納言に言ったと聞いた男たちの笑いも止まらなかった」。


 
行成のからかいに応酬して男どもを大笑に持込んだ自慢話。
 

伝授 清原のおうな

聞書 かき人知らず    (2015・9月、改定しました)


  原文は「枕草子 新 日本古典文学大系 岩波書店」による