帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの新撰和歌集巻第四 恋雑 (三百五十七と三百五十八)

2012-10-12 00:34:39 | 古典

   



          帯とけの新撰和歌集



 歌言葉の戯れを知り、紀貫之の云う「言の心」を心得えれば、和歌の清げな姿だけではなく、おかしさがわかる。藤原公任は、歌には、心と、清げな姿と、心におかしきところがあるという。言の戯れと「言の心」を紐解きましょう、帯はおのずから解け、人の生の心情が顕れる。


 紀貫之 新撰和歌集巻第四恋雑 百六十首
(三百五十七と三百五十八)


 白玉か何ぞと人のとひしとき 露と答へて消えなましものを
                                  
(三百五十七)

 (白玉なの何なのと、ひとが問うた時、露だよと答えて、命も・消えていたらなあ……真珠かしら何なのと女が問うた時、わが白つゆと答えて、それとともに命・消えていたらなあ)。


 言の戯れと言の心

 「白玉…真珠…白露…おとこ白つゆ」「人…女」「つゆ…露…おとこ白つゆ」「消えな…消えぬ…消えてしまう…露が昼を待たず消えてしまう…命はかなく消えてしまう…おとこ白つゆ色消えてしまう」「ましものを…(消え)ていたらなあ(こんな苦しみは無かったのに)…仮に想定する意を表す。不満や希望などが込められる」。


 古今集の歌ではない。男の歌。伊勢物語の主人公の歌、作者の歌、業平の歌。

 歌の清げな姿は、白露を真珠かしらと問うたとき露と共に消えていたらなあ・愛別離に苦しまずに済んだのに。歌は唯それだけではない。

 歌の心におかしきところは、契りを結んだ時に死んでいたらなあ・怨憎に会わずに済んだのに。

 

 伊勢物語(第六)では、どのような場面で詠まれているか見てみましょう。


 むかしをとこありけり。女の得られそうにもなかったのを、としをへてよばひわたりけるを(年を経て呼びかけ続けたので…疾しを経て夜這い続けていたので)、かろうじて盗み出して、とっても暗い所に来た。

 あくたかはといふかはを(芥川という川を…塵芥という女を…お姫様育ちの女を)ゐていきければ(連れて行ったので…射て逝きければ)くさのうえにおきたりけるつゆを(草の上におりた夜露を…女の草むらの上におちたおとこ白つゆを)、「かれはなにぞ(あれは何なの)」と男に問うたのだった。

行き先遠く夜も更けてきたので、鬼のいる所とも知らず、雷が激しくなり雨もひどく降ったので、荒れた蔵に女を押し入れて、男は弓矢を背負い戸口に居た。早く夜が明けてほしいと思いつつ居たところ、鬼、早くも人を食ったのだった。「あなや(あゝあ…穴や)」と行ったけれど、神なる(雷鳴る…女泣き叫ぶ)騒ぎに聞こえなかった。ようよう夜が明けゆくときに、見れば連れてきた女はいない。あしずり(虫けらの断末魔の様)して、男は泣いたけれども、かひなし(甲斐はない…貝はない)

しらたまかなにぞと人のとひしとき つゆとこたへてきへなましものを

 

女の兄達に取り返えされたのだ。その兄達を鬼と云った。そして後に、女は雲の上の人となった。この男のことなど忘れ去ったようだった。

 「あくた川…塵芥の川…最低のひどい女…愛しさ余って憎さ百倍…最上級の女…后候補の女」「川…女」「よばひ…呼ばひ…夜這い」「神…雷神…女」「甲斐…貝…女」。

 


 流れては妹背の山の中に落つる吉野の滝のよしや世の中
                                 
(三百五十八)

 (流れきて妹背の山の中に落ちる吉野の滝のよう、いいじゃないのそれで、世の中……汝、涸れては、女と男の山ばの半ばで、逝けに落ちる好し野の多気女が、それで好いのか、夜中よ)。


 言の戯れと言の心

 「流れ…汝涸れ…おとこ涸れ果て」「妹背の山…山の名…名は戯れる。女と男の山ば、人の絶頂」「中…間…中ほど…半ば」「落つる…おちぶれる…死ぬ…山ばから生涯の崖を落ちる…絶頂から逝けに落ちる」「吉野…所の名…名は戯れる…好し野…好きところ」「滝…女…多気…多情」「よしや…良しや…まあ良いか…好しや…まあ好いか…好いと思うか」「世の中…男女の仲…夜の中…未だ朝では無い」。

 

 古今和歌集 恋歌五。題しらず、よみ人しらず。第四句「吉野の川の」。女の歌として聞く。

 歌の清げな姿は、流れるようにして、山あり谷あり生涯を終える、まあいいか、この世はそういうもの。歌は唯それだけではない。

 歌の心におかしきところは、多気女が漏らす、おとこへの憤懣。

 

 

 伝授 清原のおうな


 鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。

 聞書 かき人しらず


  新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。