帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第九 雑上 (四百四十九)(四百五十)

2015-10-15 00:11:28 | 古典

           


 

                          帯とけの拾遺抄


 

藤原公任撰『拾遺抄』の歌を、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の言語観と歌論に従って読んでいる。

公任の捉えた和歌の表現様式は「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりといふべし」という、優れた歌の定義に表れている。

公任の撰んだ歌には、品の上中下はあっても、「清げな姿」「心におかしきところ」時には「深い心」の三つの意味が有るにちがいない。


 

拾遺抄 巻第九 雑上 百二首

 

修理大夫惟正が家にかたたがへにまかりけるに、いだして侍りける

まくらに、つとめてかへるとてかきつけ侍りける    少将義孝

四百四十九  つらからば人にかたらんしきたへの まくらかはして一夜ねにきと

修理大夫源惟正の家に方違えに行ったときに、お使い下さいと・出された、白い・枕に、翌朝、返すとて書き付けた、 (少将藤原義孝・藤原行成の父)

(貴君が・ひどい応接するならば、人に語るつもりだった、しきたへの・敷き絶えの・使い古しの、枕かわして一夜寝たと……貴君が・つらくあたるならば、女と偽って・人に言いふらすつもりだったよ、色、絶えの、間、暗、交わして、一夜寝たとね)

 

言の戯れと言の心

「つらからば…ひどい仕打ちならば…つらくあたるならば…冷淡ならば…方違えの時は一方的に一夜の宿を借りるので、借りる方は気を遣った、冷淡に扱われる不快感は・すさまじ、と清少納言もいう」「人にかたらん…人に語ろう…言いふらしてやろう…悪い噂を立ててやろう」「しきたへの…枕詞…色々に聞こえる。敷き絶え、使い古し、色絶え、色気失せた、色妙の、真っ白な」「まくらかはして…枕交換して…寝物語交わして…間・暗、交わして」「ま…間…おんな」「くら…暗…心暗い…色事に暗い…おとこへの蔑みの言葉」。

 

歌の清げな姿は、清潔な枕まで貸与され感激して書き付けた戯れの歌。

少将義孝二十歳ぐらいの時のこと、大夫惟正は官位も年齢も身分も上位の人。義孝はつらい仕打ちを受けると恐れていたのだろう。

心におかしきところは、一夜、ちぎり交わしたれど、あの男、色絶えていて、その道に暗かったわ。

 

枕草子(二十二)すさまじきもの

すさまじきもの――略――方違え行きたるにあるじせぬ所」とある。

  「すさまじ…ぞっとするような不快感…たとえば、生まれた子が亡くなった産屋のありさまなどが挙げられてある」「あるじ…客をもてなすこと…おもてなしの心を示すこと」

 

 

          内に候ひける人をちぎりてはべりけるよ、おそくまできけるほどに、

うしみつと時そうしけるをききて、女のいひつかはしける 読人不知

四百五十  人ごごろうしみついまはたのまじよ ――――――――――――

とありければ                     良岑致貞

      ―――――――――――――――――――  ゆめにみゆとやねぞすぎにける

          内裏に居る人とちぎりを交わした夜、おそくなった頃に、うしみつと、

時を奏する音を聞きて、女が言い遣わしたのだった、 よみ人しらず

(他人の心、憂しと見てしまう・丑三つ、今はもう頼まないし・今のうちに帰って噂立たないように……男の心、憂しと見た・丑三つ、井間は頼んでいないようだし・さっさと帰って)

とあったので、           (良岑宗貞・僧正遍昭の俗名)

(夢を見ているようだなあ、寝過ごしたことよ・夢心地のまま帰る……夢のように・はかない見だったとか、あなたが・根好き・寝過ぎるのだよ)

 

言の戯れと言の心

「人ごころ…他人の心…男の心…女の心」「うしみつ…真夜中二時か三時ごろ…憂し満つ…憂し見つ」「憂し…つれない…心くるしい…気が進まない…憎らしい」「見つ…見てしまう…思ってしまう」「つ…完了した意を表す」「見…覯…媾…まぐあい」「いまは…今は…井間は…おんなは」「じ…打消しの推量の意を表す…打消しの意志を表す」

「ゆめ…夢心地…はかないもの」「寝…共寝…根…おとこ」「すぎ…過ぎ…過度である…すき…好き」「ける…気付き・詠嘆の意を表す」

 

歌の清げな姿は、素晴らしいちぎりを交わした御両人の思い。

心におかしきところは、山ばも不一致、性の格も不似合い、和合ならなかったようで、暁の峰の別れはならず、丑三つ時の別れ。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。