帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの『金玉集』 雑(七十) よみ人しらず

2013-01-03 00:02:03 | 古典

    



             帯とけの金玉集



 紀貫之は古今集仮名序の結びで、「歌の様」を知り「言の心」を心得える人は、いにしえの歌を仰ぎ見て恋しくなるだろうと歌の聞き方を述べた。藤原公任は歌論書『新撰髄脳』で、「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」と、優れた歌の定義を述べた。此処に、歌の様(歌の表現様式)が表れている。

公任の金玉集(こがねのたまの集)には「優れた歌」が撰ばれてあるに違いないので、歌言葉の「言の心」を紐解けば、歌の心深いところ、清げな姿、それに「心におかしきところ」が明らかになるでしょう。



 金玉集 雑(七十)よみ人しらず

 世の中は夢かうつゝか現とも 夢ともわかずありてなければ

 (世の中は夢か現実か、現実とも夢とも分けられない、有為であって常なること無いのだから……夜の仲は夢か、うつつかしら、憂筒ともはかないものともわからない、有ってすぐに無いのですもの)。


 言の戯れと言の心

 「世の中…男と女の世の中…夜の仲…夜の中のこと」「夢…はかないもの…現実ではない事」「うつゝ…現実…浮筒…浮かれ男…憂筒…憂きおとこ」「わかず…分けられず…(はかないものとも)判別できず」「ありてなければ…有りて無ければ…有為であって無常だから(縁あって起きていて常なること無いのだから)…有ると感知してもすぐに無いのだから…おとこのはかないさが」。


 歌の清げな姿は、世の中についての感慨。歌は唯それだけではない。

歌の心におかしきところは、夜の仲についての女の感想。


 古今和歌集 雑歌下。よみ人しらず、女の歌として聞く。第四句「夢ともしらず」。


 ついでながら、古今集でこの歌の次にある、よみ人しらずの歌を聞きましょう。

世の中にいづら我が身の有りて無し あはれとやいはむあなうとやいはむ

 (世の中で、どこにわが身が在っても無いのも同然、哀れと言おうかあゝつらいと言おうか……夜の中で、出づら我が身の一つ、在って虚し、いとしいと言おうかあゝいやだと言おうか)。


 「世の中…男と女の世の中…夜の仲…夜の中のこと」「いづら…どこ…どちら…出づら…出た状態」「ら…状態を表す…情態を表す」「我が身…我が身の一つ…おとこ」「あり…在り…有り」「なし…居ない…存在しない…無用の」「あはれ…哀れ…同情する…いとしい」「あなう…あな憂…ああつらい…ああいや」。


 古今和歌集 雑歌下。よみ人しらず、男の歌として聞く。



 伝授 清原のおうな


 鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。

 聞書 かき人しらず


  『金玉集』の原文は、『群書類従』巻第百五十九金玉集による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。