帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの土佐日記 (亡き女児を思う) 師走廿七日・ 廿八日

2013-01-18 00:31:16 | 古典

    



                         帯とけの土佐日記


 土佐日記(亡き女児・別れがたき人々)師走二十七日・二十八日


 廿七日。大津より浦戸を目指して漕ぎ出す。そうするうちに、京にて生まれた女児、くにゝてにはかに(この国に来てすぐに…田舎の国で急に)亡くなったので、このごろの出立準備を見ても、なにごとも言わない。京へ帰るというのに、女児の亡きことだけが悲しく恋しくなる。居合わす人々も堪えられず。そこで、あるひと(或る人…ある女)の書いて差し出した歌、

みやこへとおもふをものゝかなしきは かへらぬひとのあればなりけり
(都へと思うものの、なんだかもの悲しいのは共に帰らない人がいるからだったのね……宮こへと思うのに、もののかなしいのは、返らないない人がいるからなのよねえ)。

また、ある時には(語り手の歌)、

あるものとわすれつゝなほなきひとを いづらととふぞかなしかりける
(在るものとばかり忘れていて、やはり亡き子を、何処にいるのと問うているのは悲しいことよ……いつまでも在るものとばかり忘れていて、直なき人を、出づらと問うのはせつなく愛しいことよ)。

と言っている間に、かこのさき(鹿児の崎…彼子が先)と云う所に、新任の守の兄弟、それに他の人、あれこれと酒や何やかやと持って追って来て、磯に下りて居て、別れ難い言をいう。守の舘の人々の中で、この来ている人々こそは、こゝろ(誠意…人情)あるように云われ、そのような様子がほのかにみえている。こうして別れ難そうに言って、彼の人々が、くちあみ(朽ち網…朽ちかけた網)でも皆で持てば(何とかなるさ)と、この海辺で、担い出した歌、

をしとおもふひとやとまるとあしがもの うちむれてこそわれはきにけれ

(名残惜しいと思う人、もしや留まるかと、葦鴨のように群がって、われわれはやって来ました……愛しいと思うお人、もしや留まるかと、悪しかもの女のように、内、蒸れてですね、わたしは来たことよ)。

と言っていたので、たいそうに愛でて、ゆく人(行く人…逝く男)が詠んだ。

さをさせどそこひもしらぬわたつみの ふかきこゝろをきみにみるかな

(棹させど、底も知れない海のような深い好意を、君に観じるよ……さおさせど、限りも知らない海のような女の、深い情をきみにみていることよ)。

と言っている間に、船頭、もののあはれ(もの事の情感)も知らないで、おのれだけ酒くらっていたので、はやくいなん(早くゆこう)として、「しほみちぬ、かぜもふきぬべし(潮満ちた風も吹くだろう…しお満ち足りた飽き風も吹きそうだ)」と騒ぐので、船に乗ろうとする。この折に、居る人々、折節につけて、漢詩などその時に相応しいのを言う。また、或る人は西国なのに東の甲斐歌など言う。このように歌うときに、

ふなやかたのちりもちり、そらゆくゝもゝたゞよひぬ(舟屋形の塵も散り、空行く雲も漂ひぬ……夫なや方の心の塵も散り、あまの心を行く雲も漂った)」と言っているようだ。今宵、浦戸に泊まる。藤原のときざね、橘のすゑひら、他の人々も追って来た。

 
廿八日。
浦戸より漕ぎ出て、おほみなとをおふ(大湊に至ろうとする…大みなとに近づく)。この間に、ずっと以前の守の子、山口のちみね、酒、よき食物など持って来て、船に差し入れていた。行く行く飲み食う。

 
言の戯れと言の心
 「くににてにはかに…土佐の国に来て突然…田舎に来てすぐに」「くに…国…地方…いなか」。
 「みやこ…都…京…宮こ…絶頂」「もの…言い難きこと…身のひとつの物」「かなし…悲しい…愛しい」「かへる…帰る…返る…繰り返す…反り返る」。
 
「なほ…猶…直…直立」「ひとを…亡き女児を…ひとのおを」。「いづら…何処…出づら」「ら…状態を表わす」。「こころ…心…厚意…情」。
 「をし…惜しい…愛しい」「あしかも…葦鴨…悪し鳥…わるい女かも」「あし…葦…脚…悪し」「かも…鴨…鳥…女…神世に沼河姫が八千矛の神の命のやや乱暴な求婚に、『ぬえ草の女にしあれば、わが心浦渚の鳥ぞ、今こそは我鳥にあらめ後は汝鳥にあらむを、命はな死せ給ひそ』と歌ったとき既に鳥は女。ついでながら、沼、河、草、浦、す(渚・洲)も言の心は女」「かも…疑いの意を表わす」「うち…接頭語…内…中」「むれて…群れて…蒸れて…熱く潤って」。
 「ゆく人…帰り行く前の国守…逝く男」「さお…棹…おとこ」「わたつみ…海…女」「みる…見る…覯…まぐあう」。
 
「もののあはれ…言い難い情感…そのときの女の情感」「いなん…往かむ…逝かむ」。「しほ…士お…肢お…おとこ」「かぜ…風…心に吹く風」。
 「ふな…船…夫な…男の」「かた…方…片一方」「ちり…塵…心の塵」「そら…空…天…あま…女」「くも…雲…心に煩わしくも湧きたつもの…情欲など…ひろくは煩悩」「ただよふ…漂う…風のままに移動する…たじろぐ…ひるむ」。
 「おほみなと…大湊…所の名…名は戯れる。大身な門、偉大なるおんな」
「おふ…追う…老う…迫る…ものの極みに至る・近づく」。


 伝授 清原のおうな
 聞書  かき人知らず(2015・11月、改定しました)

 
原文は青谿書屋本を底本とする新日本古典文学体系土佐日記による。