帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百五十五〕成信の中将・〔二百五十六〕大蔵卿

2011-12-16 00:02:19 | 古典

  



                   帯とけの枕草子〔二百五十五〕成信の中将・〔二百五十六〕大蔵卿



  言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。


 清少納言枕草子〔二百五十五〕成信の中将こそ・〔二百五十六〕大蔵卿ばかり

 
  成信の中将(源成信)こそは、人の声をたいそうよく聞き知っておられる。同じ所の人(女房)の声などは、常に聞かない人は、とても聞き分けられない。とくに男は人の声をも筆跡でも、聞き分け見分けないものなのに、たいそう密かなのも、確りと聞き分けられたことよ。

 
大蔵卿(藤原正光、道隆の従兄弟)ほど、耳の鋭い人はいない。ほんとに、蚊のまつげの落ちるのも聞きつけられるようなのよ。職の御曹司の西面に住んでいたころ、大殿の新中将(源成信)が宿直で、ものなど言っていたところ、そばにいる女房が、「この中将に、扇のゑの事いへ(この中将に、扇の絵のこと言ってよ……成信の中将に、合う気の好しのこと言ってよ)」とささやくので、「いまかの君のたち給ひなんにを(今、彼の大蔵卿の君が席をお立ちになられるでしょうから・その後に)」と、たいそう密かに言っているのを、その女房さえよく聞こえず、「なにとか、なにとか(なんて、なんだって)」と耳を傾けて来るというのに、大蔵卿は遠くに居て、「にくし、さのたまはば、けふはたたじ(にくらしい、そんなことおっしゃるなら、今日は席を立たないぞ)」とおっしやったのこそ、どうして聞きつけられたのだろうと、あさましかりしか(おどろいたことよ…呆れかえったことよ)。

 
  言の戯れと言の心

  「扇…あふき…会う気…合う気」「ゑ…絵…え…良…善」。

 
  万葉集巻十三に次のような歌がある。

 たらちねの母にも言はず包めりし 心はよしゑ君がまにまに

 (たらちねの母にも言わず包み隠した、わが心は好しえ、君のご随意に)。

 源成信は、主上の御従兄弟で、まさに貴公子。道長の養子となる。「すくせ君にあこめなし」〔十二〕などと冗談もすばらしい人。容姿もとっても魅力があった(後の二百七十三に記す)。長徳四年(998)十月、成信は右中将に任じられ、大殿の新中将と呼ばれた。これはその頃の話。その二年数か月後、長保三年(1001)二月、なぜか出家された。
 耳の鋭い人。女たちが捨て置かない魅力ある男に、人に共寝の仲介を頼む女。宮仕えしたおかげで色々な人に出会えた。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。