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帯とけの枕草子〔二百五十五〕成信の中将・〔二百五十六〕大蔵卿
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言枕草子〔二百五十五〕成信の中将こそ・〔二百五十六〕大蔵卿ばかり
成信の中将(源成信)こそは、人の声をたいそうよく聞き知っておられる。同じ所の人(女房)の声などは、常に聞かない人は、とても聞き分けられない。とくに男は人の声をも筆跡でも、聞き分け見分けないものなのに、たいそう密かなのも、確りと聞き分けられたことよ。
大蔵卿(藤原正光、道隆の従兄弟)ほど、耳の鋭い人はいない。ほんとに、蚊のまつげの落ちるのも聞きつけられるようなのよ。職の御曹司の西面に住んでいたころ、大殿の新中将(源成信)が宿直で、ものなど言っていたところ、そばにいる女房が、「この中将に、扇のゑの事いへ(この中将に、扇の絵のこと言ってよ……成信の中将に、合う気の好しのこと言ってよ)」とささやくので、「いまかの君のたち給ひなんにを(今、彼の大蔵卿の君が席をお立ちになられるでしょうから・その後に)」と、たいそう密かに言っているのを、その女房さえよく聞こえず、「なにとか、なにとか(なんて、なんだって)」と耳を傾けて来るというのに、大蔵卿は遠くに居て、「にくし、さのたまはば、けふはたたじ(にくらしい、そんなことおっしゃるなら、今日は席を立たないぞ)」とおっしやったのこそ、どうして聞きつけられたのだろうと、あさましかりしか(おどろいたことよ…呆れかえったことよ)。
言の戯れと言の心
「扇…あふき…会う気…合う気」「ゑ…絵…え…良…善」。
万葉集巻十三に次のような歌がある。
たらちねの母にも言はず包めりし 心はよしゑ君がまにまに
(たらちねの母にも言わず包み隠した、わが心は好しえ、君のご随意に)。
源成信は、主上の御従兄弟で、まさに貴公子。道長の養子となる。「すくせ君にあこめなし」〔十二〕などと冗談もすばらしい人。容姿もとっても魅力があった(後の二百七十三に記す)。長徳四年(998)十月、成信は右中将に任じられ、大殿の新中将と呼ばれた。これはその頃の話。その二年数か月後、長保三年(1001)二月、なぜか出家された。
耳の鋭い人。女たちが捨て置かない魅力ある男に、人に共寝の仲介を頼む女。宮仕えしたおかげで色々な人に出会えた。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。