帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百四十五〕せめておそろしき物

2011-12-05 00:23:10 | 古典

    



              帯とけの枕草子〔二百四十五〕せめておそろしき物 



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。 

 

 清少納言枕草子〔二百四十五〕せめておそろしき物


 文の清げな姿

きわめて恐ろしいもの、夜鳴る雷。近い隣に盗人が入っている。わが住む所に来たのは、気付かないので何とも感じない・後で恐ろしい。近くの火事、また恐ろしい


 原文

 せめておそろしき物、よるなる神。ちかきとなりにぬす人のいりたる。わがすむ所にきたるは、ものもおぼえねば、なにともしらず。ちかき火、又おそろし。


 心におかしきところ

しいて気遣うもの、夜泣く女、近い隣に寝す人が入っている。わが住むところにきたのは、ものもおぼえず何とも知らず・夢中よ。近くの情熱の火、股、気遣う。


 言の戯れと言の心

 「せめて責めてきわめて強いて無理に」「おそろしき恐ろしい不安な心配な…気遣う」「なる鳴る鳴く泣く」「神かみ女」「ぬす人盗人寝す人夜這い男」「ぬ寝」「ちかき火家の近所の火事内裏の火事近くの他人の情熱の火」。



 『伊勢物語』第十二に、ぬす人(盗人…寝す人)の話があるので、読みましょう。


 物語の清げな姿

昔、男がいた。他人の娘を盗んで、武蔵野へつれて行く間に、盗人だったので、国の守に絡められた(お縄となった)のだった。(盗んできた)女をば、草むらの中にすて置いて逃げていたのだった。

道来る人、「この野には、盗人がいるのだ」と、火をつけようとする。(捨て置かれた)女、心細そうに、

  武蔵野は今日はなやきそ若草の つまもこもれりわれもこもれり  
 (武蔵野は、今日は焼かないで、枯れ草ではない・若草の端も籠もっている、わたしも籠もっている……)。

と詠んだのを聞いて、女をば、(道来る人が横)取りして、共に連れだって行った。


 原文

むかし、をとこ有りけり。人のむすめをぬすみて、むさしのへゐてゆくほどに、ぬす人なりければ、くにのかみに、からめられにけり。女をば、くさむらのなかにおきて、にげにけり。みちくるひと、この野はぬす人あなりとて、火つけんとす。女わびて、

 むさしのはけふはなやきそわかくさの つまもこもれりわれもこもれり

とよみけるをきゝて、女をばとりて、ともにゐていにけり。


 心におかしきところ

昔、男がいた。他人の娘を盗んで、武蔵野へつれて行く間に、寝す人(夜這いする男)だったので、(武蔵の)国のかみ()に絡められた(虜になった)(盗んできた)女をば、草むらの中に捨て置いて逃げたのだった。道来る人、「この野は、盗人がいるのだ」と、火をつけようとする。(捨て置かれた)女、心細そうに、

 (……武蔵野は、今日は焼かないで、若草の妻も籠もっている、わたしも、み・ごもっている)。

と詠んだのを聞いて、女をば、(道来る人が横)取りして、(腹の子も)共に、つれて行ったことよ。

 
「ぬす人盗人寝す人人のむすめをぬすむ人」「かみ女」「つま妻」「こもれり籠もれり子盛れりみごもれり」。


 『枕草子』は、このような『伊勢物語』と同じ文脈に在る。多重の意味を孕んでいて、ときには遇意を含む。それを、言の戯れも知らず「言の心」を心得ず、平板な文として読み過ごされては、作者(在原業平自身かもしれない)は何んとも言いようがないほどわびしいでしょうよ。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新日本古典文学大系 枕草子による。