帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔九十一〕ねたき物

2011-06-13 00:09:32 | 古典

 



                                        帯とけの枕草子〔九十一〕ねたき物



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔九十一〕ねたき物

 
ねたき物(悔しくてしやくにさわること)
 人
のもとに遣ったのも、人への返事も、書いて遣った後に、文字の一つ二つ思い直ししている。

 
急ぐもの縫っていて、うまく縫ったと思って針を引き抜いたら、前に糸尻を結んでいなかった。また逆さまに縫ったのも、ねたし(悔しい)。
 
南の院(東三条院の南殿)におられるころ、「急な御物である。誰も誰も、時間とらずに大勢で縫って参らせよ」ということで布を給わせられたときに、南面に集まって、御衣の片身づつ、誰が早く縫うかと、近くの者も顔も合わさず縫う様子も、まったく正気の沙汰ではない。命婦の乳母が、とっても早く縫い終えて、さっと置いた、裄の片身を縫ったのだが、逆さまなのに気づかないで、綴じ目をし終えず。惑い置いて席を立ったが、御背を合わすと、もとより間違っていたのだった。笑い騒いで、「早くこれ縫い直せ」と言うのに、「誰が悪く縫ったと認めて直しますか。綾などならば裏を見なくともなるほどと気づき直しましょう、無紋の御衣ですから、何を印にして気づきましょうか。直す人なんて誰がいるでしょう。まだ縫い終わっておられない人に直させてください」と言ってきかないので、「そんなこと言っていられますか」と、源少納言、中納言の君という人たち、もの憂げに取り寄せて縫っておられたのを、見て居たのこそ、をかしかりしか(滑稽だったことよ)。


 面白き萩、薄などを植て見るほどに、ながびつもたるもの、すきなどひきさげて、只ほりにほりていぬるこそ、わびしうねたけれ(おもしろい萩や薄など植えて観賞している間に、長櫃持った者が鋤きなどひっさげて来て、ただ堀りに掘って去ったのは、心細くて悔しいことよ……面白くなった端木、薄情なお花を、うえて見ているおりに、長ひつ持ったもの、好きひきさげて、ただ掘りにほって寝たのこそ、物足りずくやしいことよ)。

よろしき人などの有時は、さもせぬ物を。いみじうせいすれど、只すこしなど打いひていぬる、いふかひなくねたし(だれか適当な男が居るときは、そうはしないのに女がたいそう制しても、ただ少しなどと言って去る、言う甲斐もなく悔しい……ふつうの男でも或るときはそうではないものを、たいそう制しても、ただ少しとうち言い、引いて寝る、ふがいなく、ものたりなくて悔しい)。

 
 ずりやうなどのいへに、物のしもべなどのきて、なめげにいひ、さりとて我をばいかゞせんなど思たる、いとねたげ也(受領の家に、その役所の公僕などが来て、無礼にもの言い、さりとて我をばどうしょうもないだろうと思っている、ひどく悔しいのである……受け身の井へに、ものの下べなどが来て、無礼にいい、それでも我をば如何せん、何とも出来ないだろう・と思っている、とっても悔しいのである)。

 
 見まほしき文などを、人のとりて庭におりて見たてる、いと侘しくねたく思ていけど、すのもとにとまりて見たてる心ちこそ、とびも出でぬべき心ちこそすれ(見たいと思う文などを、夫が取って庭に下りて見て居るのが、ひどくわびしく悔しくて追って行くけれど、簾のもとに留まって我慢して見ている女の心地こそ、飛び出してしまいそうな心地する……見たいと思う踏みを男がとりさって、にわかに下りて見ているのが、ひどくわびしく悔しいので、追って逝くけれど、おとこがすのもとに留まって見ている心地だけは、飛び出してしまうでしょうが、という心地がする)。



 言の戯れを知り言の心を心得ましょう

「ねたし…くやしい…にくらしい…いまいましい」「はぎ…萩…端木…木っ端…おとこ」「すすき…薄…お花…薄情なおとこ花」「見…覯…まぐあい」「うえる…たねまく…まぐあう」「有…在る…健在」「いぬる…去る…寝ぬる…寝てしまった」「ふみ…文…踏み(体験)…行為」「受領…国司…受けて預かる…女」「いゑ…家…井へ…女」「しもべ…公僕…下部…おとこ」「す…簾…洲…女」「見…まぐあい」。



 「ねたし」と思えることを次々と、獅子のように吼えたてている。


 相手や本当の「ねたき」事柄は隠して、あらぬ方に向かって、ただ「ねたき」事柄を並べ立てる、それに「心におかしきところ」さえ添えてある。これを「うそぶき」という。謗りわざの一つである。
 心情を同じくするおとなの女たちの留飲も少しは下がるでしょう。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず   (2015・9月、改定しました)


 原文は「枕草子 新日本古典文学大系 岩波書店」による