小学生攻略法

このブログも10年目。久しぶりに担任復帰です。

学級通信 で不快感を与えないために

2012-04-26 21:22:03 | 学級生活の攻略法

また学級通信の話題にもどります。

クラスで起きた出来事を,できるだけリアルに,生き生きと載せようとすると,子どもの名前も書きたくなるものです。

「しょうたくんが,国語の時間に書いた文章が…」

「ゆりさんは,学級会の司会をがんばって…」

「ただしくんの今日の日記です。― 」

こんなときに実名で登場する子どもは,もちろんいい話題で登場するものでしょう。

それを見た子ども本人は喜びます。

同時に保護者も喜びます。

そして,友だちの活躍を喜んでくれる友だちもいたり,別のおうちの人もいたり。

そうして学級通信を読む人たちが,うれしい気分になってくれることをねらって,子どもの名前を出した生き生きとしたものを書くわけです。

が。

これがトラブルの引き金になることも少なくありません。

一番起きやすいのは

「子どもで,学級通信に載る数に偏りがある。」

というもの。

これを気にする子どもや保護者はいて当然です。

もし子どもの名前を載せるならば,

クラス全員が載る回数を平等にする!

ことを前提とするべきです。

じゃあどうするか。

一番分かりやすのは,

「名簿順なり,順番に載せていく」

ことでしょう。

これなら絶対に差がなくなります。

でも,その時に活躍した子の一番伝えたいリアルな話題にはなりにくくなってしまいます。

他には

「名前を載せた子の名簿にチェックを入れていく」

という方法もあります。

まめな,少し手間のかかる作業ですが,こうすることでも差がなくなりますし,順番にではなく,よりリアルタイムな話題になりやすくなります。

名簿にまだチェックの入っていない子は,何か載せられる話題ができるように,はたらきかけることもできるようになります。

子どもや保護者の中に,いちいち「どの子が何回載った」と全てをチェックしている人はいないと思いますが(いたら恐いですが),「あの子ばっかり」と,不快な印象を与えてしまわないようにするためのものです。

こんなところにも

「あぁ,担任の先生は子どもたちに平等なんだ」

という姿勢を感じられることでしょう。

ところで

先生の中には,子どもの名前を学級通信に載せるのは控えているという人もいるようです。

そういったことで起きるトラブルを未然に防いだり,人権的な面から配慮していたりするものでしょう。

それぞれのスタンスですね。

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渾身の研修計画提案! …しかし

2012-04-23 21:41:54 | 教師の仕事術の攻略法

以前の記事で書いていましたが,今年研修主任で大きな研究公開を任された私は,今日の第一回目の研修での提案に向けて,かなりの準備を進めてきました。

研究内容の明確化

研究組織づくり

研究スケジュール立案

これらの課された課題に対して精一杯の知恵を絞り,研究計画を立てました。

それだけでなく,関係する先生たちのところに何度と足を運び,根回しや打診を繰り返しました。

管理職のところにだって何度も。

そして,私なりに充分だと思う準備をし,今日の全体会にのぞみました。

ここまでしたのも,第一回目が重要だと踏んでいたからです。

ここでうまくいけば,研修が軌道に乗る。

公開がうまくいくんじゃないかという期待がもてる。

そういうことです。

そして,いよいよ,鼻息を荒さんばかりに気合いを入れて,今日の提案。

長い期間をかけて温めた計画だっただけに,頭にもしっかりと入っているし,口もよく動きました。

いわゆる「イメージどおり」の提案ができたと思っています。

そして,気になる先生たちの反応はというと…

イマイチ。

私の提案は,すべてスムーズに承認されました。

先生たちの中には,うなずきながら,納得したようにしてくれている人も見られました。

だから,「バッチリだぜ!」でいいのかもしれませんが…

なんというか…

こう…

手応えを感じたかったんですよねぇ

スムーズに承認されすぎて,意見や質問もなかったんです。

確かにそれが,十分に根回しをしていたことのねらいでもあるんですが,今日初めて私の計画を目にした人も多かったにも関わらず,食いついてくるような人がいなかったんです。

うーん

正直,物足りなさを感じるとともに,これからいよいよ計画に基づいて研究が組織的に行われるということに対して,不安を感じてもいます。

私は主任ですので,ある程度の見通しや,今後のビジョンはもっているつもりですが,みんな,大丈夫なのかな…

なんてことを心配する以前に,気をつけなくてはいけないことあることを,思い出しました。

「分かってくれない症候群」になってはいけない!

「分かってくれない症候群」とは,周りの人や部下に対して,自分のことや仕事を分かってくれていないとばかり感じるようになり,仕事が円滑に進まないことを人のせいにしてしまう,そんな癖ができてしまっていることを言います。

ビジネス人用語だと思います。

極端に言えば,周りの人が無能に見えて仕方ない。

自分はこんなにがんばっているのに,なぜみんな分かってくれないんだ。

ついてきてくれないんだ。

ということばかりで頭がいっぱいになる。

そんな状態です。

しかし,これは間違っています。

周りの人みんなに対してそんな風に感じられるようになるということは,間違いなく自分自身に問題があるということです。

自分に問題があるから,自分と接する人みんなに問題が生じてしまう。

これが正しい答えなのですが,症候群の人はそのことに気付きません。

さて,私の今日の提案。

もちろん「分かってくれない」と,そこまで強烈なものではありませんが,反応の薄さに物足りなさを感じたのは,言うまでもなく私の提案に問題があるということです。

じゃあ,何がいけなかったのか。

おそらく,気合いをいれてのぞんだ私のテンションと,それを受けるみんなのテンションに,差があったのだろうと思います。(笑)

私はこの日に照準を合わせて準備を進め,新学期開始当初からずっと仕事に使う頭の半分くらいは研修のことで埋めていましたが,他の多くの先生は,そんなはずはないんですよね。

と思えば,今日のリアクションは納得がいきます。

じゃあ私ももう少しトーンダウンした提案をすればよかったのか。

いや,それは違うでしょう。

仕事のリーダーとなる人がそれでは頼りない。

だから,今日の提案は提案で,結局よかったのではないかという結論で,自分を納得させることにします。(笑)

そしてこれからの課題が一つ増えました。

「周りのみんなのテンションを上げていくこと。」

です。

「分かってくれない」と嘆くことは絶対にしません。

みんなの研修への意識が高まり,組織として足並みをそろえることが何より重要で,それが次の我々の課題です。

そのために主任としてできることを,また知恵を絞って,足を運んで,やっていきたいと思います。

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学級通信 ちょっと色気を出そうとすると

2012-04-22 11:41:51 | 保護者への攻略法

ときに,学級通信がマンネリ化するのを防ごうと,いつもは書かないような話題を探すことがあります。

そして,政治のことや,社会,芸能など,時事的な話題にふれたりもします。

特に教育に関連することがニュースになっていれば,それもいいネタに。

行事の連絡や,学校での様子の紹介にとどまらず,そういったことまで幅広く語れる先生っていうのは,またバイタリティを感じさせるようで,いいですよね。

それを読む保護者側からすると,学級通信にも知性を感じられるかもしれません。

だから,そういった最新事情にはいつも敏感であろうとアンテナを伸ばしておくことは大事だと思っています。

さて

ここで気をつけること。

あくまで公平・中立な立場から語る!

学校の先生という仕事自体が「公平・中立であれ」ということを強く要求されますし,どの先生もそんなことぐらい理解できているはずですが,改めて注意は必要でしょう。

例えば,政治的な話題を語るとき。

気をつけたいのは,「自分はこう思う」ということを語ったときに,無意識のうちに一方的な立場,一方的な考え方から文章を書いてしまっていることがあるということです。

普通ならば,「自分はこう思う」なんてことを語ろうとすれば,自然と一方的になるものです。

「子ども手当は増やすべきだ」

「がれき処理受け入れに賛成だ」

「消費税増税に反対だ」

「全国学力学習状況調査に多額の費用をかけるぐらいなら,もっと現場のことを考えて別のことに使ってほしい」

テレビのニュースについて,職員室でする話題なら,もちろんそれでいいわけですが,教室で,もしくは家庭向けの通信でする話題なら,そういう言い方は避けるべきでしょう。

そんな言い方をすれば,先生の意見に共感する人もいる一方で,疑問や反感を感じる人だって出てくるはずです。

学校の先生は「公平・中立」が原則ですから。

「政治活動の禁止」という法律は周知のことです。

胸の中で「こうあるべきだ」と思っていることがあったとしても,オブラートに包むなどして,やんわりとした表現に変えたり,あえて自分の考えは伏せておいたりするようにします。

これは政治的な話に限ったことではなくて,学校や教室の中のことを語るときも,もちろんそうですね。

その部分については,常に「公平・中立」であることを忘れず,自分の立場をきちんと考えているのが,先生というものですが,学校や教室を離れたことを語るときも,やっぱり先生はそうであるということを,再認識したいものです。

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学級通信 得意気に書く前に

2012-04-19 21:08:39 | 学級生活の攻略法

私は毎日学級日報を出しています。

B5サイズで,その日に印象に残った授業での子どもの様子や,笑えるエピソード,保護者への連絡などをコンパクトに掲載しています。

今年は6年生担任ですが,これまでと同様に,やはり毎日出しています。

10年間,これを作ることが毎日の日課になっていますので,毎日当たり前の作業です。

大変だと感じることもありません。

…が,ふとたまに思います。

(もしこれを書かなかったら,今日一日はもうちょっと楽になるのかなぁ)

書かない日はないから分かりません。

中には日報に批判的な先生もいると聞いたことがあります。

他の先生と差がつくとか,授業がおろそかになるんじゃないかとか。

幸い,私がこれまでに組んだ同学年の先生や,お隣の教室の先生はみんな

「えらいね,先生。どうぞ書いてね。」

と言ってくれる先生ばかりでした。

年度初めに一応

「私は毎日日報を出そうと思うのですが,いいですか?」

と聞くようにしているので。

これからも続けようと思います。

子どもたちのため,保護者のために書いているものですが,10年も続けると,自分のためでもあるように感じています。

私の毎日の足跡です。

時に読み返し,懐かしくなります。

さて

日報・週報・~だより

先生が子どもや保護者向けに書く通信はいろいろとありますが,その際に気をつけたいことを考えてみたいと思います。

まずは,基本。

主語と述語の整った正しい文を書く!

・・・おいおい,なめるんじゃないよ!  って声が聞こえてきそうですが,これができない先生も多いと聞いたことがありますし,失礼ですが,そんな先生が書く文章を読んだこともあります。

・子どもたちは積極的に発表し合う中で,友だちの意見も参考にしながら,お互いの考えを高め合い,非常に感心させられました。

あえて書くとわざとらしく見えますが,この文がチグハグなのは誰の目にも分かります。

(学校ではよく目にしそうな文章じゃないですか?)

主語と述語が整っていないというのは基本的な誤りですが,それは一例にすぎず,誤った文章になってしまう原因はいろいろとあります。

言いたいことがまとまっていない。

一文が長すぎる。

句読点が不適切。

接続語が不適切。

などなど。

自分の言葉で学級通信を作り,何年も繰り返し作り,慣れてきて,得意気になってくると,「自分の文章」なんて見直すこともなくなります。

必ず癖があるもので,それが誤りであることもあるのです。

私も,毎日書いている限り,正しい文章を書けているのか,いつも注意したいと思っています。

…このブログの文章も気をつけます!

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大事な提案を控え,根回しに奔走中

2012-04-16 21:46:21 | 教師の仕事術の攻略法

今年は研修主任です。

2か年研究の2年目を任されました。

秋には大きな研究公開を控えています。

私としては

・研究内容を絞ること

・研究内容をより明確にすること

・公開までの確実な計画を立てること

・研究を進める組織をつくること

そして

・中身のある,いい研究をすること

が,今年の大きな仕事だと思ってます。

そのために

この4月のスタートがかなり大事です。

ここがうまくいけば,公開までの約半年の活動も軌道に乗り,公開自体がいいものになることが期待できます。

逆に,ここでコケると,もう一度いい形を作り直すことが必要となり,そんなことしている時間的な余裕はほとんどなく,結局,研究自体が残念な中身になることが目に見えています。

さて,来週に今年度の一発目の研修を控えています。

ここで,上の研究内容や,計画,組織について私が提案します。

ここで

「うん,この計画でOKだ」

「私も協力します」

「おもしろい研究になりそうじゃないか」

他の先生たちからそんな感触を受けることができれば,しめたものです。

ぜひ,それをねらいたい。

そのために,先週から「根回し」に奔走中です。

その日にいきなり独りよがりな提案をしてもだめです。

すでに,味方をたくさんつくっておかなくては。

研究授業をお願いしたい先生,研究班のリーダーをしてほしい先生,研修に対して批判的な先生・・・

などなど,先に声をかけておきたい先生はたくさんいるものです。

その先生たちに根回しをするのですが,そのときは

わざとでも,その先生の担当教室まで出向き,根回しする!

これがテクニックです。

「わざとでも」というのは,その先生と職員室で顔を合わせても,廊下ですれちがっても,そこで話を持ちかけるのではなく,あえて教室まで行く,ということです。

いやらしいですが,そうすることで

「わざわざ私のために,ここまで出向いてくれたんだ」

と思ってもらえます。

そして,そうしてもらった先生は,その努力や謙虚さを受け止めてくれるし,そこまでして自分を「特別扱い」してもらっていることに,少なからずいい気持ちになれるものです。

そんな気持ちにさせた上で

「先生,先生の力を貸してください」

なんて,少しおおげさな語り口で切り出していく。

すると,どんな大変な仕事を頼まれても

「・・・・仕方ないなぁ。先生からの頼みじゃ断れないよ。一肌脱ぎますか」

なんて,すべてがうまくいけばいいのですが(笑)

でも,私の経験からも,この「根回し」っていうのが仕事では本当に重要で,さらにその根を回す方法が,デリケートで,また重要だっていうこと,

多く実感しています。

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