小学生攻略法

このブログも10年目。久しぶりに担任復帰です。

3年生「ちいちゃんのかげおくり」②根本的な違い

2018-10-20 20:50:05 | 授業中の攻略法
前回の続きです。

3年生国語「ちいちゃんのかげおくり」の初発の感想が,「かわいそう」「よかった」がそれぞれ半分ずつという実態でした。
この違いはどこから生まれるのか…
考えてみました。
それは,根本的な物語の「読み方」というか「入り方」が違うんだろうと。

「かわいそう」ととらえた子は…
物語を「客観的」に読んでいる子だろうと思いました。
必要以上に登場人物に感情移入せず,戦争という舞台も含めて客観的に物語り全体をとらえ,ちいちゃんや家族の死も,戦争の犠牲としてもたらされた「死」として真っ直ぐとらえている子だろうと。

一方,「よかった」ととらえた子は…
物語を「主観的」に読んでいる子だろうと思いました。
3年生という発達段階から,登場人物に強く感情移入し,戦争そのものを見るというより,ちいちゃんとその家族を強く見ており,最後の花畑での家族の再会をハッピーエンドととらえている子だろうと。

私が「かわいそう」という感想を予想していたのは,もちろん私は大人で自然と「客観的」な読み方しか,私自身がしていなかったからだろうと,後から分かりました。
まだまだ未熟です。
「主観的」に読む3年生という発達段階はあとから理解できましたが,もう一つ,きっとこの子たちの中に存在しているのは,「ハッピーエンドと,とらえたい」という願いです。
ちいちゃんに感情移入するがあまり,自然と,「悲しい話にしたくない」「残酷さを直視できない」というフィルターのようなものができあがり,それが自分の感想を前向きな方へと持っていたのだろうと思います。
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3年生「ちいちゃんのかげおくり」①初発の感想は意外にも

2018-10-17 16:32:26 | 授業中の攻略法
3年生,国語「ちいちゃんのかげおくり」の実践です。

日記に,
「おうちで音読をお父さんに聞いてもらいました。
読み終わってお父さんの顔を見ると,お父さんは泣いていました。
びっくりしました。」
と書いている子がいました。
この物語,そうなんですよね。
私も教材研究のために久しぶりに呼んだとき,危なかったです。
私にも小さい子どもがいるからでしょうか。
やたら胸に響きます。

さて
今回は範読CDでスタートしました。
(感情がこみ上げそうで,自分で読む自信がなかったから)
15分ほどかけて聞き,子どもたちには初発の感想を書かせました。
ここでの感想から,子どもたちの実態を把握し,これ以降の指導計画を練り直していこうというねらいです。

3年生は,戦争というもの自体の知識が極めて乏しく,初めはこの物語をごく表面的にしかとらえられないはず。
その分,純粋に,素直に自分の感想を書けるのではとも思いました。
そして,子どもたちが書いた感想を見てみると…

驚きました。
私が想定していたのは,いわゆる「かわいそう」的な感想ばかりだろうと。
しかし,実際に子どもたちが書いたのは

「かわいそう」的なもの,半分。
「よかった」的なもの,半分。

でした。
「よかった」的なものの中身としては
・ちいちゃんが最後に家族に会えてよかった。
・周りに優しい人がいてくれてよかった。
・公園で,だれかが今もかげおくりをしてくれていればいいな。
おおむねそういう感じでした。

そうとらえる子もいるだろうとは思いましたが,その数の多さに驚きました。
(う〜ん,これは,今後どう進めようか…)
悩みました。
この物語の入口の時点で,根本的な部分が大きくクラスの中で分かれている状態です。
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3年生のローマ字の授業は思い切って路線変更

2018-10-05 12:35:26 | 授業中の攻略法
3年生の国語でローマ字の授業をしました。
私は3年生を受け持つのが初めてなので,3年生の授業はどれも初心者です。
このローマ字の授業もそうでした。

まずうれしかったのが,ローマ字との出会いに子どもたちがとても喜んだことです。
新しい文字を読む,書く,ということがそんなに喜ばしいことがだとは知りませんでした。
子どもたちにとっては,
「ひみつの暗号を覚える・書く」
ような感覚があり,それがたまらなくワクワクするのかもしれませんね。
ローマ字と向き合う子どもたちを見ていると,そんな感じがしました。

最初の授業で,子どもたちはいきなり
「先生!今日の宿題はローマ字にして!」
と。
まだろくにアルファベットも書けないのに(笑)
私としては,ローマ字の授業の手順としては
「まず,アルファベットの形から入って,次に基本的な文字の構成,そして少しずつ複雑なやつを…」
とオーソドックスに考えていました。

しかし,ローマ字と出会ったときのハイテンションな子どもたちの様子を見て,路線変更することに決めました。

「よし!書いてみたい言葉,ローマ字でどんどん書いていいよ!」

この先生の言葉に
「やった−!!」
でした。
「自分の名前かーこう!」
「家族みんな書いてみよう!」
「え!?好きなキャラクターでもいいんですか!?」
「好きな芸能人でもいい!?」

「なんでもどうぞ。」
としました。
そこから子どもたちは,教科書のローマ字表と食い入るようににらめっこをしながら,ゆっくり,不器用な感じでえんぴつを動かし続けていました。
その集中力と言ったらまあすごいこと。
チャイムが鳴り終わってもまだ止めない子たちがいっぱいなくらいでした。
新しい文字,そんなにうれしいんですねぇ。

もちろん,基本を教えないままですので,筆記はめちゃくちゃです。
アルファベットの形も,大文字小文字の使い分けも,罫線の使い方も。

しかし,最初はそれでよしとしました。
それよりも大事なのは,この新しい文字との出会いに際して,子どもたちの欲求を満たすことだと判断しました。
いきなり間違いを書かせるのは,正直とまどいもありますが,それを正すのはその次からにすることにしました。
逆に,どんな間違いが多いかを見る機会にもなり,どんな指導が必要かも分かりましたし。
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夏休みに考える「授業を対話的にするために」⑥対話のゴール

2018-09-01 14:40:41 | 授業中の攻略法
①多様な考えを生む問いを与える
②教師が,子どもの考えを広げる勇気をもつ
③考えをしっかり書かせる
④対話を活性化させるための工夫をする
⑤対話を上手に交通整理する

に続き,6つ目で,これで最後になります。
最後はズバリ

対話のゴールを明確にする

ということです。
これは,順序としては最後に出しましたが,実はもっと前,対話的な授業を組み立てようとするその1番最初にしておくべき作業であると言えます。
なぜなら,ゴールなしにどんなものも描くことができないはずだからです。

対話は何のためにするのか。
対話はどこに向かうのか。
対話はどうすればそのゴールへたどり着けるのか。

このゴールこそが,俗に言う「深い学び」だという捉え方もあるかもしれません。
そこは言葉の定義の問題なので,私個人としてはそれでも構わないと思っていますし,私もそういう捉え方をしている面があります。

ではどんなゴールを設定するのか。
これは,「意外に」難しい作業になることが多々あります。
「知識」として何か新しいものを獲得させるのか。
「価値」として何か新しいものを見出させるのか。
「学び方」として何か新しいものを身に付けさせるのか。
内容にしろ方法にしろ,授業の中にはゴールとなり得るものは多様に存在することが多いからです。

そんな中から,教師が適切なゴールを設定することが,対話のスタートになるということです。
そのゴールは,ぜひ子どもたちにとって価値のあるもので,その単元や題材の学習からして必要とされているもので,そして到達可能なものであってほしいですね。
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夏休みに考える「授業を対話的にするために」⑤交通整理

2018-08-27 21:15:18 | 授業中の攻略法
①多様な考えを生む問いを与える
②教師が,子どもの考えを広げる勇気をもつ
③考えをしっかり書かせる
④対話を活性化させるための工夫をする

に続き,5つ目です。
④の,教師が作った環境の中で子どもたちが活発に対話を繰り広げているとします。
そのとき,教師は何をするのか。

教師は上手に対話を交通整理する

これがこの山場場面における一番の教師の役目になります。
「交通整理」とは。
対話の末にたどり着かせたいゴールに向けて,子どもたちをきちんと導いていくことです。
ここに,対話の大きな難しさがあります。
だって,対話をするのは子どもたちなのに,導くのは教師だからです。
言い換えるなら,「主役の子ども」たちを,「脇役の教師」が操作する,そんな感じです。

一見矛盾しているようにも見えるこの構図ですが,決して矛盾しているわけではありません。
授業とはこの通りなのです。
やはり,創るのは教師なのです。
だから,教師の腕次第なのです。

少し話が逸れたような感じがしますが,「対話の交通整理」について。
交通整理するための教師の役目は大きく3つあるように思います。
それは,ゴールに向けて,
① 子どもたちが出す考えの,どれを拾い上げるかを決めて,実行する
② 拾い上げる考えを,どの順序で扱うかを決めて,実行する
③ 扱いながら,どの考えとどの考えを,どのように関係付けていくかを決めて,実行する

この3つです。
これらができてこそ,対話は収束させることができるし,その先にあるゴールにたどり着かせることができるというわけです。

言うまでもなく,この3つを上手にしていくのはかなり難しいことで,教師の確固たる技量が必要です。
教材研究も必要です。
それなし,対話を交通整理はできないし,しようとしても強引で理不尽なものになってしまい,対話としてそこに向かったとは到底言い難いものになります。

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